3_1 意思を紡ぐ者
アリス・アルハザード博士の訃報は、翌朝に世界へ報じられた。
テレビではトップニュースに取り上げられ、ネットでも大炎上。
その日は朝に体育館に集められ、72人の生徒全員で黙祷を捧げた後、そのまま学校は休校になった。先生たちはお通夜やお葬式やその他の対応に追われ、授業どころではなさそうだった。
20世紀から21世紀を代表する天才の死去、老衰、自然死。
それだけではここまでの騒ぎにならなかっただろう。
ニュースの見出しは、『ヒューマノイドによる殺人』だった。
テレビ局にもネットにもリーク動画が出回り、何度も再生され、検証されていた。
午後11時32分、アリス博士の寝室で会話を終え、退室しようとするアキ。
そのアキを呼び止め、アリス博士は「あかりをけして」と日本語で発音する。
するとアキは部屋の電気を消し、そして光を放つ生命維持装置の電源を落とした。
翌朝になって専属の医師が息を引き取ったアリス博士を発見、という流れだ。
アキは今、殺人ロボットとして学校の地下にある研究所に閉じ込められている。
「有り得ません」
冷静に、けれど静かな怒りを込めて断言したのは、宮古島さんだった。
「アリス・アルハザードほどの大富豪ですよ? どうして常勤の医師が不在なんですか? 生命維持装置の電源が落ちた時点で何らかの警報が届くはずです。それすら起こらなかった。これが殺人だと言うなら人間の手による計画的犯行です。秋穂さんは利用されたに過ぎません」
場所は女子寮の3階にある多目的ラウンジ。
宮古島さんが広く呼び掛けたのか、桜ちゃんを除く女子生徒全員が制服姿のまま集まっていた。
――でも、秋穂さんが電源を落としたのは事実じゃない?
――私達と話してる時も、曖昧なことを言うと明後日の返事が返ってくることはあったし。
――そうそう、「水を取って」って言ったら、コップの水をひっくり返したり。
――ちょっと危ないところはあったよね。
――殺人って言うか、事故じゃないの?
――そもそもあんな動画、AIでいくらでも作れるんじゃない?
――でも、だからと言って私達どうすればいいの?
みんな混乱しているようだった。
GOTフロンティア学園がアキの実験場として開設された経緯は、みんな薄々勘付いているか、知っているようだ。
せっかく乗り込めた大企業へのエスカレーター。でも始動早々にこんな事件が起きて、この先存続されるのか、もしされなかったら自分達の将来はどうなるのか、そんな心配をしている子が多いようだった。
まあ、でもそうだよね……。
「璃々さん」
「はい?」
ラウンジの隅っこでその場を眺めていた私に、人の輪の中心から宮古島さんが呼びかけてくる。
「何か知りませんか? 事件の当日、どこかへ出かけていたようですが」
「うん、アリス博士に会わせてもらった」
その場がざわついたのが分かる。
宮古島さんも眼鏡の奥の目を細めた。
「何かあったんですか?」
「何も無かったよ? 私はたまたま連れて行ってもらって、ちょっとだけ話しただけ。夕方に戻って来たし、その後のことは分からない。何かあったとしても、私なんかには気付けなかったんじゃないかな?」
「やけに落ち着いていますね」
「そうだね。でも、ジタバタしても仕方ないし」
30人分の視線が全身に刺さるのが分かる。
食堂での事件もあって、私とアキの関係が色々噂されているのは知ってるし、一部の内容は宮古島さんを通して聞かされている。実はGOTの関係者だとか、特別なコネがあるんだとか、レズだとか特殊性癖だとか、始業式前と似たような内容だ。
あんまり気にならないし、興味もない。
「同意見だ。ジタバタしても仕方あるまい」
ラウンジに凛とした声と愛らしい足音が響き渡った。
全員で入口の方を振り返る。
ふわふわのゴスロリドレスと、煌めく黄金の髪をなびかせて登場したのは桜ちゃんだ。
私の知る限り人前に出るのはこれが初めてのことだった。
その容姿と存在感に、私と宮古島さんを除く全員が息を飲み、私に向いていた視線が一気に集まる。
みんなの反応もよそに、桜ちゃんは私を振り返った。
「君は今、何を考えている?」
「何を……そうだな」
今はただ、アキのことが心配だった。
「こんなことになって、ひとりぼっちで、きっと心細いだろうなって……今すぐ側に行って手を握ってあげたいけど、私にはその力がない。どうしようもない」
誰かがクスリと笑ったのが聞こえた。
それが聞こえずとも、場の空気が凍ったのを肌で感じる。
どうしてだろうと思った次に、桜ちゃんが解説してくれた。
「Eve's f001‐秋穂・アルハザートはモノだぞ? あれは感情を模倣しているだけで感情を持っているワケではない。それを君は、かわいそう、だって? ナンセンスじゃないかい?」
「そうかな? でも、1つの時計を50年大切にすることだってあるし、逆に、1枚の絵画が一瞬で人を壊しちゃうことだってある。例えそれがモノだからって、慈しみや憎しみを抱いちゃダメな理由にはならないんじゃないかな?」
思っているそのままのことを口にすると、桜ちゃんはフリルたっぷりの袖を払い、その場の全員に向けて言うように肯定してくれた。
「Amazingだ。
その感情こそが人間という不条理な生物が持つ最大の力だよ。その上で先の君の言葉を否定しよう。どうしようもないことなど、死者が蘇らないこと以外にあり得ない。
非常時に必要なのは正しい情報と適切な行動、そして判断の指向性と理解だ。君たちにとって何がマイナスでどうすればプラスに変じることが出来るのか、その全てを僕は言い当てることが出来る。宮古島、君と取引がしたい」
カツカツと、高いヒールを慣らして桜ちゃんは宮古島さんの方へ向かう。
私より小さいのに、その背中はやけに大きく見えた。
「君たちの不安は分かっている。このGOTフロンティア学園の存続が危うくなれば、君たちの将来も危うくなる。僕はその不安の解消法を知っているし、実行する力も持っている。だが資産と信用と統率力が無い。宮古島、君にその点を君に補って欲しい」
「協力は惜しみません。具体的にはどうすればいいんですか?」
桜ちゃんと宮古島さんは、私を蚊帳の外に置いたまま話を進めていく。
やっぱり、人の輪の中に入るのは苦手だ。
けれど、桜ちゃんが続けた言葉は、私のちっぽけな苦手意識を吹き飛ばすものだった。
「僕と秋穂を誘拐して欲しい」
「誘拐?」
「今……というか元からだが、GOTの内部はCEO派とCOO派で揉めている。ま、端的に言えば夢追い人のCEOと、利益主義者のCOOという構図だね。
日本で最先端技術の研究を行うこのGOTフロンティア計画は、COO派にとって面白くないものだったんだ。CEOであるアリス・アルハザードが居なくなった今、COO派は難癖を付けて日本から引き揚げたいだろう。
つまり、このまま行けばこの学園は早々に廃校になる。それを阻止するためにはどうすればいいか……答えは簡単だ。現在のCOOを失脚させればいい。そうすれば勝手にCEO派が勝手に盛り返すだろう」
「そんなことが可能なんですか?」
「僕なら可能だ。今のCOOは利益主義が過ぎてね。裏で非合法な取引にも手を出している。それをリークして立場を悪くすれば、失脚させることは難しくない。
だが、それは彼女自身も十分に理解していることだ。となれば考えることは一緒だ。僕はこれでもCEO派のワイルドカードでね。今回の事件、もしCOOが殺人も辞さない攻勢に出たのだとしたら、次に狙われるのは僕だ。
だから、僕をどこかに誘拐して匿って欲しい。それが出来るのはGOTの息が掛かっておらず、おそらくはアリス・アルハザード個人のファンガールである君だけだ、宮古島」
「それは私ではなく私の姉です。私は姉のファンガールですよ」
「同じことだ」
「ちょっと、いい?」
会話に割り込んでしまうことは分かっていながら、どうしても前に出たかった。
「誘拐するのはアキ……秋穂さんもなんだよね? あの子は今、GOTの研究施設の中だよ? どうやって誘拐するの?」
「それに、桜さんを匿う価値は分かりますが、秋穂さんも必要なんですか?」
「必要だ。COOは今回の事件を秋穂の不具合による事故で早々に片付けたいだろうからね。データと共に処分される前に救出する。僕と別々に逃がすことで攪乱する意味も大きい」
「だから、どうやって?」
「GOTの頭脳、『聖』をクラッキングする。そのためには72台のシープが必要だ。あれは情報収集のために『聖』に直結しているからね。裏口が72個もあるようなものだ。
一台一台の処理能力は微々たるものだが、並列に繋いで適切に運用すれば十分機能する。宮古島にお願いしたい統率力というのは、男子寮を含む全シープの回収と全生徒での陽動だよ。君たち全員でデモを起こして欲しい。内容はどうでもいい」
「その混乱に乗じて秋穂さんを救出、並びに桜さんと別々に誘拐ですか……シンプルでいいですね。救出と誘拐の方法については?」
「秋穂救出までは頭にあるが、誘拐については無策だ」
「意外ですね」
「当然だ。僕の頭の中にあるということは、COOの頭の中にもあるということだ。僕以外の誰かの知恵と行動が必要なんだ。さて宮古島、GOTを出し抜いて僕を誘拐することは可能かい?」
宮古島さんは腕を組み、顎に指を当てて視線を伏せる。
方法を考えているというよりは、既にある方法に必要な何かを計算しているようだった。
「……信用できる車と運転手が必要です。この近隣のタクシー会社にはGOTの息が掛かっていますから使えません。そうですね、連絡を取ってみなければ分かりませんが、最速でも6時間は必要かと思います」
「十分だ。その間にシープの回収とデモの準備を進めておこう。諸君らの協力が必要だ。今宮古島と話した計画において、何か質問はあるかい?」
桜ちゃんは一歩下がって両手を開き、その場の全員に向かって問いかける。
短い沈黙の後、一人がおすおずと手を上げて、問いかけた。
「あの……あなた、誰?」
お姫様のようなゴスロリドレスを翻し、黄金の髪をふわりと払って、彼女は不敵な笑みを浮かべて答えた。
「桜・アルハザード。詳細は伏せるが、アリス・アルハザードの後継者だ」




