人間との境界
落ち着いて事実を受け入れるのにしばらく時間がかかった……嘘、今も受け入れられていない。
時計を見れば……ううん、見ても何分経ったのか分からない。
混乱と困惑は続いたまま。ただ、手の中のホットレモネードが温かいことだけが心を支えていた。
「つまり、えっと……アナタは……」
「アキでいいよ!」
「アキちゃんは……その、脳だけが自前ってこと?」
「自前って?」
「その、SRR義体じゃないっていうか、元々の人間部分っていうか……」
「ん~、逆かな? 脳だけが人間じゃないの」
処置室がどういう場所なのか分からないけど、そこにアキちゃんの死体が運ばれていった後、私は休憩室のようなスペースで患者服の方のアキちゃんと向かい合って座っていた。
アキちゃんの手の中には、私と同じ紙コップに入ったホットレモネードが湯気を伸ばしている。
「人間じゃないって……じゃあ、アキちゃんは何なの?」
「AI」
アキちゃんはあっけらかんと言って、レモネードを一口飲む。
それはきっと口の中を温め、食道を通り、胃に届けられたのだろう。やがて腸に送られ、その後は……内蔵に至るまで全てがSRR義体だというなら、やがておしっこになって排出されるまで、人間と道筋を辿るのだろうか。
「AI?」
「そう、AI、人工知能。人間を模倣する専用のヤツ。それが私のここに入ってるの」
アキちゃんは自分のこめかみをトントンとつつく。
「今は模倣だけど、これを模倣じゃなくすのが私……っていうか、GOTの目標なの」
「そんなこと、何のために?」
「まだ企業秘密♪」
ニンマリと笑って、くるりと首を傾げ、人差し指を唇に当てる。
その仕草、表情、声のトーン……全てが人間的で、作り物だとは到底思えなかった。全てがテレビか何かのドッキリ企画で、私が騙されているのをどこかの誰かがほくそ笑んで見ている……そんな状況だった方が、まだ現実的に思えてしまう。
「ね、今ウソっぽいって思ってる?」
よっぽど顔に出ていたのか、少し不安そうな声色になって、アキちゃんが問いかけてくる。
「うん、正直……人間としか思えない。もしここまでの話が全て本当なら……」
自分で言葉にして、気付いた。
全身がSRR技術のクローン義体。つまり生身の人体。
頭の中身は……きっと超高精度で人間を模倣するAI。
言われなければ一生気付かなかっただろうし、言われたからって信じられていない。
それが全て本当だったとして……それって、人間とどこが違うの?
「ねぇ、リリちゃん」
「……何?」
考えている内に、手の中のレモネードはぬるくなっていた。アキちゃんの方は既に空になっている。アキちゃんは少し身を引いて、視線を泳がせながら言葉を続けた。
「リリちゃんさえ良ければ、今日はその、私と遊んでくれないかな?」
「……どうして?」
「私、4月からは新入生と一緒に学校に入るんだ。その時上手にできるか不安で、練習っていうか、訓練っていうか……」
「え?」
そういえば、思い出した。アキちゃんは4月から学校に通うと言ってた。
GOT直属のSRR技術学校……私と同じ高校に、他の生徒にまざって? 秘密裏に?
「それ……っていうか、これ? 私が知っていい情報なの?」
「うん。来月に発表予定だから。あ、でもそれまでは秘密ね? それで、どうかな? イヤ?」
おずおずと不安気に、少し上目遣いになってアキちゃんが再び問いかけてくる。
正直、まだ混乱していた。部屋に戻って、荷物を整理して、眠ってしまいたい。
「私からもお願いしていいかな?」
「え? あ……菅、さん?」
いつの間にか、菅さんが背後に立っていた。
ビックリして振り返ると、苦笑を浮かべて言葉を続けた。
「今日はそいつの初外出日なんだが……たった数時間でこの様だ。もうスペアのボディはない。君がおもりをしてくれると助かる」
「でも、あの……私一般人ですし」
「4月からGOTフロンティアの生徒なんだろ? もう半分関係者だ。問題ない。そいつに気に入られたようだしな。頼む」
「リリちゃん! お願いっ!」
またパンと強く手を合わせ、拝まれるように頼まれる。その後ろに回り込んで、菅さんにまでペコリと頭を下げられた。
大人の頼みを断るという選択肢は、私の中に存在しなかった。




