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第10話 - 現場調査④

酒場では夜の見張りに急遽呼び出された兵士たちがぐったりとした様子で杯を交わしており、聖域魔法の一件もあってか昨日よりもいっそう陰鬱いんうつとした空気に包まれていた。


クロウが酒場に入るとマスターが小さく片手を上げて歓迎する。マスターの目の前のカウンターに座るとクロウは昨日と同じくラズベリージュースとピラフを注文した。



「今日はアイツらは一緒じゃねぇのかい」



慣れた手つきでグラスに赤い液体を注ぎながらマスターはピラフの準備をし始めた。手帳に昨日の出来事をまとめながら、クロウも彼に応えた。



「皆さんは作戦会議の方に出てますので、今日は僕一人です」


「そうか。それで何が聞きてぇんだ?」


「へ?」


「態々《わざわざ》俺の前に座るってことは、なんか俺に聞きてぇことがあんだろ」


「あ、はい……」



思惑を言い当てられてクロウは面食らうも、すぐに手帳をめくってやるべきことを手繰り寄せた。



「えと、一昨日の壮行会について聞きたくて」


「あー……、アレは酷かったな」



マスターはオリーブのマリネの酸味を確かめながら答える。



「まず、レオンハートさんが抜け出した時間って覚えてます?」


「レオか?あれはいつだったっけなぁ……。【暗くなってきたから帰るって言ってた】から、19時ぐらいか……?すまん。正確な時間までは分からねえ」


「いえいえ、普通時間まで覚えてるものじゃないですから」


「あーでも、そのあと一度帰って来たはずだぜ。だいたい2時間後ぐらいだったかな、【ツバキを迎えに来てた】はずだ」



手帳に書き加える。19時の2時間後で21時、ローがレオの死体ソウルを発見したのが22時だったことを考えると、細い時間の隙を縫ってレオを殺害しているということだ。【犯人はラスター・ホークの行動を把握していたかも】しれない。内部犯の可能性が現実味を帯びだしてきた。


クロウはラズベリージュースを一気に飲み干した。


――そんなわけあるはずがない。3人は癖こそあれどみんな良い人だ。明確に疑っていることを示しても嫌な顔一つせずに協力してくれている。まさか彼らの中に殺人犯なんて、しかし……。


可能性をつぶしたいという思いから、クロウは次の質問に移った。



「そ、それじゃマオさんとツバキさんの事についても聞いても良いでしょうか。何か変わった様子とか、そもそもどういう経緯で飲み比べになったんです?」


「気づいたら喧嘩になってたんだよな……クレリックがどうのこうのって言ってたかな」


「クレリック?」


「そうそう、確か【クレリックの必要性について話していた】んだった。そいでエスカレートして席を立ち始めたから、喧嘩するなら酒でやれって言ってやったんだ。そしたらそっからぐびぐびと何杯も飲み始めてな」



クロウはメモを書きながらクレリックについて考える。時期的にもおそらくはラスティアイルの作戦会議でのことだろう。しかしそれで喧嘩になるほどのことがあるだろうか?


クレリックは確かに回復の要だ。パーティに一人いるだけで安定性はぐっと変わるだろう。……しかしそれだけで入れるか入れないかで大局が変わるとも思えない。蘇生魔法まで使えるマオがいるラスター・ホークとなれば尚更だ。


だがそもそも論、クレリックはラスティアイル戦でそんなに重要なんだろうか?こちらから戦闘を仕掛ける関係上、回復薬の準備などは万全にできる分だけ支援職の重要度は下がると思うのだが……。


そうやってクロウが悩んでいると、独り言を聞かれたのかマスターがオリーブの小皿をクロウの前に置きながら話した。



「大方、瘴気対策をどうするかってところだろうな」


「瘴気?」


「ああ。魔王が放つ瘴気は冒険者の加護の力を弱める特性を持っていてな。その対策にクレリックの祈りが有効なんだよ」


「だったらクレリックがいる分に越したことはないんじゃないでしょうか?」


「そこはまぁ……なんか事情があるんだろ。連携が崩れるとか、隊列の更新だとか、いろいろ」


「ですかね……?」



一応は納得した姿勢は見せつつも、クロウは心の奥底では納得できずにいた。勿論魔王四天王との戦闘だ、最新の注意を払って然るべきだと思う。しかしパーティメンバー一人の増減がそこまで影響するものかは疑問だ。


それにラスター・ホークは経験豊富なパーティだ。即席の連携だってこれまで何度もしてきたことだろう。今更そんなことで喧嘩をするのだろうか……?


クロウの疑問は晴れない。これに関してはそれぞれに聞く必要があるだろうとクロウは手帳に記す。



「それで、その飲み比べはどうなったんですか?」


「まー、いつもの通りだったよ。酒に弱いマオが早々にフラフラしだして、仕方なく【ツバキが酔ったフリをして】わざと負けてあげてたんだよ」


「……へ?」



メモの記載を確認する。


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 マオさんと飲み比べをした

  → 酒に酔いつぶれてそのまま次の日の朝まで


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やはりツバキさんは酔いつぶれたと言っている。それに酒のせいでほとんど覚えてないと何度も供述をぼかされた。だからこうやって酒場で裏を取りに来ているのに。



「ツバキなりの気遣いなんだろ。マオに花を持たせてやってるというか。あいつ本人はバレてないと思っているんだけどな、俺からすりゃあんなのお見通しよ」



グラスを持つ手が震える。――ツバキさんが嘘をついていた?酔ったフリをしていることを僕に話さなかった理由はなんだ?あの顔を真っ赤にしたのは演技だったのか?


クロウの疑問はとめどなく溢れてくる。しかしその答えに繋がりそうな線は見当たらない。絶対的だったツバキへの信頼の牙城が音を立てて崩れていく。クロウの首筋に嫌な汗が流れた。



「ま、待って下さい」


「急に慌ててどうしたんだ。酒と料理は逃げないから安心しな」


「そうじゃなくて、ツバキさんは潰れたフリをしたまま朝まで寝てたんですか?」


「あー、細かくは覚えていないけど、途中でレオに連れられてどっかに抜け出してたと思うぞ。ただそっからははやけ酒を始めて本当につぶれてはいたがな」


「【2回目は本当に酔いつぶれていた】んですね?」


「だからそう言ってんじゃねえか」


「は、はは……」



――良かった。酔いつぶれていたことは確かなんだ。それならレオンハートさんが抜け出した時間を忘れていてもおかしくない。顔を真っ赤にしたのだって記憶があいまいで最初から酔いつぶれていたと勘違いしていたんだ。


それが苦しい言い訳だとクロウは頭の中ではわかっていた。事実その証左として【ツバキは嘘をついていた】とクロウの手帳にはしっかりと書き残されていた。



時を同じくして、クラックドヤード全体を瞬間的に光が包む。それは聖域魔法が正しく展開されたことを意味する。


レオとマオはその出来栄えに満足げにうなずくと、昼食をとるために酒場へと足を運んだ。



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●クロウの手帳⑦



酒場での聞き込み



レオンハートについて


【暗くなってきたから帰るって言ってた】

 → 一度19時に帰宅

【2時間後、ツバキを迎えに来た】

 → 殺害された時刻は21時~22時の間

【犯人はラスター・ホークの行動を把握していたかもしれない】



ツバキについて


【マオとクレリックの必要性について話していた】

 → 詳しく確認すること

【ツバキが酔ったフリをして飲み比べにわざと負けた】

【2回目は本当に酔いつぶれていた】



【ツバキは嘘をついていた】

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