電子の脳
世界最大のIT企業、『Gate of Ones Technology』、
通称『GOT』。
検索エンジン、SNS、配信プラットフォーム、ニュースサイト、ネット上のコンテンツをほぼ独占する企業であり、SRR技術の特許元であり、最先端のAI技術を研究する企業である。
医学と工学の分野での躍進は他の追随を許さない。CEOたるアリス・アルハザード博士が語る理念は、「セカンドステージへの到達」。
まるでSF小説の悪役が語るような理念だけど、SRR技術によって先進国の平均寿命は90歳超えが当然となり、それまで不治の病だったらしいガンも、今ではそうではなくなった。
それを思うと、人類はとっくにセカンドステージとやらに到達しているのではないだろうか、なんて、社会の先生が言っていたのを思い出す。
事実として2020年現在。人間は滅多に死なない。
死ぬとすれば老衰か、突発的な事故で即死するか。それもこれもSRR技術のお陰。
潰れた手足も、傷んだ内蔵も、新品のクローン義体と交換すれば全て解決する。もちろんお金はかかるけど、少なくとも日本の社会福祉制度はSRR技術に追いついている。らしい。
それでも……それでも……
『全身がSRR義体の人間』なんて、聞いたことがない。
「人間じゃない。ヒューマノイド……正式名称は自己再生再構築統合型ヒューマノイドだ。私たちはEVEユニットとも呼ぶ」
「あの……えっと……」
「私は菅だ」
「菅、さん? あの、全身がSRR義体だとしても、脳とか……出血多量になったら流石に生きていられないんじゃ……」
到着した救急車に同乗して欲しいと言われたので、血塗れのアキちゃんの手を握ったまま一緒に乗った。
そうして運び込まれたのは病院ではなく、私が再来月から通うことになる学校の中だった。正面入り口の前には白衣姿の女性が待っていて、私が救急車からタンカと一緒に降りると、歩きながら色々と話してくれた。
そんな場合じゃないだろう。アキちゃんの手はみるみる冷たくなっていく。救急車の中では気丈に喋っていたのに、それも無くなってしまった。
それを伝えても、救急隊員の人や白衣の女性……菅さんは、焦りを浮かべてくれなかった。
「大丈夫、頭蓋骨は丈夫だ。日本車も柔らかいからな。この程度では中身までは届かんよ。届いたとしても毎朝バックアップは取っている。問題ない」
エレベーターに乗り込み、アキちゃんの額をトントンとつついて、菅さんが言う。
「アリス・アルハザード博士の語るセカンドステージへの到達。その最後の一歩が、この子なんだよ」
「意味が、分からないんですけど……」
「そうだな。顔面の皮膚を剝がしたら鉄の頭蓋骨が出てくる……なんてことがあれば分かりやすいんだが、それもない。脳まで見せれば……いや、見せても分からんか。まぁ、あと数秒だ。少し待ってくれ」
エレベーターがどこかの階に到着して、扉が開く。病院のような施設が見える。エレベーターの扉の前で待っていたのは、患者服を着た元気な姿のアキちゃんだった。
「やっほー! さっきぶり!」
「え? ……え? ……え?」
「ずっと手握っててくれたの? ありがとう!」
エレベーターを降りるとアキちゃん(?)が駆け寄り、空いているもう片方の手を握ってくる。
ワケが分からなかった。
右手には血塗れでぐったりしたアキちゃん。
左手には全く同じ容姿の元気なアキちゃん。双子? それとも……
「クローン人間?」
「言い方によってはそうなるな。なにせ、脳以外の全てがSRR義体だ。故に生身の人体より高い。おいアキ、お前の身体がいくらすると思っているんだ。軽率な行動は慎め」
「いや~、ホント……ごめんっ!」
私の手を離してぴょんと翻り、アキちゃんが顔の前で手を合わせて見せる。菅さんは呆れた顔を見せ、自分の額をトントンとつついた。アキちゃんは誤魔化すように笑って見せて、再び私に向き直る。
「リリもライカちゃんも大丈夫だった?」
「え? うん……ライカはおばあさんのトコに返して……」
「良かったぁ~~、あ、そっちの手もう大丈夫だよ? その身体はもう私が抜けてるから」
「え? え?」
タンカの上のアキちゃんを見下ろす。もう呼吸もしていない。私が握るのを弱めると、するりと手が落ちて、ブラリとぶら下がった。菅さんがそれをタンカの上に戻し、救急隊員さんに指示する。
「処置室に運んでくれ、スタッフはもう待機してる」
「あの……え? アキちゃん?」
「なに?」
「アナタじゃなくて、あっちのアキちゃんはどうなるの!?」
「一度解体して、破損した四肢や臓器は廃棄だな……新しいのと入れ替えてスペアボティに再利用する」
「ワケが分からない……」
「いずれ、慣れるさ」
菅さんは呆然とする私の頭にポンと手を置いて、面倒臭そうに言葉を紡ぐ。
「君らが慣れた瞬間が、セカンドステージの入り口だ」




