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イヴの隣人  作者: 坂本りょう
【一章】鉄の心臓と電子の脳
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人間との境界

 落ち着いて事実を受け入れるのにしばらく時間がかかった……嘘、今も受け入れられていない。


 時計を見れば……ううん、見ても何分経ったのか分からない。


 混乱と困惑は続いたまま。ただ、手の中のホットレモネードが温かいことだけが心を支えていた。


「つまり、えっと……アナタは……」

「アキでいいよ!」


「アキちゃんは……その、脳だけが自前ってこと?」

「自前って?」


「その、SRR義体じゃないっていうか、元々の人間部分っていうか……」

「ん~、逆かな? 脳だけが人間じゃないの」


 処置室がどういう場所なのか分からないけど、そこにアキちゃんの死体が運ばれていった後、私は休憩室のようなスペースで患者服の方のアキちゃんと向かい合って座っていた。


 アキちゃんの手の中には、私と同じ紙コップに入ったホットレモネードが湯気を伸ばしている。


「人間じゃないって……じゃあ、アキちゃんは何なの?」

「AI」


 アキちゃんはあっけらかんと言って、レモネードを一口飲む。


 それはきっと口の中を温め、食道を通り、胃に届けられたのだろう。やがて腸に送られ、その後は……内蔵に至るまで全てがSRR義体だというなら、やがておしっこになって排出されるまで、人間と道筋を辿るのだろうか。


「AI?」

「そう、AI、人工知能。人間を模倣する専用のヤツ。それが私のここに入ってるの」


 アキちゃんは自分のこめかみをトントンとつつく。


「今は模倣だけど、これを模倣じゃなくすのが私……っていうか、GOTの目標なの」

「そんなこと、何のために?」

「まだ企業秘密♪」


 ニンマリと笑って、くるりと首を傾げ、人差し指を唇に当てる。


 その仕草、表情、声のトーン……全てが人間的で、作り物だとは到底思えなかった。全てがテレビか何かのドッキリ企画で、私が騙されているのをどこかの誰かがほくそ笑んで見ている……そんな状況だった方が、まだ現実的に思えてしまう。


「ね、今ウソっぽいって思ってる?」


 よっぽど顔に出ていたのか、少し不安そうな声色になって、アキちゃんが問いかけてくる。


「うん、正直……人間としか思えない。もしここまでの話が全て本当なら……」


 自分で言葉にして、気付いた。

 全身がSRR技術のクローン義体。つまり生身の人体。


 頭の中身は……きっと超高精度で人間を模倣するAI。

 言われなければ一生気付かなかっただろうし、言われたからって信じられていない。


 それが全て本当だったとして……それって、人間とどこが違うの?


「ねぇ、リリちゃん」

「……何?」


 考えている内に、手の中のレモネードはぬるくなっていた。アキちゃんの方は既に空になっている。アキちゃんは少し身を引いて、視線を泳がせながら言葉を続けた。


「リリちゃんさえ良ければ、今日はその、私と遊んでくれないかな?」

「……どうして?」


「私、4月からは新入生と一緒に学校に入るんだ。その時上手にできるか不安で、練習っていうか、訓練っていうか……」

「え?」


 そういえば、思い出した。アキちゃんは4月から学校に通うと言ってた。

 GOT直属のSRR技術学校……私と同じ高校に、他の生徒にまざって? 秘密裏に?


「それ……っていうか、これ? 私が知っていい情報なの?」

「うん。来月に発表予定だから。あ、でもそれまでは秘密ね? それで、どうかな? イヤ?」


 おずおずと不安気に、少し上目遣いになってアキちゃんが再び問いかけてくる。

 正直、まだ混乱していた。部屋に戻って、荷物を整理して、眠ってしまいたい。


「私からもお願いしていいかな?」

「え? あ……菅、さん?」


 いつの間にか、菅さんが背後に立っていた。

 ビックリして振り返ると、苦笑を浮かべて言葉を続けた。


「今日はそいつの初外出日なんだが……たった数時間でこの様だ。もうスペアのボディはない。君がおもりをしてくれると助かる」

「でも、あの……私一般人ですし」


「4月からGOTフロンティアの生徒なんだろ? もう半分関係者だ。問題ない。そいつに気に入られたようだしな。頼む」

「リリちゃん! お願いっ!」


 またパンと強く手を合わせ、拝まれるように頼まれる。その後ろに回り込んで、菅さんにまでペコリと頭を下げられた。


 大人の頼みを断るという選択肢は、私の中に存在しなかった。



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