第11話 - 事情聴取④ キルヴィス・レオンハート
――――【ツバキは嘘をついていた】。彼女に裏切られたという事実が、クロウの中で失望と疑念の霧を作っていく。クロウは早まる呼吸を止められずにそのままカウンターに突っ伏した。
「お、おい大丈夫か」
マスターが狼狽えながらクロウの背中を摩る。ゴワゴワとした彼の手の体温がクロウの脊髄を落ち着かせ、クロウはなんとか意識は保つことに成功した。
「水入れてくるから、ちょっと待ってろよ」
「あい、すみません……」
その時柔らかいテノールの声がクロウの背中から聞こえてくる。それは昨日、ロードワームの前で聞いた英雄の声だった。
「それまでは僕が面倒を見るよ」
「レオ!聖域は展開し終わったのか?」
「ああ。もう安心して大丈夫だよ」
クロウが顔を上げると紅色のラインが入った銀色のガントレットが目に入る。振り返ると同じような意匠の装甲を纏ったレオンハートが立っていた。その後ろから心配そうな表情のマオが覗きこんでいる。
「レオンハートさん!昨晩はありがとうございました」
「長いしレオでいいよ。事情聴取をするって話だったけど、もしかしてちょっと休憩を取った方がいいかな?」
マスターが氷水の入ったグラスをクロウの前に置く。苦労はすぐにそれに飛びついた。
冷たい水が喉を通っていき、クロウの鼓動は少しずつ落ち着きを取り戻していく。深呼吸をすると肺胞が活性化する。
酸素が血流に乗って脳に回っていく感覚をクロウは感じとった。意を決してレオンハートの方を見る。
「大丈夫です、聞きたいこともありますし始めましょう」
「ほ、本当に大丈夫か?余が一緒に居てあげようか?」
マオが眉をひそめながらクロウの方を見た。クロウもたははと笑いかえした。冗談めかしく頼もうかなと思ったのも束の間、意外にもそれを制止したのはレオンハートだった。
「すまない、リィエン殿の言伝でね。事情聴取はクロウ君と二人っきりでってことになっているんだ」
「そ、そうは言ってもクロウくんが心配で」
マオの紫の瞳が涙でうるうると滲む。レオンハートは彼女の頭をぽんぽんと優しく叩くと、マオはうぅと小さく声を出す。一応はそれで納得したようだった。
「じゃあ早速クロウ君の部屋に案内してくれるかな。僕が覚えていることは全て話すことをアポローンに誓うよ」
「は、はぁ……」
キラキラと光る彼の金髪に押されるように、クロウは彼を応接室に案内した。
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「では、事情聴取を始めます」
「うん。よろしく頼むよ」
レオンハートは応接室の入り口側の椅子に深く腰掛けて、両肘をしっかりと肘掛けに置きながらクロウの方を見た。クロウは却ってこちらが面接を受けているようだと感じていた。
クロウは小さく咳ばらいをし、覚悟を決めて口を開く。
「で、ではまずは簡単なレオさんの自己紹介からお願いします」
「 応とも。名はキルヴィス・レオンハート、職業はアークパラディンで加護のレベルは78。分不相応ながらラスター・ホークのリーダーをさせてもらっている」
レオンハートは恥ずかしそうに髪の毛を触る。さらさらと金髪が指の間を通り抜けた。しゅっと整えられた眉毛に素肌も綺麗で、冒険者のというよりはまるで都会の学生のような容貌だ。しかしパラディンはその加護による過剰な防御力により理髪屋泣かせとも言われている。素の器量の良さもあるがそれだけ念入りに手入れしているということなのだろう。
クロウは彼のそういった面にも尊敬の念を抱いていた。冒険者・勇者といった存在は大抵の場合で機能性を最も重視しており、見てくれは二の次とする人が多い。それに派手な格好なんてしたらどうぞ狙って下さいと言っているようなものだ。――レオンハートほどのタンクであればむしろ好都合なのだが。
そういう意味ではラスター・ホークほど実力を伴う見た目の良い勇者というのはかなり珍しく、その中心にいるレオンハートはクロウにとって憧れの存在だった。
「レオさんのパーティ内での役割はどうでしょうか?」
「基本的には敵の攻撃を引き付ける、いわゆるタンク役だね。加えて最前線にいる分基本的な支持は全て僕が担っているよ」
これも事前情報の通り。クロウはメモすることすらなく次の質問へと進んだ。
「では次に事件当日の――って、死の直前の記憶ってどこまで消えるんでしょうか?」
「基本的には死んだ日の記憶や経験はすべて失うよ。ホラ、直前だけだと拷問された場合とか困っちゃうだろ?そういう事情もあって死に直接関係する記憶は時間関係なく忘れ去られることになっているんだ」
「そうですか……」
犯人の直接的な情報は無理にしても何かしら手がかりの一つぐらいは聞けるだろうと楽観視していただけに、クロウは心の内でガックシと肩を落とした。
「だけどね」
レオンハートは自分の頭を指でトントンと叩く。
「リィエン殿が復活の前に教会の司祭に強引に頼み込んだらしくて、実は今回だけ死に関する記憶をある程度残して貰ったんだ」
「え!?それってトラウマとか大丈夫なんでしょうか……?」
「そこは司祭が日和ったみたいでハッキリと覚えてない部分もあるから大丈夫だよ。なんというか……子供の頃のあいまいな記憶を見てる感じだね。それと死の直前に関する記憶はやっぱり消されちゃったみたい」
「じゃあ犯人が誰かまでは分からないんですね」
「うん。でも殺される前までのことはだいたい覚えてると思うよ。あ、それとリィエン殿からこのことは他のメンバーにはひとまず秘密にするようにって」
――これで絶望的な状況は避けられる。犯人の手がかりも見つかるかもしれないし、ツバキさんの疑いも晴れるかもしれない。
クロウは師匠の根回しに心の中で感謝の言葉を唱えた。手帳を手にし身を乗り出す。
「では改めて、当日のレオさんの行動を教えてもらえますか?」
レオンハートが笑顔でうなずく。
「もちろん。まず朝から夕方まではラスティアイル攻略戦に向けての準備と会議に参加していたね。そこから攻略戦の壮行会に顔をだして、簡単なあいさつ回りを済ませてから自室に戻って装備のメンテナンスをしていたよ」
「ふむふむ、それでそのあとは?」
「えーっと、ここから結構あいまいになってくるんだけど……皆が帰ってこないから酒場にもう一回行って、そしたらツバキさんが酔いつぶれていたから宿に連れて帰ったんだ。……それと確か、そのときに口論になったような気がする」
【ツバキさんとレオは口論をしていた】……?そもそも彼女は酔い潰れていたと供述していたはずだ。
クロウはツバキが嘘をついていたことが確定して少し胸がチクリとした。
「どんな理由で口論に?」
「ごめん、そこまでは覚えてない。それでマオも酷く酔っていたと聞いていたから探しにもう一回宿から出たんだ。そこで【ロー君が誰かと通信魔法で話している】ところを見かけて、話しかけたら慌てて通信魔法を消していたような気がする」
「え……ローさんもレオさんと会っていたんですか……?」
「うん。多分会ってたと思う」
手帳をめくりローの事情聴取のメモを見る。レオンハートと会っていたことは聞かされていない。つまり【ローも嘘をついていた】ことになる。加えて壮行会に参加していないローは酒に酔って記憶が曖昧になっているようなこともない。
クロウの首筋に再び嫌な汗が流れた。ツバキさんだけでなくローさんまでも……?師匠が話していた「共犯」という言葉が色濃くなっていく。そこまで考えて、クロウは頭を振ってその発想を棄却した。
そもそも論、ラスター・ホークの3人で話し合ってリィエンに依頼してきたはずだ。2人が共犯ならマオさんを説き伏せて有耶無耶にする方が話は早いはず、裏を返せば3人の内2人が犯人である可能性は極めて低い。
「大丈夫、あの二人が共犯なわけがない。そんなわけがない……」
「クロウ君、顔色が悪いけど大丈夫かい?」
「……それでマオさんとは、会っていたんですか?」
「うーん。そこあたりから記憶が凄くあいまいになってて、正直そのあとは覚えてないんだ。すまない」
マオも嘘をついていたと書かずに済んでよかったと、クロウはほっと息をついた。マオさんの主張はアリバイこそないけれど、2人と違って今のところ矛盾はない。……2人とは違って。
「大体それぐらいかな。クロウ君は他に聞きたいことはあるかい?」
「……いえ、これ以上は大丈夫です。ありがとうございました」
クロウはレオに言葉通りの意味を伝えると、嘘ばかりが書かれていた手帳をぱたんと閉じた。
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●クロウの手帳⑧
事件当日の行動:キルヴィス・レオンハート
職業:アークパラディンLv.78
当日の行動
■ 朝
次の作戦に向けての準備と会議
■ 昼
同上
■ 夕方
18時ごろから壮行会
【壮行会】
軽い挨拶を済ませて抜け出す。
部屋で装備のメンテナンスをする。
■ 夜
再び酒場に
→ ツバキを介抱して宿に戻る。
→ 【ツバキと口論する】
→ 【ツバキは嘘をついていた】
マオを探しに出る
→ 【ローが誰かと通信魔法で話していた】
→ 【ローは嘘をついていた】
以降は曖昧。マオと出会っていたかは不明。




