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イヴの隣人  作者: 坂本りょう
【三章】追放の園
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まるで硝子細工のように

 翌朝、アキはお昼まで起きて来なかった。

 朝が弱いのはいつものことだから、寝坊することも珍しくない。


 そう思って寝かせていたけど、お昼ご飯を作って部屋まで起こしに行って、間違いに気付いた。救急箱を取りに行って体温計で計ってみると、そんなに高くはないけど、熱があるようだった。


「なにコレ、体が重い……」

「多分、風邪かな?」


「私って風邪ひくの?」

「SRR義体は人体と変わらないし、まあ、ひくんじゃない? 現にひいてるし」


 頬を赤くしたアキの顔を撫でて微笑む。

 やっぱり少し熱く、汗ばんでいる。


 不安そうな瞳で私を見るアキは、5歳くらい幼く見えた。


「色んなことがあったから、疲れが一気に出たんだよ。今日は寝てよっか。お昼ご飯、おじやにしてくるね?」

「ごめんね……」


「こういう時はありがとうって言うんだよ?」

「ありがとう」

「よく出来ました」


 キッチンに戻り、炊き立てご飯をだし汁で伸ばした。溶き卵を流し入れて……味付けは薄い方が良いのかな? 自分の時はパウチゼリーとスポーツドリンクで済ませていたから加減が分からない。とにかく、固形物よりはマシだろう。


 アツアツのまま大きめのお茶碗に盛って部屋に戻り、レンゲにすくってふぅっと息を吹きかけ、アキの口元まで運んだ。


「あ~ん」

「あー……熱っ!」


「ごめん、もうちょっと冷ました方がいいかも」

「ごめんじゃなくて、ありがとうだよ?」


「今のはごめんだよ」

「むずしいね……」


 二人でクツクツと笑う。

 それくらいの元気はあるみたいだ。


 その場で少し冷めるのを待って、ちょっとずつアキに食べさせた。


 食欲もあるみたい。これなら大丈夫だろう……と思っていたけど、夕方にアキは吐いた。


 トイレまで行こうとしたのか、廊下にうずくまって、自分の吐しゃ物を見下ろしていた。風邪が移らないよう、私はリビングに居たから気付くことができなかった。


「ごめんね……」

「どういたしまして。晩ご飯はやめておこっか」


 アキを着替えさせて吐しゃ物を片付け、薬だけ飲ませてまた寝かせた。


 手を握ってあげたかったけど、この状況で二人とも倒れたら命の危機だ。

 その日、私は別の部屋で寝た。


 翌朝に様子を見に行くと、アキは安らかな呼吸で眠っていた。昨日より顔色もいい。おでこに手を当てて自分の体温と比べてみる。昨日より少しマシだけど、微熱が残っている感じだ。


「おはよう……」

「あ、ごめん、起こしちゃった?」


「ありがとう……」

「どういたしまして。汗だくだし、着替えるついでに体拭こっか。起きれそう?」


「うん……」

「お湯持って来るね」


 お風呂場に行って、洗面器に出来るだけ熱いお湯をはって、タオルを持って寝室に戻る。


 私が部屋に入るとアキは自分で体を持ち上げて、濡れたパジャマをするりと脱いだ。朝の光にきらめく白肌にドキリとしてしまう。


 普段から自由奔放で羞恥心の薄いアキだけど、今は熱で頬が紅潮し、表情も少し弱っている。見てはいけないモノを見ている気がして、何だか、ヘンな気持ちが胸の中で渦を巻いた。


「……どうしたの?」

「あの、えっと……せめて前は隠してくれるかな?」


「なんで?」

「そういうものなの!」

「ごめん……ありがとう」


 アキは脱いだパジャマを取って胸を隠してくれる。私も頭を振って邪念(?)を振り払い、ベッドに座ってアキの背中に濡れタオルを当てた。


 ひとつの傷もシミもない、真珠のような肌を傷つけないよう精一杯優しく拭いて、こっそりとさりげなく、素手で触れてみる。いけない気持ちが湧き上がってきて、すぐに離した。


「前も拭く?」

「うん」


「じゃ、自分でね。着替え置いておくから、拭いたら着替えてね。私はお粥作ってくる」

「うん……ありがとう」


 その場に居たらもっとヘンな気持ちになっちゃいそうだから、そそくさと部屋を出て、自分の顔をパタパタと仰いだ。


◇


 念のためその日を一日ベッドで過ごすと、翌日には熱も下がって立ち歩けるまでに回復した。


 笑顔も見せてくれたけど、やっぱりどこか無理しているような、何かを誤魔化しているような感じがした。


 はっきりコレだと言葉にすることはできないけど、私はその何かを分かっていた。分かっていたけど、どうしてあげればいいのかは分からなかった。


 多分、踏み込んでしまったらまた泣いてしまうから、できるだけ踏み入らないように、普通に毎日を送った。


 朝、一緒に起きて、ご飯を作って、午前中は掃除や洗濯をして過ごして、お昼を食べて、午後からは川辺やコテージの周囲を散歩したりして過ごして、夕ご飯を食べて、夜はテレビや映画を見て過ごして、順番にお風呂に入って、一緒に眠る。


 毎日、毎日、繰り返し、繰り返し。

 触れれば壊れてしまうガラス細工を扱うように、毎日を過ごした。


「おはようございます。そちら、問題ありませんか?」

「うん、大丈夫。そっちは?」


 1日に1回、宮古島さんから連絡が入るようになる。

 受け答えするのは私の担当だった。


「桜さんからの報告ですが、そろそろウィルスの除去が終わる頃だそうです。桜さんも本格的にリークの準備に入るため、GOTの攪乱が手薄になります。


 明日以降、見つかってしまう可能性が高くなります。だからと言って、私たちに出来ることはもうありませんが……とにかく、ご安全に過ごしてください」


「うん、分かった。ありがとう。桜ちゃんにも、無理しないでねって伝えて?」

「はい、伝えておきます。秋穂さんの体調もいかがですか?」

「うん……風邪も治ったし、大丈夫」


 ほんの一瞬、宮古島さんに相談する選択肢が頭を過ったけど、すぐ振り払う。


 私が解決すべき問題だろうし、そうしたいという気持ちもある。いつも通りの連絡を終えてリビングに戻ると、アキが洗濯物を取り込んでいてくれた。


「あれ? もう渇いてた?」

「夜、雨が降るみたいだから」

「そっか……」


 無言の内に洗濯物の半分を受け取って乾燥機付きの浴室に向かう。お風呂の時間を少し遅らせれば十分に乾くだろう。二人で手分けをして洗濯物を吊るした。


 宮古島さんのお姉さんが準備してくれた着替えには下着も含まれていた。仕方のないことだけど、アキに自分の下着を触られるのもアキの下着を触るのも気まずい。


 黙々と作業を続ける内、不意にアキと手が振れそうになって、咄嗟に手を引いてしまう。


「あ、ごめん……」


 そんな言葉を零してしまったのは、私の方だった。


「どうして?」

「あの、えと……邪魔だったかなって」


「ううん、ごめん……私も邪魔だったかな……」

「そんなことないよ」


 パキリ、パキリ。

 何気ない会話のひとつひとつで、ガラス細工にヒビが入ってくのを感じていた。


 分かっていたのに、どうすることもできなかった。


 洗濯物を干し終わった後、リビングに戻ってテレビをつけた。


 あの日から一週間。

 ニュースではGOTの話題が取り扱われることは少なくなってきた。


 次に大きく報道されるのは、COOの失脚か、あるいはCOOがCEOに成り代わるニュースか。全ては桜ちゃん次第だ。


 彼女は今どこにいるのだろう。

 ちゃんとご飯は食べれてるのかな。


「ねえ、リリ……」

「なあに?」

「私って、リリに必要かな?」


 振り返ると、アキが私のことをじっと見つめていた。

 今にも泣き出しそうな、触れれば壊れてしまいそうな顔で、すがりつくように。


 そんな質問、答えは決まっている。


 決まっているのに、使命感より、庇護欲より、愛しさより、正しさより、ほんの少しだけ怖さが上回って、私は視線を横に反らしてしまった。


「もちろん、必要だよ」


 パキンと壊れた音がした。



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