私たちの関係
空港から関東に向かう間に、宮古島さんのお姉さんが話してくれた。
「璃々ちゃんは多分、細かいことは何も知らない状態だよね? GOTの内部事情とか、アリス・アルハザードがどういう人物なのかとか」
「はい、ほとんど何も知りません」
「流石。何も知らず、ここまでその子に肩入れできるからこそ、璃々ちゃんが最初の一人に選ばれたんだろうね」
「あんまり自覚は無いです」
「それでいい。今は、それの意味を考えることより優先すべきことが沢山ある。そうだね、例えば、秋穂ちゃんが試験機だったことは知ってる?」
「いいえ……1号機だとは聞いていましたけど」
「EVE計画はまだ始まっていない。試験機の名の通り、秋穂ちゃんとGOTフロンティア学園は前段階に過ぎないんだ。本当の計画は第2号機の起動から始まる。
今回の事件は、その2号機の運用法に大きく関わることになるだろう。つまり……まぁ、何が言いたいかと言うと、確定事項ではないけど、秋穂ちゃんに残された時間は少ない。本命の計画が始まった時、不要になる可能性がある」
宮古島さんのお姉さんは前を見たまま、少しの沈黙を挟んで言葉を続ける。
事実を事実として告げる、とても残酷な、でも温かみのある言葉だった。
「……これから二人で過ごす時間、後悔の無いようにね」
◇
アキがゆっくりと立ち上がり、火が付いたように走り出す。「待って!」という私の叫びは、けたたましく開かれた扉の音で掻き消されてしまった。
裸足のまま追いかける。
洗濯物を干している内に山の天候は急変し、強い風と雨が木々を叩いていた。泥で汚れるのも、石で足が切れるのも構わず、私はアキの背中に追いすがった。
幸いにもというか、必然というか、足の速さには大きな差がある。
姿が見えなくなる前に追いついて、腕を掴んだ。
「どうして! どこに行く気!」
「リリって嘘つくとき目を反らすよね……ここに来てからずっとそうだった」
振り返ったアキの顔はぐちゃぐちゃにひしゃげていた。
涙と雨が混ざり合い、顎先からポタポタと滴り落ちていく。
「私は、邪魔でしょ? 人殺しなんかと一緒に居たくないでしょ? 私が怖いんでしょ?」
「そんなことない。アキが人を殺したとしても、私は無関係なんかじゃない。私はアキの共犯者。一緒に背負いたいと思ってる。ダメかな?」
「ダメだよ……私さえいなければリリはもっと普通になれてた。もっと沢山の友達に囲まれて、普通の人間になれてた、でも、私が……私のせいで、リリが……」
「私が、何?」
アキが力付くに私の手を振り払う。
心を噛み潰すように、アキは言葉を絞り出した。
「私は、アキの友達になれない……そんな資格ない……」
「じゃあ、友達じゃなくていい」
もう一度、しっかりとアキの手を取る。
今度は怖さに負けない。
雨を全身に受けながら、今度は目を反らさず、真っすぐに答えた。
「友達じゃなくていい。恋人じゃなくていい。家族じゃなくていい。一緒に居たい。私はそう思ってる。アキは違うの?」
「違わない……でも……私は人間ですらない……」
「今更何言ってるの? アキがなんだっていい。私はアキの隣に居たい」
「どうして?」
ぎゅっと強く、アキの手を握り締める。
絶対に、間違えようもないほどアキの目を見た。
「どうしても、そう思うから」
「答えになってない」
「じゃ、一緒に探して?」
アキは唇を噛みしめ、視線を泳がせ、うつむいて、膝から崩れ落ちて、けれどぎゅっと私の手を握り返す。
絶対に聞き逃さないように、私も膝を折ってアキを抱き締めた。
雨を吸った服が肌に張り付く。
その内側にあるお互いの体温を確かめ合いながら、数秒、十数秒、数十秒、沈黙のままアキを抱き締め続けた。
長い長い沈黙を抜けた先で、アキは腕を持ち上げ、ぎゅっと強く私を抱きしめ返して、雨音に負けてしまいそうな小さな声で答えた。
「……うん」
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「……うん」
「洗濯物、もういいや。戻ってお風呂入ろっか。また風邪ひいたら大変だし」
「……うん」
その日、初めてアキと一緒にお風呂に入った。
あんまり見るのはマナー違反だと分かっていたけど、それでもアキの裸を見てしまう。
その関節は球体ではなく、継ぎ目なんかあるはずもなく、機械の動く音もしない。普通の女の子と同じ体だった。人間ではないと言われる方が信じられない。
私の視線に気づいたのか、アキは悪戯っぽく笑って、「えっち」なんて言って来た。ようやく見せた誤魔化しじゃない笑顔に頬が緩んでしまう。
「それアキが言う?」
「私のは観察だからいいの」
「じゃ、私も観察だから」
コテージのお風呂は広く、湯船には二人一緒に入っても余裕がある。向かい合って暖まりながら、クツクツと笑い合った。
もう完全にいつもの調子だ。
深い安堵と愛おしさが肩からすぅっと体に馴染む。また微笑みを浮かべた。
「そうそう、アキはそうでなくっちゃね」
「それはこっちのセリフなんですけど」
ざぱっとお湯をかき分けてアキが身を寄せてくる。私のことを下から上目遣いに見上げて、ニッカリと笑った。
「やっといつものリリに戻った♪」
「そうなの?」
「ここに来てからずっとおデコに皴寄ってたよ? ちょっと怖かった」
「そうだったのかな……」
自分の眉間に親指を当て、グリグリと解す。
気まずい空気を作っていたのは、私の方だったのかもしれない。
「ごめんね、色んなこと考えすぎて、緊張してたのかも。私の心臓も鉄じゃないから」
「そうなの?」
「そうだよ……私のこと何だと思ってたの?」
「う~ん……なんか、心臓が硬そうだなって」
「こら」
「最初は人間みんなそんなものなのかなって思ってたけど、リリ以外の人と関わる内に、あれ? なんかリリって違うくない? って思うようになった」
「ちょっとショック……普通の人間のつもりなんだけどな、これでも」
アキは怪訝な顔を浮かべ、顔を横にして、ペッタリと私の胸の谷間に耳を当てて来る。
「ちょっと……」
「うん……心臓の音は私と一緒かも」
「そうかもね」
アキの方を掴んで引き離し、そのまま頬をぷにっとつまんで、また微笑む。
幸せだと、そう感じた。
のぼせない内にお風呂から上がって、洗濯物をまた干して、昨日より騒がしく夕食を食べて、夜は一緒のベッドでぐっすりと眠った。
翌朝に目が覚め、二人で朝の支度をして朝食を食べていると、不意に車の音に気付いて窓を見た。宮古島さんのお姉さんかと思ったけど、どうにも違うようだ。
到着した車は3台。
テラスに出て見下ろすと、後部座席から菅さんが姿を見せ、私たちを見上げて小さく手を振った。
「アカネちゃんだ」
「ここまでみたいだね」
テラスに並び、アキと手をつなぐ。
菅さんはゆっくり歩み寄って来て、テラスの下から私たちを見上げた。
「いい場所だな。二人とも、健康状態に問題は無いか?」
「はい、二人とも元気です」
「結構だ。璃々、君は車に乗れ。秋穂は部屋の中へ。話をしよう。ゆっくりとな」




