嫌いな人
翌日、アキちゃんとはお昼前に駅前で待ち合わせになった。
他の生徒の目だとか色々と避けた方が良いらしい。少し早めに行ってワクワクしながら待っていると、目の前にタクシーが停まって中からアキちゃんが降りて来た。
オーバーサイズのパーカーに、下は見えないくらいのショートパンツ(履いてるよね?)、むき出しの両脚が眩しい。
やっぱり動きやすい服装が好きなのかな? 私が「かわいいよ」と褒める前に、アキちゃんはタクシーを降りた勢いのまま、ガバっと抱き着いてきた。
「ちょ、ちょっとアキちゃん?」
「リリちゃん会いたかったぁ~♪」
ぎゅうっと首に巻き付く両腕、重なった体、アキちゃんと触れ合う感触の全てが心地よい。思わず私もぎゅっと抱き返して、「私も会いたかったよ」と返事をした。
「ごめんね、ずっと話したかったんだけど、休み時間もご飯の時間もずっと囲まれちゃっててさ、もう限界ぃ~~ってなって、今日は外出貰っちゃった」
「アキちゃん人気者だもね、いいの? 今日は私なんかが独占しちゃって」
「いいの! とりあえずお腹空かない? ご飯行く?」
「うん、食べたいものある?」
「ある!」
グッと強く、アキちゃんが私の手を引いてタクシーに引っ張り込む。
もつれ込んで後部座席に体を重ね、パチクリする私をよそに、アキちゃんが「お願いしまーす!」と声をかけると、運転手さんがドアを閉じて車を発進させた。
「え? いいの?」
「いいの! ほら、この辺だと他の生徒もいるかもだから、今日はちょっと遠くに行くね? だいじょうぶ! タクシー代も全部会社もち♪」
アキちゃんがピースをして黒いクレジットカードを見せてくる。こんなの持たせていいのかな? まぁ、世界のGOTだし、女子高生の遊び代くらい小銭みたいなものなのかも知れない。
今はそんなことより、体勢を何とかした方がいいかも。
力いっぱいに引っ張りこまれた格好のまま、私は座席に寝そべる形でアキちゃんの胸に顔を埋めてしまっている。起き上がろうとしたけれど、アキちゃんがぎゅうっと頭を抱き締めて来るのでそうすることも出来なかった。
ドクンドクンと、アキちゃんの鼓動を頬に感じる。
「あの、アキちゃん……離して?」
「もうちょっと♪」
やっぱり人懐っこい大型犬みたい……ほっとするのと同時に、心の隙間がみるみる埋まって行くのが自分で分かった。
どうやら私は、アキちゃんのことが相当好きらしい。
アキちゃんもそうだといいな、なんて思ってしまうのは、贅沢だろうか。
移動中はずっとそのまま、アキちゃんは私を抱き締め続けていた。
私が学校のこととかを問いかけても、「うん」とか「まあね」とか、空返事しか返して来ない。
それは決して面倒臭そうな返事ではなくて、私を抱き締めるのに夢中、みたいな感じだった。手がお尻や太ももに重なって来た時は流石に叱ったけど、それ以外はアキちゃんのしたいように身を任せた。
そうして10分か20分か移動するとタクシーが停まって、私たちはようやく身体を解いて、大型のアミューズメント施設に降りた。
アキちゃんが食べたかったものとは、ハンバーガーだったらしい。
それもよくあるチェーン店のハンバーガーだ。
ソースでたっぷり口を汚してかぶりつくアキちゃんは、幼い子供のようで可愛かった。私もマネをして、お行儀悪くかぶりつく。
寮のご飯も美味しいけど、栄養バランスが考えられていてこういうジャンクな味の食事はない。お互いにお互いの口を拭き合ってお腹を満たすと、そのまま同じ施設内にあるカラオケボックスに入った。
「いっきまーっす!」
アキちゃんは早速マイクを持って意気揚々と歌い出す。私はタンバリンで音頭を取りながら、アキちゃんの新しい一面に苦笑を浮かべた。
アキちゃん……音痴だ。
でもとっても楽しそうだからいっか。
私が知り得ない色んな鬱憤も溜まっていたらしい。激しい曲を何曲も続けて歌って、力尽きるようにパッタリ倒れ、私のふとももに頭を乗せて来た。
少し汗ばんだ黒髪のショートカットを優しく撫でる。
シャンプーなのか香水なのか、良い匂いがした。
「ふーっ、ちょっとスッキリした……リリちゃんはなんか歌わないの?」
「お膝にお姫さまがいますので。それに私、あんまり歌とか詳しくなくて、教科書の曲くらいしか知らないんだよね」
「リリちゃんのそういうとこ安心するなぁ……」
「そうなの?」
「うん、みんなは流行りの曲とかさ、アレがいいこれはダメとかそんな話が多くて、もう情報処理が追い付かなくて……話合わせるのすっごく大変」
「AIってそういうの得意そうにだけど……アキちゃんは違うの?」
「ぜんぜん違うよー、普通のAIは何でもかんでもネットで学習して話を合わすのも得意だけどさ、私はこの体で学習したことしか知らないし、新しいこと覚えるには実体験が必要だから。自分で聴いたり歌ったりしないと流行りの曲が分からないの」
「人間と同じだね」
「そう言ってくれるのもリリちゃんくらいかも……あー、ふとももきもちー」
「えっち」
ふとももを撫でてくるアキちゃんの手をペチンと叩くと、不服そうにぷっくり頬を膨らせた。人差し指でつんっとつつくと、頬が自然に緩む。
ふと悪戯を思いついて身体を傾け、アキちゃんのふとももに枕にするように寝転んだ。なるほど確かに気持ちいいかも?
「ねーリリちゃん、聞いて?」
「なーにー?」
二人でヘンな体勢のまま、まったりした雑談を始める。
といっても、話すのはほとんどアキちゃんだ。学校が始まって大勢と話すようになって、ずいぶんお疲れらしい。
みんな親しく話しかけてくれるけど、そのほどんどがヒューマノイドとしての興味本位で、友達というより珍しい新製品として観察されているような感じらしい。
中にはその……大人な話題を堂々と訊いてくる子もいるみたいで、それに律儀に答えなきゃいけないのがちょっと恥ずかしいらしい。
「イヤだったらイヤって言っていいんだよ?」
「うん、そうしてる。初日にリリちゃんがそう言ってくれてホントに良かった」
「どーも」
「ね、リリちゃん」
アキちゃんが身体を起こして体勢を入れ替え、私と同じ向きに寝転ぶ。狭いカラオケボックスのベンチの上に二人、鼻の頭がぶつかりそうな距離にアキちゃんの顔が来て、ドキリとした。
「なんでリリちゃんは、私のことフツーに友達だって思ってくれるの?」
「う~ん……」
少し、言うべきか悩んだ。
アキちゃんとの会話はGOTの社員さんにも共有される。けど多分、私の家族構成なんて調査済みだろうから、言っても言わなくても同じか。
「えっとね……私のお父さん、AIなんだ。多分、それで慣れてるから? かな?」
「……え? なにソレどういうこと?」
「5歳の時……なんの用事だったかな? 忘れちゃったけど、本当のお父さんと車に乗っててさ、それで事故に遭って、お父さん死んじゃったんだ。私もその事故で右脚がSRR義足になって……お母さんも落ち込んじゃってさ。
それで、AI家族代行サービスを使うようになって、それ以来、AIがお父さん。直接何かしてくれることは無いけど、お父さんとして話し相手になってくれてるの。テレビとかでAIチルドレンって言われてるアレ、私もその一人。珍しいことじゃないよ」
「そうだったんだ……ごめんね?」
「ううん。本当のお父さんのことはほとんど覚えてないし、ホントになんでもないよ?」
アキちゃんがぎゅうっと首に抱き着いてくる。私もアキちゃんの腰に腕を回すと、自然にゴロンと転がって、アキちゃんが体の上に乗っかって来た。
密着して、アキちゃんの心地よい重さや柔らかさ、体温の暖かさ、ドクンドクンと弾む心臓の鼓動を感じる。
「ね、リリちゃん」
耳元でまたアキちゃんが問いかけてくる。
腰に当てていた腕を背中に回し、ぎゅっと抱き締めながら、天井を見上げて返事した。
「はい、何?」
「リリちゃんって嫌いな人いる?」
「うん、居るよ」
「誰?」
「お母さん」
「お母さん?」
「うん、お母さんのことは大嫌い」
本当のお父さんの顔はぼんやりと思い出すことが出来る。
でも、お母さんの顔は思い出せない。
思い出せるのは、私を振り向きもせず、筆を手にキャンパスに向かう後ろ姿だけだ。
嫌い。
とても嫌い。
お母さんと呼びたくもない。
アキちゃんは少し、驚いた様子だった。
「お母さんのこと、嫌いでいいの? お父さんも居ないのに……」
「嫌いな人は嫌いでいいの。それがお母さんでも……嫌いでいいの」
だってお母さんも、私のことが嫌いだから。
私を生んでくれた人だからって、親だからって、必ずしも好きになる必要はない。それを教えてくれたのはお父さんだ。その言葉で心が軽くなったのを、今でも覚えている。
「そうなんだ……お母さんでも、嫌いになっていいんだ……」
「アキちゃんにもお母さんっているの?」
問いかけると、アキちゃんは押し黙った。
うんともすんとも答えずに1分くらい?
長い……けど私にとっては一瞬のような沈黙を挟んで、答えた。
「私のお母さん、会ってみる?」




