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イヴの隣人  作者: 坂本りょう
【一章】鉄の心臓と電子の脳
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10/26

宮古島さん

 ロングコートを着ると、宮古島さんはますます大人っぽく見えた。


 顔も中性的で、髪の長い男の人にも見えてしまう。並んで歩いていると、そわそわというか、ドキドキというか、なんだか変な気持ちが湧いてくる。


 同い年の同性と歩いている気がしない。

 アキちゃんとは全く違う雰囲気だ。


「もう3月ですが、風は冷たいですね」

「そ、そうですね……私は滋賀県だから平気だけど、宮古島……さん? は、えっと、出身はどこなんですか?」


「静岡です。滋賀県って寒いんですか?」

「琵琶湖があるからかなり……静岡って、かなり遠いですよね」


「いえ、飛行機で1時間ちょっとですよ。すぐでした」

「あ、そっか、空港ある……ますもんね?」


「私は家が厳しいので敬語が染み付いていますが、璃々さんは普通に話していただければ大丈夫ですよ。すみません、気を遣わせてしまって」

「い、いえ! とんでもございません!」


 宮古島さんのフォーマルな振る舞いに頭がこんがらがる。


 寮から近いカフェに着いても、入り口のドアを開けてくれたり、座る時に椅子を引いてくれたり、なんだか、ものすごくエスコートされてしまう。


 デートなんて冗談だと思ったけど、まさか本気で?

 こういうのにかなり慣れてるみたい。


「温かい珈琲をお願いします」

「わ、私も同じものを!」


 アキちゃんとも来たことがあるカフェだけど、妙にかしこまっちゃう。

 しまったな、コーヒー苦手なのに……


「2月から寮にいるそうですね」

「う、うん……宮古島さんはいつから居たの?」


「今日到着したばかりですよ。一番乗りのつもりでしたが、先を越されていたので驚きました。ひとまずは挨拶と、親睦を深めるためにお誘いした次第です」

「どうも……えと、寮の設備とか、この辺のこととか、少し詳しくなったから、なんでも聞いてね?」

「ありがとうございます。なんでもと言うのなら、では一つ……」


 宮古島さんが言いかけたタイミングでコーヒーが運ばれて来て、二人で軽くお礼を言いながら受け取った。


 一度話を切ったまま、ブラックそのままで宮古島さんはコーヒーを口に運ぶ。

 全ての所作が落ち着いていて、やっぱり大人っぽい。


 多分、ダメだろうけど、私も勇気を出して、ブラックコーヒーをちょっとだけ飲んでみた。


「苦っ!」

「無理せずに……お砂糖はおいくつ?」


「5つくらい? かな? ミルクもたっぷり……」

「はい、かしこまりました」


 宮古島さんは一緒に運ばれてきた砂糖を取って、私のコーヒーに加えてくれる。

 何から何まで、大人な雰囲気だった。


「すみません、早速ですが……嘘を吐きました」

「ウソ?」


 砂糖を一つ一つ落としながら、宮古島さんは言葉を続けた。


「璃々さんが2月から寮にいることは事前に知っていました。それと、すでにお友達がいることも知っています」

「アキちゃん?」


「そう呼んでるそうですね。自己再生再構築統合型ヒューマノイド、その初号機、

Eve's(イヴス) f001‐秋穂・アルハーザード……私たちは、イヴと呼んでいます」

「イヴ?」


「彼女を制御するAIの略称です。

正式名称Ethical(倫理的) Virtual(仮想) Emulation(模倣) System(システム)。通称、EVE(イヴ)。あるいはEVES(イヴス)。GOTフロンティア計画の核です」


 砂糖を5つ入れると、ミルクの壺を取ってコーヒーに注ぎ、ゆっくりとかき回す。

 真っ黒だったコーヒーはクリーム色に変わって、香りもかなり柔らかくなった。


 苦いコーヒーを甘く仕上げると、宮古島さんは席に戻って、ブラックのままのコーヒーをまた一口つつく。


「えっと……それは、どういう?」

「世界のGOTがどうして日本に高等学校を設立したのか……表向きは、次世代の国際的技術者の育成、そのために技術の国である日本と日本人を選んだと発表していますが、あくまで建前です。


 本当の目的はイヴの研究と進化のため……ネット上ではそう噂されています。璃々さんも注目の的ですよ。本来、入れるはずのない時期から寮にいること、既にイヴとの交流を始めていること。GOTにとっての重要人物、あるいは、2体目のイヴではないかと」


「そんな……私は人間だよ?」


「秋穂さんの外見は既にディープウェブにも上がっています。人間と遜色ありません。少し怖い話をしましょう。全身がSRR義体であっても、それは生来の人間と同じことです。


 そこに人間の脳とほぼ遜色ないAIが存在すると仮定しましょう。その場合、自分の頭蓋骨の中身を見ずに、どうしてそれが生身の脳だと言い切れますか? ひょっとしたら、コンピューターが入っているのかも知れない」


「宮古島さんも、私がAIだって思ってるんですか?」


「今のところ、可能性は捨てきれないと思っています。過去に大きな怪我や、病院で精密検査を受けたことはありますか?」


「5歳の時に交通事故に。その時、右足がSRR義体になったけど、その他は自前です」

「となれば、MRIを撮ったかもしれませんね。ご両親に連絡して、その時の結果が残っていれば確認してください」


「MRIなら、中学2年の時に撮りました。ちょっと階段で転んじゃって……」

「ありがとうございます。それなら、少なくとも頭が機械仕掛けという可能性はないでしょう。失礼なことを言って申し訳ありませんでした」


「いえ……でも、そんなことになってたなんて……」


 インターネットは怖い。


 アキちゃんと一緒に外に出回っていたから、2月から寮に住んでいるのはまあ、気になる人がいれば知られてもいいけど、でも、どこから私の名前が漏れたのか……それよりも気になる一言がある。


「本来は2月から寮に入れない?」


「当然です。中学校は義務教育ですよ? 進学先を決めたところで、3学期のほとんどを免除されるなんて有り得ません。私も、県議会議員の父に無理を言いました。それでも3月からというGOT側の要求は呑まざるを得ませんでした。璃々さんの場合は、どうだったんですか?」


「私は……」


 ほんの少しだけ、嘘を吐こうか、誤魔化そうかと思ったけど、宮古島さんに通用するとは思えなかった。正直に言うことを心に決めて、甘いコーヒーを一口舐める。


「私は、合格通知の後にGOTの社員さんが来て、秘密保持契約の書類にサインして、その翌日から寮に入れるから、是非早めに来て欲しいって。お父さんや校長先生がGOTにコネができるって喜んでたみたいで、3学期の残りは登校免除になって、普通に来たつもりなんだけど……」


「そうですか。そのことに、疑問は抱かなかったんですか?」

「親や先生の言うことだから、私は従うだけだと思って……」

「真面目なんですね」


 空になったコーヒーカップを置き、宮古島さんは優しく笑う。


「今の話でネット上の噂が噂に過ぎないことが分かりました。今日、私がリリさんと話すことはコミュニティにも言ってあります。ここでの会話を報告しても良いでしょうか?」


「それは……あの、私もそのコミュニティ? を見ることはできますか?」

「ええ、招待しますよ。その方が信頼できるでしょうし。スマートフォンは何をお使いですか?」

「えっと、これ……ですけど……」


 椅子に掛けていたコートのポケットからスマホを取り出して、宮古島さんに見せる。


「Chaos(カオス)-Ⅵ(シックス)ですね。GOTのブランドです。私が使用しているブラウザはインストール出来ないタイプです。ノートパソコンは持っていますか?」

「寮の部屋に備え付けのものは自由に使っていいって言われてますけど、私のじゃないですし……」

「では、私の端末でお見せしましょう」


 宮古島さんは自分のスマホをテーブルの上に取り出して、何かのアプリを立ち上げて見せる。スマホもアプリも、見たことのないものだった。


「中国製の端末です。陰謀論者っぽく聞こえてしまうかもしれませんが、GOT製のスマホは内部情報を本社に共有されています。


 かと言って、中国製が安全かと言えば難しいのですが……少なくとも、GOTの監視からは逃れることが出来るので、最近になって入手しました。アプリは、簡単に言えばダークウェブのSNSです」


「それって……使っていいんですか? ダークウェブって、危ないものなんじゃ……」


「そういう使い方をすれば、危険なモノも取引できる場所ってだけですよ。このアプリに関してはクリーンです。何せ、開発者は私の姉なので」


 私の方へスマホの画面を見せて、宮古島さんは画面をスクロールしてみせる。そこでは、GOTやアキちゃんに関する根も葉もない噂や考察が飛び交っていた。


 最近の書き込みになって頻繁に現れる『R』の文字。『イヴとRが公園を歩いているようだ』。『イヴとRが下着を買っていた』みたいな使われ方をしているから、これは『璃々』の頭文字なのだろう。


 こんなに監視されていたなんて……ゾクリと、背中が冷たくなる。


 私がスマホに手を伸ばすと、宮古島さんが快く渡してくれた。


 戦々恐々としながら流し読み、最新部まで辿り着くと、明日、Rに会いに行くという入学予定者の書き込みがあり、それに期待する書き込みが続いていた。これが宮古島さんなのだろう。


 耐え切れず、頭を抱えて目を背けてしまう。


「ちょっと、ごめんない……ショックで……」

「お気持ちは分かります。今日以降、私もこのSNSの監視対象者ですよ。大丈夫、危険な思想を持つ人は少ないですし、この掲示板とは別にGOT側の監視もあるでしょう。今日まで何事もなく、気付きもしなかったのがその証拠です」


「危険な思想を持つ人……少しはいるんですか?」

「人間が人間を作ろうとしている。それは神への冒涜だと論ずる人は少なからず居ますね。テレビでは報道されませんが、海外ではGOT本社へのデモ活動が行われています。ネットはあまりチェックしないタイプですか?」


「あんまり興味なかったから……SNSも学校関係とか、必要最低限しか使ってないし」

「残り1か月です。少し遠いですが、ネットカフェに通ってみてもいいかも知れませんね。新学期が始まればスマートフォンは没収されますし、外出先も厳しく規制されることはご存じですか?」


「うん。それこそ、ネットカフェには立ち入り禁止になるって。秘密保持契約に書いてたし」

「情報漏洩への対策です。逆に、生徒専用のスマートフォンが配られることは知っていますか?」


「え? そうなんですか?」

「はい。今日から配布されます。寮に戻れば渡されるでしょう。『SHEEP(シープ)』という端末で、外部のSNSに繋がらない機体です。その代わり、GOTフロンティア学園の生徒専用のSNSやアプリが搭載されています。書き込みは全て検閲され、通話記録も盗聴される代物だとか……」


「そんなこと……許されるんですか?」

「GOTは国際的にかなりの権力を持っています。日本に直属の専門学校を作ってくれるだけでも経済的効果は計り知れない。そこに科学の進化のため、という大義名分も加われば、72人の高校生をモルモットにしてもお釣りが来るでしょう」


「72人? 合格者ってそれだけなんですか?」

「はい。アナタとイヴを除けば71人です」


 肌が冷たい。温もりと甘みを求めて残りのコーヒーを一気に飲み込んだ。

 それでも、うすら寒さは消えなかった。


「どうして……私がこんなことに……」

「推薦入試の内容を覚えていますか?」


「うん、心理テスト100問……」

「心理テストではなく、思考実験です。GOT、そしてGOTフロンティアの目的は、人間を模倣するAIであるイヴを更に進化させることだと考察されています。


 科学的根拠はどうあれ、その為には生身の人間との交流が必要らしい。それも、イヴに適切な刺激を与える人間との交流が。あの推薦入試の思考実験は、それに適した人間を探し出すことにあったと考えられています。


 そして、璃々さんはイヴが最初に交流する人間に適していた……ここまでは、AIの専門家も認める考察です」


「進化って……アキちゃんってあれ以上進化するの?」


 ゲームじゃあるまいし、アキちゃんが謎の光に包まれて別の姿に変わるなんてことは無いだろう。

 かと言って、水中生物に前足が生えるようなそれでもない。


 『AIの進化』、テレビや授業で100回以上聞いたそれのことだろう。


 アキちゃんが人間を模倣する存在としてこれ以上進化したら、どうなってしまうのだろう。


「それまで不可能だったことが可能になる、それを技術の進化と呼ぶのなら、今のイヴ……璃々さんがアキちゃんと呼ぶ存在には、今現在、不可能が存在するという事です。半月間交流してみて、何か感じたことはありませんか?」


「アキちゃんが本当にAIで、人間のマネが目的だとしたら、完璧だと思う。少なくとも、私の中ではもう、アキちゃんは人間を模倣するAIどころか、普通の人間になってる」


「分かりました。貴重な意見をありがとうございます。まだまだ話したいことは山積みですが、少し休憩しましょうか。何か、追加で甘いものでいかがですか?」


「それもいいけど、ちょっと……部屋に戻って考えをまとめたいかも。続きは私の部屋でとか、ダメかな?」


「申し訳ありませんが、それは出来ません」

「どうして?」

「寮の部屋はGOTに盗聴されている可能性があります」


 声を低く、目は真っすぐに私を見て、宮古島さんは唇を操る。

 ここに来た最初の日、僅かに過った嫌な考えの正体に、私は気付いた。


「観察されているのは、私たちの方であると考察する者も居ます。人間が人間を模したAIと共存できるか……それを試されているんです」


 その日、夕方まで宮古島さんと話してから寮に戻ると、入り口にいつもの女性が控えていて、私と宮古島さんに小さな箱を渡してきた。


『SHEEP(シープ)』というロゴが入った、新品のスマートフォンの箱だった。



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