ひとつまみの秘密
その日を境に、アキちゃんは寮に遊びに来なくなった。
入学式に向けての準備が忙しくなるからって、部屋のノートパソコンにメッセージが届いていた。
それでも数日おきにビデオ通話が掛かって来て、ディスプレイ越しにお喋りすることは続いていたけど、盗聴されているかもしれないと思うと、自然に私の口数が減ってしまった。
アキちゃんは心配そうに「どうしたの?」なんて訊いてくれるけど、「あなたの会社、盗聴してる?」なんて訊き返せるはずもない。
アキちゃんと会わなくなった代わりに、宮古島さんとよく話すようになった。必ず外出した先でお茶をしながら。スマホを借りて例のSNSをじっくり読み込ませて貰ったりもした。
書き込まれているのは嘘か本当か分からない噂話と考察ばかり。
アキちゃんの見た目が可愛いことに触れる書き込みもあって、それはそうだと思う。私と比べてどっちが好みか、なんて脱線した会話の流れもあった。
ある日、いつものようにSNSを眺めながら話していると、不意に宮古島さんから頼まれごとをされた。
「お願いしたいことがあります。今後、部屋でアキさんと話すことがあれば、璃々さんの秘密をひとつ打ち明けてみてもらえませんか? 嘘でも構いません。それがネットに流れるかどうか確認してみたいんです」
「秘密か……難しいな。宮古島さん自身にお願いすることってできる?」
「構いませんが、私も彼女と話せるんでしょうか?」
「多分、今日の夕方ビデオ通話する約束してるから、私の部屋に来てもらえば」
「では、お邪魔します」
その日の夕方、打ち合わせ通り私の部屋に来ると、宮古島さんは何かの装置を取り出して、部屋の中をあちこち探り回った。
盗聴器発見機らしい。
コンセントとかノートパソコン本体とか色々と調べてみたけど、反応することは無かった。
「やっぱり、盗聴なんて噂話じゃない? 宮古島さんの部屋は調べたの?」
「ええ。反応はありませんでした。それでもGOTなら、こんな玩具に引っ掛かる盗聴器は使わないでしょう。一応、最大限の努力をしているだけです」
宮古島さんが機械をしまったところで、アキちゃんからビデオ通話がかかってきた。
席に着いて、最初からノートパソコンにインストールされていたSNSアプリを起動する。宮古島さんの話によれば、GOTフロンティアの生徒専用のアプリらしい。
「こんばんは、アキちゃん。今日はね、ゲストがいるんだよ?」
「こんばんは! ひょっとして、ランちゃんって人?」
「おや、もう私の話が耳に入っていましたか」
宮古島さんがひょっこりと画角に入ってくる。
そういえば、下の名前は蘭だったったけ。
「うん、リリちゃんと仲良くしてる子がいるって聞いてる。やったねリリちゃん! お友達2号だよ!」
「うん……えっと、そうだね?」
「入学までに100号までできるといいねぇ!」
「そんなには出来ないかな……入学者は70人くらいって聞いてるし」
そもそも私は友達を沢山作るタイプじゃない。
宮古島さんとも友達と言う感じではないし……なんだろう、少しモヤモヤする。
「良ければ、今日は私ともお話していただけませんか? アキさんのことをニュースで知って以来、ずっと楽しみにしていたんです」
「うん、いいよ! 話そー!」
宮古島さんがさらっと嘘を吐いたことに気付く。
アキちゃんのことは3月の中旬に公式発表がされ、ニュースにも大きく取り上げられた。
宮古島さんはそれ以前からアキちゃんのことを知っていたはずだ。
アキちゃんはその時の会見にも参加していて、流暢に話す様子が全国放送されている。その後数日は、親戚の叔父さんや瑠衣から電話が掛かって来て忙しかった。内容はどれも同じだ。
「あれって本当にAIなの?」
私は秘密保持契約を盾に、何も話せないと答えることを選んだ。
「えー、蘭ちゃんって静岡から来たの? 富士山のトコじゃん! どれくらい大きいの?」
「そうですね、標高は3776メートル、直径は44キロメートル。数字で語ってもピンとこないものですが、県外から来られた方はみんな想像以上に大きいと驚かれますね。春夏秋冬、いつ眺めても綺麗ですよ。可能ならご招待したいほどです」
「うん! 今は色んな制約があって市外には出られないけど、いつか行けたらいいね!」
話が弾んで来たようなので、席を宮古島さんに譲る。楽しげに話す宮古島さんとアキちゃんを見ていると、どうしてだか、胸の中のモヤモヤが強まる感じがした。
「そうですね、アキさんはGOTの最新技術の塊ですから、色々と制約があると思います。ご不便はしていませんか?」
「しまくりだよー、最近はリリちゃんとも会えなくなったし。でも、入学式までのガマン」
「楽しみですね。色々とやってみたいことも沢山あると思います。気になっていたんですが、GOTフロンティアは共学ですよね? 恋愛するご予定はあるのですか?」
「えー、どうかな? ちょっとヒミツ♪ ランちゃんはあるの?」
「私はしばらくそういうのは避けようと思っています。地元の恋人と別れたばかりですし、そうですね……よほど理想的な同級生に出会えれば、考えるでしょうか」
「え、宮古島さん、彼氏居たの?」
「はい、中学2年から一年間付き合いました。私が島根県に行くというので別れましたが」
「そうなんだ……宮古島さん綺麗だから、そうだよね……どんな人?」
「誠実な人ですよ。それだけに遠距離恋愛は厳しかったようです。璃々さんは、男性とのお付き合いはあるんですか?」
「リリちゃんはゼロだよ? お父さんが厳しかったんだって」
「そうだけど、他の人の口から言われるのはなんだかな……」
その後、1時間ほど恋バナを続けて、アキちゃんが次の予定があると言ってビデオ通話は終わった。
宮古島さんは短く息を吐いて肩を落とす。
緊張していたというか、集中していた様子だ。
「お疲れさま? そういえば、どこがウソ……」
「しっ」
言いかけたところで、宮古島さんの人差し指が私の唇を塞ぐ。
「ありがとうございました。またこういう機会があったら、私も参加していいですか?」
「うん、いい、けど……」
胸の中のモヤモヤが、また一層濃くなった気がした。
翌日、宮古島さんとカフェに行ってから恋人に着いて訊くと、それが嘘だったらしい。その情報はネットに流れていないようだった。
◇
3月中旬になると、ぞろぞろと寮に入る子が増えて来た。
受付の女性もパタパタと走り回るようになって忙しそうだ。それまで貸し切り状態だった共用キッチンも時間制になって、そこでの出会いも増えて来た。
アキちゃんを除く第一期生72人。
その内男子が30人で、女子寮には42人が入ることになる。
寮には3学年分の部屋が用意されているけど、2人1部屋の割り当ては守られるらしく、半分以上が稼働しないことになる。
今更気付いたことだけど、私たちには先輩となる人達が存在しない。来年以降に後輩が入って来るだけだ。
高校生としてかなり特殊な環境なのは今更だけど、縦社会を学べないのは将来ちょっと困りそうだな……ああ、でも、入学した時点で就職先は決まっているようなものなのか。
私と同じ考えに至った子が多いようで、ほとんどの子がGOTの直属校に入学できたことを手放しで喜んでいた。
大学までエスカレーター式だし、GOTや関連企業への就職は決まったようなもの、他の企業もGOTとの繋がりは欲しがるだろうからどこへでも就職できるだろう。将来は安泰だ。
中には成績優秀な男子生徒を捕まえて、結婚を狙うという子までいるようだった。高校なんて通り過ぎるだけだと思ってたけど、どうにもそうじゃないらしい。
色々なことが決まり始めているのをなんとなく察する。宮古島さんのように入学以前から色々な情報を集めて、GOTの計画を訝しんでいる子は少数派のようだった。
寮に人が増える度、アキちゃんと通話する機会も減って、4月に入ると完全になくなってしまった。1日には食堂が解放されて自炊する必要はなくなり、2日には予約していた制服が支給された。
白を基調しにしてボタンや刺繍に金の差し色が上品なデザインだ。女子はワンピース、ブレザー、パンツスタイルの3種類から自由に選べて、私はワンピースタイプを選んだ。理由は特にない。強いて言えば、着替えが楽なことくらいだろうか。
制服に袖を通してクローゼットの扉に備え付けられた姿見の前に立つと、いよいよ始まるのだという自覚が湧いてくる。
2人部屋に1人、背後を振り返ると2段ベッドがあって、上段は未使用のまま残っている。
私のルームメイトは、まだ姿を見せていなかった。




