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第9話 - 現場調査③

襲撃の次の日の朝、クロウはキルヴィス・レオンハートに事情聴取を依頼した。しかし聖域魔法の再展開のためにはレオンハートとマオの二人の協力が不可欠らしく、事情聴取は再展開が終わる昼過ぎ以降でという話になった。


クロウは仕方なくリィエンの元の指示通り、それまでに現場の調査と各アリバイの裏取りを行うことにして宿を出た。


クラックドヤードといえど朝は平和な田舎のようだった。瘴気も薄く深呼吸すればそれなりに気持ちよく空気の味を感じられる。しかしそういった雰囲気とは裏腹に、道行く人々の表情は険しかった。


聖域魔法とは人類と魔物との戦史におけるターニングポイントだと言われている。元々魔物とは一方的に人類を責め立てる厄災のような存在であり、人類に出来るのは周囲の環境を巻き込みながら撤退することしかなかった。


そんな中、魔物にその存在が感知されなくなるという効果の聖域魔法は人類に対して安全な土地と反撃するだけの十分すぎる時間をもたらしたのだ。結果、聖域魔法とは魔物と人間の攻防関係を丸っとひっくり返したのである。


裏を返せば、聖域に魔物が入るという事実はクラックドヤードにそれだけの衝撃を与えていた。今日のクロウの現場調査にもボディガードとしてローとツバキが同行する手はずになっている。



「でも、どうして聖域魔法が看破されたんだろうなぁ……」



クロウが宿の前でそう呟いていると、ツバキが眠そうな様子のローを引っ張りながら現れた。ローはうんうん唸りながらもクロウを見て力なく手を振る。


2人と軽い挨拶を済ませると、クロウは今日の予定について話し始めた。



「ひとまず今日は宿屋の周囲を探索するのと、事件当日に皆さんが行っていたところを追ってみようかなと思います」


「りょーかい」



ツバキが怪訝そうにクロウに聞く。



「宿屋の周りはまだわかるのだが、私たちの行動を振り返るのはどういう理由なんだ?」


「視点を変えないと見えてこないものって結構あるんですよ。だから現地調査で犯人の足取りをたどるのは大事なんです」


「そういうことなら承知した。それでどこから見るんだ?」


()()です」



そういうとクロウは振り返り宿を見た。


この名前のない宿は、クラックドヤード解放戦の後でもまともな建造物の形を保っていた数少ない建築物の一つである。細長く縦にのびた3階建ての建物はまるで両側から圧をかけられて肩身が狭くなっているようで、クラックドヤードが街だったころの賑わいをそこはかとなく感じさせる。


正面向かいの通り――正確には道路二つ分だったのだが、今は一本の《道》になってしまっている――には、元々診療所だったところを改造した酒場があり、その周囲には建物の残骸や他の冒険者に向けた仮設テントが群れを成すように並んでいる。


仮設テントと比べてちゃんとした建物で寝泊まりできるというだけでもラスター・ホーク一行の扱いは別格であり、人類の彼らにかける期待の重さが伝わってくるようだった。



「天窓のあたりまで登るとしたら、どうするのが良いんだろう……」



クロウは独り言をつぶやきながらぐるっと宿屋の周りを歩く。正面から見て左右の壁は元々建物があったためか奇麗な垂直になっている。そして建物の正面には窓枠、裏側にはベランダがある。


ツバキが唇に手を当てながら話す。



「【裏側からならベランダ伝いに屋根に登れそう】だな」


「ローさんから見たらどうでしょうか?」


「俺も同じくだ。ただ【登攀とうはん道具を使えるならどこからでも登れる】とは思うぜ」


「僕を連れて登れますか?可能なら道具も無しで」


「正面からならまぁ……って今から登んのか?」


「はい。お願いします」



ぽかんと口を開けていたローだったが、クロウの真剣な表情を見て諦めるように小さくため息をついた。


ローがしゃがみ、背中に乗れとクロウに目で合図をした。恐る恐る彼の肩につかまると、すぐに立ち上がりローは軽快にベランダを伝って登っていく。地面がどんどんと遠くなっていき、クロウの手に汗がにじんだ。



「素手ならやっぱ裏側なんですね」


「おめーを背負ってるから尚更な。正面伝いにも行けなくはないと思うが、酒場から丸見えだろうし仮に俺が犯人だったら使わねえな」



二人はすでに3階の応接室のベランダに来ていた。隣のレオンハートが殺害された方の部屋を見ると、かつてベランダだった部分の残骸が小さな出っ張りとなって残っている。しかし足を引っかけられるほどの大きさではなかった。



「【窓からの侵入は不可能そう】ですね」


「ああ。あの有様じゃあ入れないだろうな」


「もし登攀とうはん道具を使えるなら……?」


「窓はどうすんだよ。木の板が打ち付けられてんだぞ」


「……そうでした」



そのまますいすいとローは登っていき、あっという間に屋根の上へとたどり着いた。屋根は赤色のレンガが鋭角に積まれており、少しでも足を外すとあっという間に地面に落ちてしまいそうだ。実際ローも四つん這いになって屋根に張り付いており、クロウはその上にのしかかっているような形になっている。


ただでさえ足場が悪いというのに文字通りのローのお荷物になっていて、クロウはだんだん気まずく感じてきた。



「降りたほうが良いでしょうか?」


「危なすぎるから乗ってろ。んで何かわかったことはねえのか?」



クロウは彼の肩にかける力を少し緩め、周囲の状況を観察する。まず真っ先に気になったのは、屋根が鋭角な分、酒場がほとんど見えないということだ。これは【酒場から天窓に侵入する瞬間は見えない】ことを意味している。夜の闇の中では滑落するリスクも高いが、それでもこの状況は犯人にとって悪くないだろう。


また、少なくとも【裏側の屋根に登攀道具の形跡はない】。酒場から見える正面や横から登るリスクを考えると、表側も同様だろう。



「もうちょっと天窓側に寄れますか?」


「あいよ。でも絶対手は離すなよ」


「了解です」



ローがそのまま右に動き、天窓の前に移動した。


1m四方の天窓は突き出し窓の二重構造になっており、最初に正面を向いた窓、その後中から見えていた斜めに張った天窓が張られていた。これは冬に雪や冷たい空気が中に入ってこないように空気のバリアを作る構造で、クロウもそのことは見てすぐに理解した。


しかし天窓は長い時間使われていないようで、ほこりが積もり風雨で各所に劣化が見られる。鍵など当然の如く朽ちており、風が吹くだけできぃきぃと力なく揺れていた。


するとローが指を突き出してクロウに話しかけた。



「おい、あれを見ろ」


「なんでしょうか?」



クロウが身を乗り出してのぞき込む。


ローの指が示している先は窓枠の下側の部分で、沢山溜まっているはずのほこりの一部が剥げていた。



「これって……!」


「ああ。【誰かが窓枠に足をかけた】んだろうな」


「つまり【最近天窓から何者かが侵入した】ってことですよね、これ」


「ああ。最悪な話だがそうらしい」



これは重要な証拠だ。クロウは小さくガッツポーズをする。しかしその時突風が吹き、クロウは体勢を崩した。ローの肩を掴む手が離れ、足が浮く。



「わぁっ!」


「おいバカっ!!」



すんでの所でローがクロウの腰を掴んで抱きかかえた。



「離すなって言っただろ、死にてえのか!」


「す、すみません……」


「もう降りっからなっ!」


「……うぃっす」



クロウをわきに抱えながら、トントンと軽快なステップで降りていく。一般的に登攀は下りるときのほうが遥かに難しいと言われているのだがクロウは殆ど揺れることはなく、彼のレンジャーとしての経験の高さを直に感じていた。


地面に降りるとツバキと一人の兵士が話しており、ローを見ると小走りで近寄って来た。



「アルクレイさん、すみません。作戦に変更が入りましたので昨日のテントまで同行願えますか?」


「あー……」



ローはバツが悪そうに頭を掻きながらクロウの方を見る。



「僕は酒場の方の聞き込みに行くので大丈夫ですよ。人もいますし安全ですから」


わりぃな。恩に着る」


「いえいえ、元々酒場に行ってツバキさんとマオさんの話を聞く予定でしたから。それにローさんとマオさんの足取りは聖域魔法が直った後じゃないと追えないですし」


「すまん、助かる」



そう言うとツバキとローは兵士に連れられて仮設テントの方へと歩いていく。残されたクロウは調査が進んだという確かな実感を胸に酒場の方へと歩を進めた。



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●クロウの手帳⑥



宿屋の状況について



状況


【裏側からベランダ伝いに屋根に登れそう】

登攀とうはん道具を使えるならどこからでも登れる】

【レオンハート氏の部屋へ窓から侵入はできない】

【裏側の屋根に登攀道具の形跡はない】


天窓について


【酒場から天窓に侵入する瞬間は見えない】

【誰かが窓枠に足をかけた】

【最近天窓から何者かが侵入した】


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