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イヴの隣人  作者: 坂本りょう
【一章】鉄の心臓と電子の脳
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12/26

1_12 入学式

 入学式は6日の月曜日。


 4月に入ってからラウンジには女子生徒がたむろするようになり、私は部屋に引きこもるようになった。友達を作るのはやっぱり苦手だ。


 宮古島さんも独自の動きを始めたらしく、私に会うことは少なくなった。

 自室に一人でやることもなく、中学校の勉強を復習していると、静かに日々が過ぎていった。


「じゃあ、お父さん……この携帯が使えるのはこれが最後だから、緊急の時は学校まで連絡して? ……うん、いいよお母さんは。どうせアトリエでしょ? 大丈夫。行ってきます」


 お父さんへの一報を入れてスマホの電源を切る。次に電源が入るのはゴールデンウイークだ。それまでは学校に預けることになっている。一応、部屋に備え付けのパソコンから家族限定で連絡が取れるらしいけど、私は使わないだろう。


 姿見で制服姿をチェックして、部屋を出る。カードキーは既に返却し、施錠、開錠はSHEEPで行うようになっていた。


 エレベーターで1階まで降り、ラウンジの受付に立ち寄って、電源の切れたスマートフォンを渡す。受け取ってくれたのは、いつものあの女性だ。立花さんという名前らしいことを最近知った。


「よろしくお願いします」

「はい、お預かりいたします」


 スマートフォンが手を離れた瞬間、ゾっと凍えるような不安が押し寄せて来た。


 無防備な感覚。

 裸足で競技場に立っているような危機感。


 それでも、もう引き返すことは出来ない。

 踵を返し、学校までの直線通路に踏み出す。


 既に他の女子生徒の姿もあった。もうとっくにコミュニティが出来上がっていて、それぞれ仲良くなった友達と歩いている。


 宮古島さんの姿もないので、私は一人だ。

 

 息が詰まりそうな緊張感を決意で振り払って、私は足を進めた。今はとにかく、アキちゃんに会いたい。


 午前9時。

 私を含む72人の生徒は3つの教室に分けられ、先生の指示に従って体育館へ移動。


 パイプ椅子は既に用意されていて、空いたスペースにはテレビカメラや記者が集まっていた。生徒のプライバシー保護と精神衛生のため、これまでは徹底的に遠ざけられていたけれど、入学式だけは取材がOKされているらしい。


 冷たいカメラの視線を感じながら列に続いて歩き、パイプ椅子に座っても、気分は落ち着かない。


『これより、平成32年、第一回、Gate(ゲート) of(オブ) Ones(ワンス) Frontier(フロンティア)学園高等部の入学式を行います。まずは学園理事会から代表をして、Gate of Ones Frontier学園理事長代行、Gate of Ones Technology中央AI研究本部副本部長である、菅《すが》茜《あかね》様から、ご挨拶を頂戴いたします』


 司会進行の言葉と同時に白衣が翻り、また別の女性が式台に上がる。 衆目の前に登場したのは、男物のスーツの上に白衣を纏った厳しい雰囲気の女性。菅さんだ。


『先の通りの役職の菅だ。本来であれば、理事長であり我が社のCEOであるアリス・アルハザード博士から挨拶があって当然だが、彼女は老齢で絶対安静の状況のため、私がそれに代わらせて頂く。


 まずは新入生諸君。入学おめでとう。昨年は自分の進路に思い悩んだことだろうが、この学園を選択してくれた諸君らに、私は最大の感謝と尊敬を送る。


 知っての通り、ここでのカリキュラムは前例のない取り組みを予定している。常に新しく、常に進歩し、常に挑み、未知という闇を切り開いていくのが科学者だ。人生における重要な選択に、この未知なる学園を選んだ時点で、諸君ら全員が勇敢なる科学者であると私は確信している。


 さて、既に諸君らも承知している通り、この学園の最大の存在意義となるのは『Ethical Virtual Emulation System』。通称、EVEを搭載した全身SRR義体の……言ってしまえば人造人間だ。我々はヒューマノイドと呼んでいる。


今日は報道陣も来ているが、これについては反響も反感も諸君らの想像を超えた規模で起きている。この先、大きな困難が諸君らを待ち受けているだろう。これは比喩や脅しでは無く、大いに恐れるべき事実だ。


 しかし、私たちはそれと戦い抜かなければならない。諸君らがそれを弁え、幾多の試練を乗り越え、新時代を築く礎となってくれることを私は期待している。以上だ』


 雄々しい演説が終わり、続いて来賓の紹介と挨拶が行われる。


 大手電子機器メーカの重役や、大学教授、県議会議員。どれも肩書や名前に聞き覚えがある大物ばかりだ。隣の子が「マジかよ初めて見た……」と呟いていた。


 そして開校式兼入学式は終わり、そのまま始業式という説明会へ移行する。

 菅さんが再び壇上に上がった。


『さて、諸君らには今後、GOTの機密に関わる内容にも触れて貰うことになる。今日は特例だが、今後は報道機関と生徒の接触は禁止される。明日からは発見次第それなりの対応をさせて頂く。場合によっては警察への通報も躊躇わない。もちろん……生徒による内部リークも同様だ』


 菅さんの眼光が、体育館の全域へ飛ぶ。背後で嘲笑や怒気が上がったのが分かった。


『次に、『シープ』の説明に移る。全員、取り出して起動してくれ』


 指示で会場が蠢き、一斉にシープを取り出して電源を入れる。壇上、菅さんの背後のスクリーンが、シープの説明画面を映し出す。フラッシュがマシンガンのように飛び交った。


『携帯電話の所持を禁止した代わりといってはなんだが、諸君らにはこれを使ってもらう。GOTが生徒専用に開発した代物だ。学園の地下にはGOTの研究室がある。そこにある量子コンピューター、『聖《ひじり》』の末端端末だ。


 電話は出来ないが、通常のスマートフォンと同様、SNSでのやり取りやインターネットの使用に制限はない。大いに活用してくれ。ただし、授業でも教材に使うから、充電は切らさないようにな。無論、通話料、通信料は一切発生しない』


 視線を回すと、説明を聞きながら独自に操作を始めている生徒がチラホラといた。というか、ほとんどだ。私は電源を切ったまま、ぎゅっと握り締めていた。


『今日この場で行う説明は以上だ。質問の有る奴は午後から担任の教師に持ちかけろ……それでは、本日最後のプログラムに移る』


 会場が一斉に静まり返る。背後の取材陣からは殺気すらも上がった。私は自然と前傾姿勢になり、周りの生徒達も、それぞれ息を飲んでいた。


『これから諸君らと同じ、生徒の一人として学園生活を送ることになるヒューマノイド。彼女の知能部分が生まれたのは15年前だ。


 彼女は『聖』の中の仮想現実で15年間の学習を続け、君たちと比べても遜色ない程の知性を身につけた。我々としては、今諸君らの隣にいる友人と同等に扱って欲しいと思っている。


 ……まぁ、前置きは無意味だ。実際に彼女を見て、交流を重ね、諸君らなりの結論を見出して欲しい』


 菅さんが語る一方、体育館の隅でブレザータイプの制服に身を包んだ女子生徒が一人、歩き出していた。ゆっくりと壇上に上がり、報道陣や私たちに堂々とした姿を見せる。


 菅さんからマイクを受け取り、アキちゃんが体育館に声を響かせた。


『初めまして。私は『Eve f001‐秋穂。アルハザード』です。ヒューマノイド第一号機として、精一杯、私は私の役目を果たそうって思います。よろしくお願いします!』


 アキちゃんが勢い良く頭を下げる。それと同時に、会場は激しい拍手とフラッシュに包まれる。


(ああ……)


 不意に、体の一部が無くなってしまったような損失感に襲われた。

 今この瞬間、アキちゃんは私だけの友達では無くなってしまったんだ。


 引き裂かれるような胸の痛みと共に、Gate of Ones Frontier学園高等部。その最初の一年が始まった。


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