「私、人間じゃないから」
私に兄弟や姉妹はいない。
一人娘だからか、お母さんの気まぐれか、家のルールが厳しかったから部活の合宿以外で外泊したことは無い。
だからだろうか、こうして遠方の地に一人でいると、足元がふわふわする感じがする。寮生活なんて想像つかないけど、それはほとんどの中学生がそうだろう。
高校なんて通過点だと思ってたけど、ちょっと不安になって来た。それでもモラトリアムに身を任せるしかないのは分かってる。せめて、ルームメイトは気の合う子がいいな。瑠衣みたいな。
本校舎から反対側に徒歩10分、大きな道路にまで出ると、大型スーパーや飲食店の看板が多く見えた。
食費は多めに貰ったから懐は温かいけど、飲食店に中学生(高校生?)一人で入るのには勇気が要る。色々と選択肢はあったけど、結局はファーストフード店でハンバーガーをテイクアウトしていた。
部屋で食べるのも味気ない気がしたから、途中で公園に寄ってベンチに座った。中学生の頃は一人で出かけて買い食いなんて厳禁だったけど、高校生になることが決まった途端にこの扱いだ。
大人はいつも自分の都合で子供を扱う。文句を言わないのが一番穏便なやり方だ。下手に意見してヒステリックを起こされるのはもうこりごり。私はああなりたくないけど、DNAを引き継いでるからちょっと不安……だから今のところ結婚する気はない。
午前中の雲も流れ、天気は快晴……ではあるものの、まだ2月だからけっこ―寒い。バーガーの温もりが手に染みる。
あと鳩が寄って来て何か怖い。これなら部屋に戻った方が良かったかな?
でも遠くの方で犬と戯れているおばあさんとお孫さん(?)が癒しだ。お孫さんの方は私と同い年くらいかな。まぁ、平日のこの時間に遊んでいるのだから、同じく推薦入学を決めた同い年の女の子だろう。
(平和だ……)
一般入試組は今頃最後の追い込みをかけている頃だろう。受験戦争から一抜け出来た私は幸運だった。
(ともあれ、これからどうしよ……)
一応はまだ中学生らしいけど、3学期の残り期間は登校免除になったらしく、通学する必要も勉強する必要もない。荷物の整理なんて1日あれば終わってしまう。
寮が本格的に動き出すまでのこり一か月強。瑠衣なら喜んでゲーム三昧に使うだろうけど、私にそういう趣味はない。おあつらえ向きに公園もあるし、陸上部に入った時用のトレーニングにでも打ち込んでみる……くらいしかやることがなさそうだ。それとせめてもの予習として、SRR技術の入門書を買って読んでみるのもいいかもしれない……
「……ん? え?」
ぼんやり食事を続けながらあれこれ考えていると、不意にもふりとした感触が右足に触れた。見下ろしてみると、遠くの芝生で遊んでいたはずの犬が足に擦り寄っていた。バーガーの匂いに釣られて来たのだろうか。
人懐っこいチワワだ……可愛い。
「ライカー! ライカちゃ~ん! どこ行った~!?」
お孫さん(?)なのかどうか、一緒に戯れていた女の子が声を上げて走り回っている。チワワを見下ろし、女の子に視線を上げ、バーガーの残りを呑み込んで包み紙を丸める。
「君でしょ? 呼んでるよ?」
おもむろに手を伸ばして背中を撫でる。
ちょっと懐かしい。
滋賀県に引っ越す前、隣の家が大型犬を飼っていて、よく遊ばせてもらった。その思い出がふわふわと蘇ってくる。触っても怒らない、どころか喜んでいる様子なので、抱き上げてベンチから立ち上がる。
走り回っている女の子を追いかけると、向こうからこっちに気付いてくれて、ぱあっと陽が差すような笑顔を浮かべてくれた。
「ライカちゃん! ごめんなさいありがとう!」
「いえ、迷子にならなくて良かったです。アナタのわんちゃんですか?」
「ううん! あのおばあさんの!」
女の子は遠くのベンチに座るおばあさんをビシっと指差す。
「お散歩中に仲良くなって、遊ばせてもらってたんだぁ♪」
「そっか」
受験期間中のピリピリし空気を全く感じない。近くで見ると少しだけ幼く見える。中学2年生? くらいかな? なんて考えてると、向こうから訊いてきた。
「ね! 同い年くらいだよね? 今日は学校は?」
「えっと、学校は4月からで……推薦入試で受かったから、今は準備期間? みたいな感じ」
「ひょっとして、GOTの? もう寮に入ってるの?」
「うん。ひょっとしてアナタも?」
「うん! 大正解!」
良かった。2月中に寮入りするあわてんぼうは私だけじゃなかったみたいだ。
私が苦笑を浮かべる一方、女の子の両目はキラキラと一層の輝きを見せて私を覗き込む。それでは収まり切らず、その場でピョンピョンと飛び跳ね始めた。
「あの……どうしたの?」
「んん~~……わぁ! って感じ! 初めまして!」
「始めまして、どうも……」
「私、秋穂! ね、アキって呼んでアキって呼んで!」
「あ、アキちゃん?」
「おおう……」
「何?」
「ニックネームで呼ばれるの夢だったから……」
この子はどういう人生を送って来たんだろう。
「お名前は?」
「え、はい。江原璃々です」
「ん~、じゃ、エリーちゃん!」
「それだと別の名前になるね」
「んじゃリリー? リリっぺ! りりっち!」
「無理にニックネームにしなくても……そういうの、ちょっと苦手だし。普通に苗字か名前で呼んでくれたら……」
「えぇぇ~~~」
なんでそんな世界の終わりみたいにガッカリするの……ダメだ、絶望的にノリが合わない。
「じゃ、リリちゃん?」
「うん、それがいいかな……じゃ、とりあえずライカちゃんを飼い主に返してあげて?」
「あ、そうだったそうだった! おいでライカちゃん!」
腕の中のライカちゃんをアキちゃんなる未来の同級生に渡そうとする……でもその瞬間、何故か急にジタバタし始めた。勢い余ってピョンと飛び出し、ライカちゃんはそのまま車道に向かって走り出してしまう。
「何で!?」
「ライカちゃん!」
こんな時に限って、タイミング良く車が走り込んでくる。
さっきまで1台も走ってなかったのに。
元陸上部の自尊心と謎の責任感に駆られるまま追いかける。アキちゃんよりずっと早く追いついたけど、ライカちゃんはするりと手を抜けて車道に飛び出してしまう。
間に合わない。
これ以上は私が危険だ。
幸い、車高より低い小型犬だし、下をすり抜けることを願って、歩道と車道の境界線で足を止めた。
「危ない!」
「え?」
私の隣をアキちゃんが駆け抜ける。車とライカちゃんが交差するその位置に飛び込み、身を挺して庇った。
それは言葉通り、ライカちゃんを抱き締めたアキちゃんの身体は車に衝突し、地面と平行に弾き飛ばされてゴロゴロとアスファルトを転がる。
「……え?」
アキちゃんから流れ出す赤い血を眺めながら、呆然とした。
なんで、こんな……いきなり、どうして飛び出したの?
ううん、考えている場合じゃない、とにかく、無事を確かめないと。もし無事じゃなかったら? 仮に無事だったとしてどうする? 私を困惑の渦から引っ張り上げたのは、「ワン!」と元気に鳴くライカちゃんの声だった。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫!?」
血だまりはみるみる広がって行く、大丈夫なワケがない。それでも駆け寄らずにはいられなかった。運転席から飛び出す男性より早く、スニーカーで血を踏みつけてアキちゃんの身体に触れる。
これって、動かさない方が良いのかな?
「痛ったぁ~~」
私に気付いたのか、アキちゃんが掠れた声を出す。少なくとも意識はあるようだ。
「痛い、だろうけど……えっと、大丈夫?」
なんて間抜けな質問だろう。大丈夫じゃないのは見て分かる。とにかく救急車! 振り返ると運転手が既にスマホを取り出していた。だったら、私は……どうする?
「だいじょうぶだいじょうぶ……ゴメン、びっくりさせちゃった?」
「大丈夫なワケないでしょ!? 動かないで!」
「だいじょうぶだって……」
「この状態の人間は大丈夫じゃないの!」
起き上がろうとするアキちゃんを押さえつける。
仰向けになった彼女は、顔を半分赤い血で汚したまま、ニッカリと笑った。
「だいじょうぶ、私、人間じゃないから」




