モノでもヒトでも
夕食の時間、早めに食堂に行って、あの場に居た生徒を探して謝って回った。宮古島さんは一緒に行くって言ってくれたけど、私一人の方が良いと思ったからそうした。
ほとんどの人は「自分達もはしゃぎすぎていた」と謝ってくれたけど、数人には「空気を読め」なんてことを言われた。「今度から気を付けます」と言って離れたけど、ああいう人たちは、今後はアキちゃんに近付いて欲しくないかな……
誤り倒した後、ようやく夕食のトレイを持って席に着くと、宮古島さんが隣に座ってくれた。
「お疲れさまです。ご立派でした。自分で勧めておいてこんな言い方はどうかと思いますけど……璃々さん、心臓強いですね」
「そうなの?」
瑠衣と同じことを言われる。そうなのかな? 普通だと思うけど。
「他人に興味がないだけかも。好かれようと嫌われようとどっちでもいいから」
「そういう態度は孤立を招きますよ? 人間は社会的動物です。特に我々は女性ですから、コミュニティ意識は強い。嫌われることは避けるべきですし、好意を抱かれることを優先的に考えなければいけません」
「宮古島さんらしいね」
「璃々さんは、私にも興味はないんですか?」
振り向くと、宮古島さんは不敵な笑みを浮かべて私を見つめていた。
夕方になっても宮古島さんはパンツルックの制服を着たままだ。こうして近くで見ると本当に中性的な顔立ちで、胸の膨らみが無ければ男の子に見えてしまう。
少し照れながら目を反らし、夕食のパスタをフォークに巻き付けた。
「その自己肯定感の高さには、興味あるかも」
「そう見えますか? これでも劣等感の塊なんですが」
「そうなの?」
「姉が優秀ですからね……他にも色々と、及ばぬことばかりです」
部屋での桜ちゃんとの話を思い出す。
宮古島さんのお姉さんはAI開発で有名な人らしい。その妹だから、GOTは宮古島さんのことを注目しているようだ。
実際、宮古島さんの言動はGOTが隠していることを暴こうとしているような、探偵さんのように見える。私のことも、友達というよりは観測対象なのかもしれない。
「夕食の時は、アキちゃんいないんだね」
「そうですね。本校舎地下の研究所で、色々とお仕事があると言っていました。ですが、落ち着けば寮で生活するようになるそうですよ」
「どのくらい?」
「少なくとも、2学期からと言っていました」
「そっか……」
パスタをクルクルと巻きながら、アキちゃんの顔を思い出す。別れ際の苦い笑顔を新しい思い出で上塗りできるのは、どのくらい先のことになるだろうか。
◇
それから一週間、アキちゃんと話す機会は無かった。
クラスは別々だし、休み時間や食事の時間になるとアキちゃんは他の生徒に囲まれていて、私が入って行く隙間が無かった。
私も私で最初の数日は色んな人が話しかけに来て、2月から居たって聞いたけど、どうして? とか、GOTの社員なの? とか色々聞かれたけど、その内、普通の生徒だと分かると興味を持たれることも無くなっていった。
宮古島さんはたまに話しかけてくれるけど、やっぱり忙しそうで、桜ちゃんに至っては学校に登校してこない。寮の部屋に戻ると毎日のようにパソコンや周辺機器が増えていて、ベッドの下段はツタが繁茂したようなコードで滅茶苦茶になっていた。
私にかまう余裕が無いというか、興味がないようで、それは私もお互いさまで、ルームメイトとの会話はあんまりない。
私なりに今まで通り、楽に、自然に、ムリせず振舞っていると、私にとって心地よい環境が出来上がっていった。誰からも好かれもしないし、嫌われもしない、中学校と同じ環境だ。
ただ一つ違うのは、心の中にアキちゃんに会えない寂しさがあって、それはいつも冷たい氷の塊のように存在を主張していて、ほんの少しの苛立ちや焦りを与えてくること。
だから、アキちゃんから「会いたい」って連絡が来た時、私の心は跳ね踊るように舞い上がってしまった。
「明日って休みでしょ? 他の子との用事がなかったらでいいんだけど……」
「大丈夫、何にもないよ? 部屋に来る? 外出? ……うん! 大丈夫」
通話を切った後、その場でピョンピョンと弾んでしまう。寝転んでパソコンを弄っていた桜ちゃんが呆れた顔でこっちを見て、「気を付けろよ」なんて言って来た。
「何を?」
「はしゃいだ拍子にその辺の電源引き抜いたら、君の寝顔がネットに流れることになる」
「盗撮……」
「下着姿じゃないだけありがたく思って欲しいね」
桜ちゃんはいつも部屋に引きこもってカタカタとパソコンを叩いている。
何をしているのか私には分からない。宮古島さんは少し分かるみたい。
やっぱりこの二人の頭の良さって、高校生レベルじゃないのかな?
ま、それはそれとして、明日は念願の日だ。
心が弾むまま久しぶりにクローゼットを開いて私服をアレコレと見てしまう。最後に遊びに行ったのは冬の日。もうすっかり春だから、アキちゃんも春服を着てくるのかな? きっとかわいいだろうな。
「あ、そういえば桜ちゃん。シープの盗聴機能は壊してくれたけど、アキちゃん自身にもそういう機能って付けられてたりするの?」
「服や所有物に仕込むことはできるね。裸一貫になればリアルタイムでの盗聴はされないだろうけど、アレが学習した情報は5分おきに『聖』に共有される。シフトにもよるが、遅くとも翌日には職員が分析に入るから、あまり恥ずかしい秘密は話さない方が良いかもね」
「そうなんだ……なんだかかわいそう。プライバシーとかないの?」
「モノだからね、アレは」
桜ちゃんの言い方に少しむっとしてしまったけど、それが事実であることにも気付く。
私がどんな感情を抱いていようと、アキちゃんがどんなに人間のように振舞っていようと、法的には人間じゃない。その事実は事実として揺るがないことだった。
「アレに感情移入するのは勝手だが、それを忘れないことだ。じゃないと、痛い目を見ることになるかも知れない」
「うん。ありがとう」
空返事を返す。
私の中ではもう、アキちゃんがモノでもヒトでも、どちらでも良くなっていた。




