私の役目
(疲れた……)
入学式と始業式、教室に戻ってのカリキュラムの説明を受け、午前中には寮に戻れたけど、丸一日動き回っていたような疲労感がずーんと身体を包んでいた。
結局、アキちゃんとも話せなかったし、寂しさとモヤモヤが溜まるばっかりだ。
すぐに昼食の時間だけど、もう寝てしまいたい気分。誰とも話さずに部屋の前まで戻って、シープで開錠して、ベッドまで真っすぐに歩いて、ピタリと立ち止まった。
2月の中旬からずっと寝床にしていた2段ベッドの下段。
そこに先客(?)がいた。
驚いて悲鳴が出そうになったのを両手で押える。そのままのポーズで何度もパチクリとして、ベッドの上の女の子(?)をまじまじと観察してしまう。
(……人間? だよね?)
よく見ると呼吸しているし、少なくとも人形ではないと思う。
でも高級な人形だと言われた方が納得してしまうだろう、綺麗な……とても綺麗な女の子だった。
小さな体を丸めていて、より小さく見えてしまう。小学生? 立てば踵まで届くだろう、サラサラの長い金髪は光を放つように眩く、肌は真珠のように白い。まつ毛は作り物のように長く、安らかに眠る目蓋を装飾品のように飾っている。着ている服はふわふわでふりふりのゴシックロリータドレス。
まるで、絵本の中のお姫様みたい。
ゆっくりと気持ちを落ち着かせながら、口を覆っていた手を胸にまで下げて、ドキドキしている心臓の上に当てた。
ぐっすり寝ているみたいだし、起こすのも悪いだろうか……それ以上に、この天使のような寝顔をずっと見ていたいという欲求が私の行動の全てを縛り付けていた。
部屋のインターホンが鳴らなければ、そのまま何時間も見入ってしまっていただろう。
「……うん?」
音で女の子が目覚め、小さな体をむくりと起こす。
本当に、綺麗で可愛い。動くことに違和感を覚えてしまうほどお人形さんのような女の子。ベッドの上にペタンと座る体勢になって、お口を大きく開けて欠伸をして、寝ぼけ眼で私の方を見る。
宝石のような蒼い瞳が輝き、また胸がドキリとしてしまった。
「……ああ、君か」
その唇からポツリと零れたのは、容姿に似合わない流暢な日本語だった。
「え、あの……私のこと知ってるの?」
「重要人物だからね」
「え?」
首を傾げ、「どうして?」と聞き返す前に、女の子はまたパタリと寝転び、くるりと身体を丸めてしまった。
「あの……そこ、私のベッド……」
「ああ、そう? だからいい匂いがするんだね……助かる」
「え、ちょっと、嗅がないで! 起きて! あなた誰?」
体をゆすりながら問いかけると、女の子は私の手を振り払って、背中を向けたまま面倒臭そうに、今にも二度寝しそうな声で答えた。
「桜・アルハザード。君のルームメイトだよ」
「アルハザード?」
「このベッドは僕が使うね。ハシゴ昇るの面倒臭いし。それより来客じゃないのかい?」
「あ、そうだった」
踵を返して玄関に向かう。
扉を開くと、パンツスタイルの制服とピンと背筋の伸びた長身、一瞬男性かと思ったけど、艶のある長い黒髪を見て、宮古島さんだと気付いた。
「こんにちは。お取り込み中でしたか?」
「えっとあの、こんにちは。取り込み中というかなんというか……あの、来て」
宮古島さんの腕を引き、桜ちゃん? が眠るその前まで連れて行く。
おとぎ話のような光景に、流石の宮古島さんも驚いたようだった。
「入学式では見かけませんでしたが、ルームメイトですか?」
「そうみたい。それであの、名前が桜・アルハザードさん? っていうらしくて……」
「アルハザード?」
宮古島さんも、私と同じ部分が気にかかったようだ。
それはアキちゃんのフルネーム、秋穂・アルハザードと同じで、桜っていう名前もなんだか姉妹っぽい。2体目のヒューマノイドの噂もあったけど、まさか……
「お昼寝中、失礼します。こんにちは」
「昼寝中と分かっているなら寝かせてくれ宮古島……昨日は朝の5時まで起きてたんだ」
「それは昨日ではなく、今日ですね。私のこともご存じのようで……まあ、それはさておき、璃々さんが困っているようです。少し起きてお話をしませんか?」
「パス。寝る。おやすみ」
取り付く島もなく、桜ちゃんはまた子猫のように身体を丸めてしまう。
窓から差し込む春の陽気も暖かく、お昼寝日和なのは分かるけど……なんてマイペースなんだろう。
「仕方ありませんね。ルームメイトならまたゆっくり話す機会もあるでしょうし、今は寝かせてあげましょう」
「そうだけど……」
私のクセがしっかり染み付いた……アキちゃんとも一緒に寝た思い出のある私のベッドに、他の子が寝ている状況が恥ずかしくて、正直に言えば少し不快だった。
それでも、上段のベッドまで担ぎ上げるのは無理だし、床で寝かせるのもかわいそうだし、宮古島さんの言う通り、今はこのまま寝かせてあげるしかないだろう。ベッドの下段を取り戻せるかどうかは、起きてからまた交渉するしかない。
「そうだ、えっと、ごめんなさい。宮古島さん、なにか用事だった?」
「お昼を一緒にどうかと思っただけです。秋穂さんも女子寮の食堂でお昼を食べるそうですよ」
「本当に!?」
嬉しさで思わずピョンと弾んでしまう。
やっとアキちゃんに会える。
そう思うと、ベッドの中のお姫さまのことも頭から離れてしまった。
「席は早い者勝ちですから、急ぎましょう。桜さんも、お昼はいいんですか?」
宮古島さんが声をかけるけど、お姫さまはまた夢の中に入ってしまったようで、反応しない。仕方なく、私と宮古島さんは彼女を残して食堂に向かった。
メニューは決まっていて、シープを入り口にかざした後。配膳口でプレートを受け取るだけ、自炊をしていた頃に比べるとかなり楽になった。
アキちゃんの姿は探すまでもなく、食道の中央のテーブルがやけに賑わっていて、その中心に居るのが見える。
宮古島さんのアキちゃんに対する態度は特殊だ。表面上は好意的に見えるけど、アキちゃんがどんな存在なのか、観察対象にしている風にも見える。
他の子はどうだろうと思っていたけど、この光景を見る限り興味の対象ではあるようだ。多くの女子生徒に囲まれ、お喋りをしているアキちゃんを遠目に見ていると、ぎゅっと胸が苦しくなった。
「人気者のようですね。ひとまず、空いている席に座りましょうか」
「うん、そうだね……」
良くも悪くも……という言葉はつけておきたい。
アキちゃんへの興味がどんな風に転がるか分からないから。さっきもヒューマノイドとか、AIって呼ばれてたけど、あれはあんまり良くないんじゃないかなと思う。アキちゃんを物扱いする子が出てきそうだから。
「大丈夫かな……」
「気になりますか?」
宮古島さんと一緒に、アキちゃんが遠目に見える席に座る。
お腹は空いているけど、心配でお箸を掴むことが出来なかった。
「アキちゃん、なんでも頑張る子だから、ムリとかしてないかなって」
「秋穂さんの……強いてはここの目的はEVEと人間の三次元的な交流です。それが成されている状況は当然、望むところでしょう。対策もしているはずです」
「うん、そうなんだけど……」
「それより、言うタイミングを逃していました。制服、良くお似合いですよ。ワンピースタイプは上品な感じで良いですね」
「ありがとう。宮古島さんも良く似合ってる」
「こっちを向いて行って欲しいものです」
アキちゃんに視線を向けたまま、「ごめんなさい」と返す。
今は目を反らすことができなかった。
アキちゃんと一般生徒の大切なファーストコンタクトだ。
アキちゃんはほどほどに食事を進めながら、上手にお喋りを続けている。宮古島さんの言うように、その為に作られたのだから当然だ。取り囲んでいる生徒の雰囲気も悪いようには見えない。
良いことのはずなのに、当然のことのはずなのに、アキちゃんの友達として喜ぶべき光景のはずなのに、胸の内側がざわめいてしまうのは、どうしてだろうか。
「……え?」
おふざけで手を出したのだろうか……女子生徒の一人が、アキちゃんの胸に触った。
アキちゃんは驚いて、ちょっと困った顔をしたけど、拒絶はしない。そのまま周囲の人も盛り上がって、何を話しているのか分からないけど、アキちゃんの困り顔が段々と真剣なものに変わっていくのは分かった。
そうして談笑が続く中、アキちゃんが親指と人差し指で、「ちょっとだけ」というジェスチャーをして、制服のリボンを外した。
気付いた時には、私は立ち上がって、人混みをかき分けていた。
「アキちゃん! こっち!」
「リリちゃ……わっと!」
アキちゃんの腕を掴んで、強引にその場から連れ去る。
背中からブーイングが聞こえたけど、知ったことじゃない。食堂を出て寮の裏口まで走って、誰も来ないのを確かめてから、ヘナヘナとその場に座り込んだ。
「えっと……リリちゃん?」
「どういうお話してたの……?」
戸惑いつつ、膝を曲げて視線を合わせてくれるアキちゃんに対し、私は両手で顔を覆って伏せてしまう。
怒っているのか、悲しんでいるのか、自分で自分の感情が分からなかった。
「えっと、本当に全部SRR義体なのーって話になって、本当だよって答えたら、体に繋ぎ目とかないか見たいって言われて、ちょっとだけ、脱いで欲しいって言われて……」
「人前で脱いじゃダメって言ったじゃない! 困ってたでしょ? イヤじゃなかったの?」
「そりゃ、リリちゃんとの約束があったし、困ったけど……でも、みんなと早く仲良くなりたかったから……」
「それでも、自分は大事にしなきゃダメ、イヤだったらはっきり言わなきゃ!」
「はい、ごめんなさい……」
顔を上げると、アキちゃんはしゅんと肩をすぼめていた。
悪いことが起こらなきゃいいけどと思った矢先にこれだ。やっぱり、私以外の生徒とアキちゃんの間にはズレがある。アキちゃんが普通の女の子と全く変わらないことをみんなは知らなくて、ロボットを扱うようなことを平気で言っちゃうんだ。
「ね、リリちゃん……戻ろ?」
「……え?」
アキちゃんから手を差し伸べられ、私は首を傾げてしまう。
「どうして?」
「だって、お話の途中で出て来ちゃったから、戻らないと。だいじょうぶ、今度はちゃんと断るから。かばってくれてありがとう。ほら、一緒に戻ろ?」
「勝手に体触って来たり、服を脱げなんて言ってくる人たちと、仲良くすることなんてないよ」
「でも、私はみんなと仲良くならなきゃいけなくて……」
「そんなのムリだから! イヤなことはイヤでいいの! 嫌いな人がいたら嫌いになっていいの! 人間って普通そうだから!」
暴れ回る感情に任せるまま、アキちゃんの両手をぎゅっと握っていた。
アキちゃんは目を丸めて、私をじっと見ている。
「えっと……ごめん、リリちゃんが私を守ろうとしてくれてるのはとっても嬉しいけど、でも、私は私の役目を果たさなきゃだから……」
ゆっくりと精一杯やさしく、アキちゃんは私の手の中から逃れる。苦く微笑んで、「また話そうね」と言って、私に背を向けて去って行った。
薄暗い裏口の外に取り残された私は、ぎゅっと胸を押さえて、痛みを堪えることしかできなかった。




