沈黙
一度見つかったら終わり。逃げ隠れても仕方ない。
GOTが来た時には大人しく従うようにと宮古島さんにも言われていたから、私とアキはそれに従った。私の隣には菅さんが座っている。
どこかに連れて行かれると思っていたけど、車が走り出す様子はない。
運転手さえ座っていなくて、車内には私と菅さんの二人きりだった。
アキはコテージの中。
多分、10人近いGOTの社員に囲まれている。
「お前と秋穂が消えた後、宮古島の実家を真っ先に疑ったが、なかなかどうして曲者だった。流石はGOTに警戒される女だ。ここの存在は最後まで分からなかったよ」
「宮古島さんのお姉さんや、桜ちゃんはどうなったんですか?」
「質問するのはこちらだ」
菅さんはいつもより穏やかな口調だったけど、それが逆に違和感と緊張感を生んで、非常事態であること意識させられた。
それでも逃げ場はない。
何を訊かれるのか分からないけど、この頭と体一つ。できることをするだけだ。
「さて、江原璃々……君には訊かなければいけないことがある。正直に答えてくれ……秋穂は自白したか?」
ピンと鋭い緊張が走った。
心を鉄に。表情を硬く無表情に固める。
車の後部座席に並んで座り、同じ方向を向いたまま菅さんに切り返す。
「何をですか?」
「アリス・アルハザード博士の死因についてだ」
さあ? 何も?
反射的にそう答えそうになって、唇をぎゅっと結んだ。
きっとだけど、嘘を吐くのは正解じゃない。
私が黙っていると、菅さんはため息を吐いて言葉を続ける。
「秋穂の不具合を利用したGOT内部犯による計画的殺人……妹の方の宮古島はその可能性を訴えていたが、最も荒唐無稽な仮説だ。陰謀論でしかない。
そんな不確かな方法でアリス・アルハザードを殺そうなんて企む馬鹿はいないよ。彼女は金のなる木だ。COOも彼女の死は引き延ばしたいと考えていた……ではどうして死んだ? 我々はそれを知る必要がある。理解できるな?」
ぎゅっと拳を握り、無言を返す。
菅さんは淡々と先を続けた。
「まあ、君にブラフは不要か。結論から言おう。あれは自殺だ。あの日、アリス博士は住みこみの医師に暇を出し、自分の手で生命維持装置の警報機能を落としていた。誰かが電源を落とせば、そのまま自分が死ぬようにな。
以前からその兆候はあった。自分が死ぬとすればイヴの手で殺されたいと、そう漏らしていたことさえある。秋穂の不具合は開発者である彼女自身が意図的に残したものだ。いつの日か、自分を殺してくれるようにね」
菅さんはシャツのポケットから煙草を取り出し、火を点けずに口に咥えた。それだけでも、薔薇の甘い香りが車内に広がる。彼女にとって気が紛れる香りなのだろう。
「問題は、電源を落とした秋穂自身が人間を殺したことをどう思っているかだ。それにより、イヴの将来が大きく左右される。秋穂と最も親しい君の証言が必要なんだ。
あいつが殺人……より厳密に言えば自殺幇助をどう捉えたか、君にどう話したか。私に報告してくれ。これは、社員に片足を突っ込んでいるGOTフロンティア学園の生徒の義務だ」
視線を伏せ、自分の手を見下ろす。
今、秋穂と繋いでいない両手が冷たくて仕方なかった。
あの子は今、何を訊かれているのだろう。
同じように尋問されているのだろうか。
女の人もいたから、乱暴はされていないと信じたい。
車内に重い沈黙が流れる。
まるで空気が個体になったかのよう。呼吸が辛い。
1秒を1分に、1分を10分にも感じる。
耳に触れるのは木々のざわめきと川のせせらぎ、菅さんがトントンと指を打つ音さえ、大きく聞こえる。
静寂を破ったのは、菅さんだった。
「……だんまりか、何か事情があるのか?」
唇を結ぶ。
喉がカラカラに乾いていた。
気付けば手が震えている。
押さえつけるように、ぎゅっと重ねた。
「……何があったか知らんが、秋穂の記憶を解析すれば真実は判明する。意味は無いぞ?」
嘘だとすぐに分かった。
それが本当なら、こんなことをする必要はない。
難しいことは分からないけど、多分、桜ちゃんのおかげでアキの記憶が覗けないようになってしまったのだろう。だから、私の証言を求めているのだと、私なんかでも分かった。
「……君が秋穂を大切に思っているなら話して欲しい。どのような答えでも、悪いようにはしないと約束する」
視線を上げ、窓の外に移す。
昨日の雨が嘘のように晴れ渡っている。
風も緩やかで、とってもいい日だ。
陽射しの下を散歩したら気持ちがいいだろう。昨日までは気まずかったけど、今日、アキと一緒に歩けたら、きっと幸せだろうな……もう少し、早起きすればよかった。
「……何も言わないのは、どうしてだ?」
菅さんを振り返ると、不安と心配を織り交ぜたような、優しい表情をしていた。
私が何も言わない状況は想定していなかったのだろう。
どう答えていいか分からず、首を傾げ、苦くはにかんでみた。
菅さんは自分のこめかみをトントンと叩く。
「……分かった。少し時間を与えよう。気持ちを整理してくれ」
菅さんはドアを開けて立ち上がり、外に出て煙草に火を点ける。
私は再び、反対側に視線を投げた。気持ちの整理と言うけれど……うん、それはもうできてるかな。
多分、昨日アキの笑顔を見た時から、私の心は決まっている。
だから、この時間は無意味だ。
宮古島さんや桜ちゃんはどうしているのだろう?
アキは大丈夫かな?
そんなことばかりを考えていると、さっきとは比べ物にならない速さで時間が過ぎた。
菅さんはコテージから出て来た社員さんと何か話して、難しい顔をしてもう一本煙草を吸い、甘いバラの香りを纏って車内に戻って来る。
「……どうだ?」
何も変わっていないことを表現するために、もう一度首を傾げ、苦く笑ってみる。
菅さんは柔く微笑み、再び後部座席に座った。
「いいだろう。ではこういう条件はどうだろう?
今、秋穂にも同じ質問をしている。『アリス・アルハザード博士を殺したか、否か』。
君と秋穂の返答が両方ともイエスなら、そこには罪の意識があるということだ。情状酌量の余地を与えるには十分すぎる。私たちは最大限、君たちを守ろう。
逆に2人ともノーと答えるなら、私たちは全力で秋穂の無実を信じよう。君も学園に残れるよう取り計らう。
ただし、君と秋穂の答えがイエス、ノーで食い違った場合、我々は必ず真相を突き止め、嘘を付いた方に容赦なく重い罰を与える。
そうだな……秋穂の場合は完全に破棄処分。君の場合、生涯に渡ってGOT関連企業への関与を禁ずる。この条件を秋穂にも伝えて来る。その間に答えを決めてくれ」
菅さんは再び立ち上がり、車を出てコテージへ向かっていく。
その背中を見送って、反対側の窓を見て、車の中を見回して、飽きたから目を閉じた。
落ち着いて呼吸を続けていると、そのまま眠ってしまいそうなほど心が穏やかになっていくのを感じる。
何分間か……10分以上か……そうしているとドアが開く音がした。
私が目を開けて振り向くと、菅さんが車の外に立ったまま問いかけて来た。
「……どうだ?」
もう一度。
今度は精一杯に柔らかく。
唇を閉じ、首を傾げ、微笑みを浮かべた。
菅さんの表情から優しさが消え、機械的な無表情がそれに代わる。
「……出ろ」
菅さんがドアを開けたまま一歩引く。
言われる通り、私は後部座席から出た。
久しぶりに地面を踏んで、脚の血流が流れ出すのを感じる。
うんと背筋を伸ばしたい気分だったけど、流石にやめておいた。
「璃々……こっちを見ろ」
言われるまま、菅さんの方を向く。
その瞬間に、パンと鋭い音が響き渡った。
顔が横に傾ぎ、頬がじんじんと痛む。
「……言え。イエスでも、ノーでも、嘘でもいい」
顔をゆっくり元に戻して、菅さんを見据える。
感情を消した無表情は、まるで大人という仮面を被っているかのようだ。
周りを見ると、GOTの社員さんが不安気な表情で私たちを見守っていた。
それを確認してから、宙に視線を泳がせて少し考える。考えて、答えを決めた。
今度はアキの顔を思い出しながら、ニッカリと笑って見せた。
パンともう一度、頬を叩かれる。
「次は爪を剥ぐぞ?」
爪かぁ……経験はないけど、まぁ多分、右脚がブチ切れるよりは痛くないだろう。
親指でいいかな?
左手を持ち上げて親指の爪を噛み、力を籠める。メリ……と生々しい音がして、血が爪の隙間から吹き出した。
「よせ!」
菅さんの手が私の左手に重なる。
「……分かった、もういい」
囲んでいたGOTの社員さんが私を囲み、腕や肩を押さえつける。それ以上何もしないでいると、それ以上は何もされなかった。
菅さんは無感情に、でもほんの少しだけ辛そうな声を絞り出す。
「悪かったな……手当を受けろ」
その後、私は車の中で親指の手当を受けて、そのまま実家に帰された。
私物は後日郵送されてきて、学校は退学処分、シープや制服は処分したというメールが同時に送られてきた。
宮古島さんや桜ちゃんはその後のニュースに映る機会があって、個人的に連絡もくれたけど、アキがあの後どうなったのか……それだけは話すことができないらしくて、私が知るすべはなかった。
知れるとしたら、その手段は一つだ。
「……お母さん」
何年振りか、私は正面からお母さんと話した。
「お願いがあります。協力してください」




