桜・アルハザード
食堂に戻ることもできず、私は一人で部屋に戻った。
2段ベッドの下段では、相変わらずゴスロリドレスのお姫さまが眠っている。仕方なくベッドの上段に昇って、布団を被って身体を丸めた。
多分、私は間違ったことをした。
アキちゃんは使命を背負ってここにいる存在だ。私の行為はそれを邪魔するものだった。それを理解することはできるけど、間違ったことをしたとも思えない。
だったらどうすれば良かったのか……
今は感情と思考を切り離すことが出来ない。
原因不明の苛立ちやモヤモヤとする感覚、怒りや悲しさが渦を巻いて大混乱だ。
どうしていいか分からない。
ベッドの中で一人でいると、涙が溢れてきた。何の涙なのかさえ、私には分からなかった。
どれくらいそうしていただろうか、部屋のインターホンが鳴った。
アキちゃんの顔が過ったけど今はどう話していいのか分からない。
私は寝ていると自分に言い聞かせて、無視をした。
そうすると、今度はポケットに入れていたシープが震える。
取り出して画面を見ると、宮古島さんの名前が表示されていた。
「もしもし?」
「どうも。お腹空いていませんか? 昼食をお弁当にしてもらって来ました」
そう言えば、結局お昼は一口も食べなかったっけ。
時計を見ると午後3時だ。少し眠っていたらしい。お腹の中は空っぽだ。
「ありがとう。ドア開けるね?」
体を起こし、ハシゴを降りて部屋の扉を開ける。
宮古島さんはパンツルックの制服姿のまま、紙のお弁当箱を2つとお茶のペットボトルを2つ、両腕で抱えていた。
「璃々さんと、桜さんの分です。食事は元気の源、空腹では気分も落ち込みます。召し上がってください」
「ありがとう……」
お昼から時間が経ってしまったのに、宮古島さんから受け取ったお弁当は暖かかった。共用キッチンかどこかのレンジを使って、わざわざ温め直してくれたのだろうか。
手から伝わる温もりがお腹を刺激して、くぅ、と小さく音が鳴る。
「ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「うん、もちろん」
半歩下がって宮古島さんを部屋に招き入れる。
食事の気配を感じたのか、ベッドの下段でゴスロリドレスの小さなお姫さまがむくりと起き上がって、寝ぼけ眼でこちらを見た。
「桜さんも、一緒に食べよう?」
「うん……」
意外と素直に返事をしてお弁当箱とペットボトルを受け取ると、ベッドの上に座ったままゴクゴクとお茶を飲み始める。
「あの……お行儀……」
「ここはもう僕の陣地だ。僕の好きにさせてもらう」
「……汚さないようにね?」
ベッドの下段は諦めるしかないか……
呆れながら椅子の一つを宮古島さんに向けて引いて、もう一つに座る。
ペットボトルは机に置いて、膝の上でお弁当箱を開いた。
ご飯とハンバーグとサラダ、中身はお昼と同じメニューだけど、温め直してくれた宮古島さんの優しさが加わって、よりおいしそうに見えてしまう。割り箸で一口分にハンバーグを割って口に運ぶと、それが気のせいじゃないことを思い知った。
「おいしい……ありがとう、宮古島さん」
「いえ、末端とはいえGOTの施設ですからね。設備も人材も良いものが揃っています」
自分のことを数に入れない宮古島さんはカッコイイ。
自分のわがままで動いてしまった私なんかとは大違いだ。
(……わがまま?)
食事を続けながら、自分に問いかける。
さっきのあれは、私のわがままだったのだろうか。そんなの、親にも先生にも言ったことがない。今まで自分の中に概念すらなかったものが、どうして?
私は何が不満なんだろう。
「……あの、何?」
私のことをじっと見ている宮古島さんの視線に気づいた。
「いえ……もし、璃々さんに余裕があればですが、夕食の時間になったら、皆さんに謝りに行きませんか? 突然のことで、少し騒ぎになってしまったので」
「そう、なんだ……そうだよね……」
「大丈夫、璃々さんは悪くないですよ。皆さんも悪ノリが過ぎたと反省しています。秋穂さんだけ戻ってきて、璃々さんが姿を見せないので心配していたほどですよ。私も一緒に行きますから。これから同じ時間を過ごす仲間です。わだかまりは残さない方がいいでしょう」
「うん……」
何から何まで、宮古島さんは大人だ。
「宮古島さん、本当に15歳?」
「もう16歳です。4月1日生まれなので」
「え? ウソ……ごめんなさい! 何にもお祝いしなくて!」
「お気になさらず。言ってなかったのは私ですし、皆さんと1歳ズレてしまうので、誕生日はあまり嬉しくないんですよ」
宮古島さんは苦く笑った後、黒い髪をさらりと揺らして微笑み、悪戯気に唇の端を持ち上げる。表情の移り変わりが艶めかしくて、少し、ドキリとしてしまった。
「でも、そうですね……お祝いして下さるというなら、またデートしていただきましょうか」
「うん、是非」
「その時は、桜さんもいかがですか?」
宮古島さんが横顔を見せ、ベッドの上の桜ちゃんの方を見る。
お茶に飽き足らず、お弁当までベッドの上で食べて……見た目はお姫さまそのものなのに、中身はずいぶんとヤンチャみたいだ。
「ケーキ食べさせてくれるなら、行く」
「ええ、もちろん。どんなケーキがお好きですか?」
「甘い物なら何でも好きだよ。それより、回りくどいのは面倒だ。僕に聞きたいことがあるなら手短にね」
「おっと、これは失礼」
口をソースでたっぷり汚した桜ちゃんに、宮古島さんが両手を上げるジェスチャーを返す。
私も学校の成績は良い方だったけど、この二人からは別のベクトルの高い知性を感じる。多分、生きていくのに必要な方の頭の良さだ。
「桜・アルハザードさん、貴女は秋穂・アルハザード、並びに、アリス・アルハザード博士と何か繋がりがある人物ですか?」
「当然のことを聞くね、そうだが?」
「アリス博士のお孫さんとか、あるいは……貴女もヒューマノイドだったり?」
「その質問をするなら2人ともシープを出してくれ」
桜ちゃんがご飯とサラダを残したお弁当箱を置いて机のパソコンに向かう。
私と宮古島さんが黙ってシープを取り出すと、それをノートパソコンにコードで接続して、何か難しそうなアプリ? を立ち上げてキーボードを叩き、何かの処理をした。
終わったのかどうなのか、ベッドの上に転がしていたお茶を飲んで、手の甲で口を拭いた。
「もういいんですか?」
「ああ、もう取っていいよ。盗聴機能をぶち壊した。部屋とノーパソに仕込まれていたのも、昼間の内にやっておいたよ」
「え?」
「それはそれは……」
フリルスカートを翻してベッドに座り直し、桜ちゃんは無表情のまま、自分の頭をコツコツとつついて、あっけらかんと告白した。
「ボクは全身SRR義体の人間だけど、ヒューマノイドじゃない。秋穂とはここの中身が違う。脳まで含めて100%SRR義体。端的に言えば、僕はアリス・アルハザードのクローン人間だ」




