逃避行
走って、走って、走って、女子寮の隣にある大型公園を抜けて、反対側にある駐車場まで辿り着くと、そこに女の人と車が待機していた。
車の後ろのドアが開いていて、先に来ていた桜ちゃんがぐったりと横たわっているのが見える。
「お疲れさま。話は聞いてる? 宮古島蓮、蘭の姉だよ」
眼鏡をかけたショートカットの女性がにこやかに自己紹介してくれる。
見るからに真面目そうな雰囲気で、顔も宮古島さんによく似ていた。
「時間がない。乗って、早速行くよ」
「お姉ちゃ……あ、いえ、姉さん……」
膝に手を置き、肩を上下させながら、宮古島さんがお姉さんを見上げた。
「急な呼び出しに駆け付けてくれ……くださって、ありがとうございます」
「京都から5時間、いいドライブだったよ。なんて雑談している余裕ある?」
「確認作業です。この車はどこから? 追跡される可能性は?」
「その確認は僕が終わらせた。問題ないよ宮古島」
仰向けに寝返りを打ち、お姉さんに代わって桜ちゃんが答えた。
「お友達が個人経営の車屋さんだそうだ。その伝手で用意した中古車なら信用できる。ご丁寧にGOT製のナビも外してくれているしね。注文通りで怖いくらいだよ」
「そうですか……失礼しました」
「君も僕も頭脳労働に肉体労働でヘロヘロだ。あとは任せよう。秋穂、璃々、とにかく乗り込みたまえ。説明は移動中する」
「……うん、わかった」
アキと桜ちゃんの関係は分からない。やり取りを見るに初対面じゃなくて、ある程度の信頼関係があるように見えるけど、それも移動中に確認すればいい。
今はとにかく、一瞬でも早くこの場を離れなきゃ。アキと2人、桜ちゃんを後部座席の奥に押し込んで車に乗り込むと、お姉さんは運転席に乗り込み、宮古島さんは外からお姉さんに声をかけた。
「では、姉さん、3人をお願いします」
「宮古島さんはどうするの?」
「一応、引継ぎのためにここまで来ましたが、私は寮に残ります。統率を取る仕事もありますし、連絡役も必要でしょう。付いて行きたいところですが、やむを得ません」
「問題ない。お姉さんを信じる君を信じるさ。十分な働きだよ宮古島。これからも頼む」
「ええ、では後ほど……行って下さい」
宮古島さんが車から離れると、お姉さんはアクセルを踏んで車を走らせ始めた。宮古島さんはお別れもそこそこに寮に向けて走り始める。
車内には私とアキと桜ちゃん、それに宮古島さんのお姉さんの4人。初対面の大人に気まずい雰囲気を覚える前に、桜ちゃんが話を始める。
「では秋穂、現状と今回の作戦を説明しよう」
「はい、お願いします」
そうして語られたのは、ラウンジでの作戦会議と同じ内容だった。
桜ちゃんは身を隠しながらGOTを攪乱しつつ、COOの裏情報をリークして失脚させる。その間、私とアキはデータを抜かれないように隠れ潜んでおく。
「現在、秋穂と『聖』は分断されている状態だ。体にGPSが仕込まれているが、さっきの混乱に乗じてたっぷりウィルスを送り込んでおいた。復旧にはしばらくかかるだろう。
その間、GOTは秋穂を終えないし、情報も共有されない。時間との勝負だな。この後、僕たちは二手に分かれる。最初の行き先は関西空港だ。そこで僕だけ降りて姿を消す」
「桜が一人で? それ大丈夫?」
アキがほんの少し棘のある言い方をする。
桜ちゃんは意に介さず、「もちろんだ」と即答した。
「詳細は伏せるが、大丈夫だ。僕にも伝手はある」
「空港って……桜ちゃんはどこに行くの?」
「教えない方が良い。そちらの行き先も僕に教えないでくれ」
言いながら桜ちゃんは服を脱ぎ始め、下着姿になる。目立って動きにくいゴスロリドレスを脱ぎ捨て、ラフなジャージに着替えると、長い髪に手櫛をかけながら不敵な笑みを浮かべた。
「僕はかくれんぼに自信がある方だが、そちらは未知数だ。全ては宮古島姉妹に掛かっている。頼りにしているよ?」
「安心してちょーだい。私もかくれんぼは得意だから」
片手でハンドルを握ったまま、お姉さんがぐっと拳を握って見せる。
「そういえば、あの……お姉さんはどうしてこんなに協力してくださるんですか?」
「私がAIの研究をしていることは、妹から聞いてるよね?」
「はい、少し……」
「アリス・アルハザード博士の目指したものに興味があるの。人間の模倣に特化したAIと、それを脳に据えた全身SRR義体。ホントに興味深いテーマ。
私は彼女が目指したその先を見たい。本当なら私自身がGOTフロンティアに入りたかったんだけど、ご覧の通り、年齢制限に引っ掛かってね、妹が私のためにGOTフロンティア入ってくれたの。そんな可愛い妹のためなら、協力を惜しまずして当然でしょう」
「美しい姉妹愛だ。シスコンってやつかい?」
髪を結いながら桜ちゃんが茶々を入れると、お姉さんはクツクツと笑った。
「DNAが似てるからね、知的好奇心の向かう先も似てるのよ。妹は私より貴女に興味があるみたいよ? 完全なクローン人間について何度も意見を訊かれたわ」
「言っておくが、僕とアリス・アルハザードは別物だ。僕に過剰な興味を持たないようにね」
「ええ、分かってる。私が敬愛する人はもうお星さまの中。長らく雲の上の存在だったけど、とうとうその先に行っちゃった」
車は高速道路に乗り、西を目指す。夕日はずんずん沈み、フロントガラスの向こうには、朱と黒がマーブリング状に交じり合う幻想的な空が広がっていた。
「さて、ここから空港まで遠いから、今の内に休んでおいてね。寝ちゃっていいから」
アキの手を握る。
眠れるわけもないけど、そうするとほんの少しだけ不安が紛れた。
アキも同じ気持ちなのだろうか、指を絡め、手を握り返してくれる。
そのままアキと私は自然に肩を寄せ合い、無言のまま互いの存在を確かめ合った。
この震えはアキか、私か、車の振動か……どれだか分からない。
今ただ、アキが私の隣にいる。そのことが嬉しくて、誇らしかった。




