イヴの隣人
桜の香りが風に乗っていた。
島根県の地を踏むのは3年ぶり……あ、入試の時に来たから2か月ぶりか。
少し変わった街並みや、3年前と変わらないGOTフロンティア学園高等部の校舎、15歳の私が暮らしていた様々な風景。それに懐かしいという感情が湧かないのは、多分そのせいだ。
「璃々! お久しぶりです!」
「宮古島さん!」
長い髪を揺らし、宮古島さんが正門の前で手を振ってくれる。
たまに声は聞いていたけど、姿を見るのは3年ぶりだ。ますます背が伸びて大人っぽく、というか、大人の女性の顔そのものになっていた。パンツルックの正装だけど、王子様的な雰囲気はもう無くなっていて、眩しくなるくらいの知的な女性。お姉さんにそっくりだ。
私が手を振って駆け寄ると、そのままハイタッチで受け止めてくれて、綺麗な笑顔で迎え入れてくれた。
「ようこそ! お帰りなさい」
「ただいま」
2人で並び、他の人と一緒に会場に向かう。
周りには見覚えのある顔も、見覚えのない顔も入り混じっていたけど、大学の規模に反して人数が少ない。報道陣の方が大人数なんじゃないだろうか。取材を断りながら歩くのも大変だ。
「結局、何人なんだっけ?」
「エスカレーター組が48人、一般入試組が73人です」
「あれ? 全員ここの大学に進むんじゃなかったんだ?」
「高卒でGOTや関連企業に入社した生徒、アメリカに併設された姉妹校に留学した生徒……色々と進路があってこの人数になりました。
それにしても、璃々の出戻りには驚きましたよ。志望者数は1万人超え、合格率は天文学的数値です。こうしていることがまだ信じられません」
「お姉さんは受験しなかったんだっけ?」
「ええ、昨年友人と起業しました。GOTとも合同開発を始めるそうです」
私とアキの逃亡に加担したことでお姉さんが何かのペナルティを受けていないか心配だったけど、本人曰く、何もお咎めはなかったらしい。
それが嘘か本当かは本人にしか分からないけど、起業して対等な取引ができているなら、私なんかが心配することないかな。
「璃々には本当に驚かされます。よく頑張りましたね」
「私は桜ちゃんの方が驚きだよ。同い年の女の子が学長って、なんかヘンな感じだね」
「GOT内部の事情もあるでしょうが、アリス・アルハザード博士と同じ脳ですからね。例外も妥当と納得するしかありません」
「ヘンなファンもいるみたいだね」
「あの容姿ですからね……」
全てが新品のキャンパスを歩き抜け、中央部にある円形ホールに入る。
トップアイドルがライブを開けそうなほど立派で広い会場だ。現にそういうことも想定しているのかも知れないと、宮古島さんが言う。
「大学なんだし、アイドルのライブより講演とかじゃ?」
「これから先、それらが同じ意味を持つことになる可能性もあります。特に、ここではね」
最奥のステージを囲むように半円状に椅子が並べられ、入学者がぞろぞろと席に着き始めていた。
座る席は決まっている。ステージに向かって左側が高等部からのエスカレーター組、右側が一般入試組だ。私は宮古島さんと別れて自分の席に向かった。
一般入試組は成績順に座るらしく、最前列になってしまったので背中にチクチクと視線を感じてしまう。
そんな視線も、式が始まると一斉に壇上に集まった。
カツカツと高いヒールを鳴らし、マイクの前に立ったのは煌めく金髪とゴスロリドレスの西洋美少女、桜ちゃんだ。
彼女も少し大人っぽくなったけど、身長はほとんど変わっていない。高すぎるマイクを下げる姿に、ほっこりとした笑いが起こった。思えば、102歳のアリス博士もこれくらいの身長だったろうか。
「あー、初めまして諸君。私がGate of Ones Frontier大学学長、桜・ダイアーだ。まずはこの場に居る全員に祝辞を送りたい。茨をかき分ける未踏のカリキュラムに耐え抜いてきた者、限りなく0%に近い試験を勝ち抜けて来た者、どちらもおめでとう。
諸君らが艱難辛苦の先に到達した今この場所が歴史の特異点だ。良かれ悪かれ、今日を境に人類の進化は加速する。その最前列に立っていることを誇りに思って欲しい」
桜ちゃんが入学者を回し見る。
私と一度視線が合って、ニコリと微笑んだ。
「GOTの理念は、『人類のセカンドステージへの到達』。この大学はその理念に乗っ取り設立された。次世代を担う科学者の育成と最先端技術の研究と実験、それを同時並行で行っていく。
諸君らの才能を十全に発揮してもらいたい。期待しているよ……と、まぁ、長い挨拶は嫌われる。僕の挨拶はこのヘンにして、早速ご登場いただこうじゃないか……おいで」
桜ちゃんが手を差し伸べると、来賓席の近くに座っていた女性が立ち上がった。
確かな足取りで歩き出し、ゆっくりと壇上に上がり、報道陣や私たちに堂々とした姿を見せる。
ゆるくカールのかかった長い銀髪。
優しそうなゆるりとした目元とエメラルドグリーンの瞳。
制服にも礼服にも見えるパールホワイトのジャケットに深い紺のプリーツスカート。
瞳と同じ色のイヤリングやネックレスが照明を返し、キラリと光っている。
桜ちゃんからマイクを受け取り、彼女は柔らかな声を会場に響かせた。
『初めまして。私は『Eve f002‐白雪』です。ヒューマノイド第2号機として、精一杯、私は私の役目を果たそうと考えています。どうぞ、よろしくお願いします』
白雪さんが頭を下げると同時に、会場から拍手とフラッシュが巻き起こる。
ふわりと顔を上げた彼女は入学者を見渡し、私とも一瞬だけ目を合わせた。
全く違う容姿なのに、どこかアキの面影を感じてしまうのは、私の傲慢だろうか。
桜ちゃんと白雪さんが壇上を去ると、式は来賓の挨拶や祝辞に移行する。大手電子機器メーカの重役や、大学教授、県議会議員。どれも肩書や名前に聞き覚えがある大物ばかりだ。隣の子が「マジかよ……」と呟いていた。
長話にお尻が痛くなってきた頃にようやく入学式が終わり、来賓も学生も教員も、それぞれキャンパスに散って思い思いに過ごしていた。
報道陣のインタビューに答える人も、グループで集まって難しい話をしている人もいる。宮古島さんの立場は相変わらずのようで、人一倍忙しく走り回っていた。
私は一人、中庭のベンチに座ってぼんやりしていた。
高校は勉強漬けで駆け抜けてしまったから、やっぱり人付き合いは苦手なままだ。
これからは余裕もできるだろうし、少しは宮古島さんを見習ってみよう。陸上部とか体育会系の部活は作るのかな? 朝のジョギングは続けていたし、体力は落ちてないはずだけど、SRR義体の右脚も、自前の左脚も、前よりちょっとぷにっている。
(誰かさんは喜ぶだろうけど……)
両脚をブラつかせながら視線を上げる。
キャンパスの外周には桜が植えられていたけれど、中庭にはカエデの木が植えられていた。今は緑色の葉を広げているけれど、秋になれば真っ赤に紅葉するだろう。
「あの、すみません」
不意に声をかけられ、視線を移す。
そこに立っていたのは、白雪さんだった。
「お隣、かまいませんか?」
ニッカリと悪戯気に微笑む白雪さんに柔らかな微笑みを返し、手の平を広げ、隣に迎え入れる。白雪さんは上品にスカートを折りたたんで座り、私と同じ方へ視線を送った。
ふわりと暖かい風が舞い、私たちの髪をやさしく持ち上げる。
どうしてだか、懐かしい感触がした。
――《了》




