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イヴの隣人  作者: 坂本りょう
【三章】追放の園
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逃避行

 走って、走って、走って、女子寮の隣にある大型公園を抜けて、反対側にある駐車場まで辿り着くと、そこに女の人と車が待機していた。


 車の後ろのドアが開いていて、先に来ていた桜ちゃんがぐったりと横たわっているのが見える。


「お疲れさま。話は聞いてる? 宮古島蓮(れん)、蘭《らん》の姉だよ」


 眼鏡をかけたショートカットの女性がにこやかに自己紹介してくれる。

 見るからに真面目そうな雰囲気で、顔も宮古島さんによく似ていた。


「時間がない。乗って、早速行くよ」

「お姉ちゃ……あ、いえ、姉さん……」


 膝に手を置き、肩を上下させながら、宮古島さんがお姉さんを見上げた。


「急な呼び出しに駆け付けてくれ……くださって、ありがとうございます」

「京都から5時間、いいドライブだったよ。なんて雑談している余裕ある?」


「確認作業です。この車はどこから? 追跡される可能性は?」

「その確認は僕が終わらせた。問題ないよ宮古島」


 仰向けに寝返りを打ち、お姉さんに代わって桜ちゃんが答えた。


「お友達が個人経営の車屋さんだそうだ。その伝手で用意した中古車なら信用できる。ご丁寧にGOT製のナビも外してくれているしね。注文通りで怖いくらいだよ」


「そうですか……失礼しました」

「君も僕も頭脳労働に肉体労働でヘロヘロだ。あとは任せよう。秋穂、璃々、とにかく乗り込みたまえ。説明は移動中する」


「……うん、わかった」


 アキと桜ちゃんの関係は分からない。やり取りを見るに初対面じゃなくて、ある程度の信頼関係があるように見えるけど、それも移動中に確認すればいい。


 今はとにかく、一瞬でも早くこの場を離れなきゃ。アキと2人、桜ちゃんを後部座席の奥に押し込んで車に乗り込むと、お姉さんは運転席に乗り込み、宮古島さんは外からお姉さんに声をかけた。


「では、姉さん、3人をお願いします」

「宮古島さんはどうするの?」


「一応、引継ぎのためにここまで来ましたが、私は寮に残ります。統率を取る仕事もありますし、連絡役も必要でしょう。付いて行きたいところですが、やむを得ません」


「問題ない。お姉さんを信じる君を信じるさ。十分な働きだよ宮古島。これからも頼む」

「ええ、では後ほど……行って下さい」


 宮古島さんが車から離れると、お姉さんはアクセルを踏んで車を走らせ始めた。宮古島さんはお別れもそこそこに寮に向けて走り始める。


 車内には私とアキと桜ちゃん、それに宮古島さんのお姉さんの4人。初対面の大人に気まずい雰囲気を覚える前に、桜ちゃんが話を始める。


「では秋穂、現状と今回の作戦を説明しよう」

「はい、お願いします」


 そうして語られたのは、ラウンジでの作戦会議と同じ内容だった。


 桜ちゃんは身を隠しながらGOTを攪乱しつつ、COOの裏情報をリークして失脚させる。その間、私とアキはデータを抜かれないように隠れ潜んでおく。


「現在、秋穂と『聖』は分断されている状態だ。体にGPSが仕込まれているが、さっきの混乱に乗じてたっぷりウィルスを送り込んでおいた。復旧にはしばらくかかるだろう。


 その間、GOTは秋穂を終えないし、情報も共有されない。時間との勝負だな。この後、僕たちは二手に分かれる。最初の行き先は関西空港だ。そこで僕だけ降りて姿を消す」


「桜が一人で? それ大丈夫?」


 アキがほんの少し棘のある言い方をする。

 桜ちゃんは意に介さず、「もちろんだ」と即答した。


「詳細は伏せるが、大丈夫だ。僕にも伝手はある」

「空港って……桜ちゃんはどこに行くの?」

「教えない方が良い。そちらの行き先も僕に教えないでくれ」


 言いながら桜ちゃんは服を脱ぎ始め、下着姿になる。目立って動きにくいゴスロリドレスを脱ぎ捨て、ラフなジャージに着替えると、長い髪に手櫛をかけながら不敵な笑みを浮かべた。


「僕はかくれんぼに自信がある方だが、そちらは未知数だ。全ては宮古島姉妹に掛かっている。頼りにしているよ?」

「安心してちょーだい。私もかくれんぼは得意だから」


 片手でハンドルを握ったまま、お姉さんがぐっと拳を握って見せる。


「そういえば、あの……お姉さんはどうしてこんなに協力してくださるんですか?」

「私がAIの研究をしていることは、妹から聞いてるよね?」


「はい、少し……」


「アリス・アルハザード博士の目指したものに興味があるの。人間の模倣に特化したAIと、それを脳に据えた全身SRR義体。ホントに興味深いテーマ。


 私は彼女が目指したその先を見たい。本当なら私自身がGOTフロンティアに入りたかったんだけど、ご覧の通り、年齢制限に引っ掛かってね、妹が私のためにGOTフロンティア入ってくれたの。そんな可愛い妹のためなら、協力を惜しまずして当然でしょう」


「美しい姉妹愛だ。シスコンってやつかい?」


 髪を結いながら桜ちゃんが茶々を入れると、お姉さんはクツクツと笑った。


「DNAが似てるからね、知的好奇心の向かう先も似てるのよ。妹は私より貴女に興味があるみたいよ? 完全なクローン人間について何度も意見を訊かれたわ」


「言っておくが、僕とアリス・アルハザードは別物だ。僕に過剰な興味を持たないようにね」


「ええ、分かってる。私が敬愛する人はもうお星さまの中。長らく雲の上の存在だったけど、とうとうその先に行っちゃった」


 車は高速道路に乗り、西を目指す。夕日はずんずん沈み、フロントガラスの向こうには、朱と黒がマーブリング状に交じり合う幻想的な空が広がっていた。


「さて、ここから空港まで遠いから、今の内に休んでおいてね。寝ちゃっていいから」


 アキの手を握る。

 眠れるわけもないけど、そうするとほんの少しだけ不安が紛れた。


 アキも同じ気持ちなのだろうか、指を絡め、手を握り返してくれる。

 そのままアキと私は自然に肩を寄せ合い、無言のまま互いの存在を確かめ合った。


 この震えはアキか、私か、車の振動か……どれだか分からない。

 今ただ、アキが私の隣にいる。そのことが嬉しくて、誇らしかった。

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