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第12話 - ブリーフィング(2回目):前編

最後の事情聴取を終え、クロウ・ロックフォールは応接室で一人頭を抱えていた。ツバキとロー、2人が嘘をついていたことがほぼ確定し、マオについても正確なところも分からない。パラノイアにりつかれ、クロウは半ば人間不信になっていた。


手帳のメモを読み返す。もしかしてレオさんの供述にも虚偽があるんじゃないか。酒場のマスターも?現場調査でのローさんの見解に虚偽はなかったのか?たとえば、埃を払ったのは実はローさんだったのでは?


全員を疑いだせば聴取自体の信頼性が揺らぐ。自分の取った記録自体が正しいのかも分からなくなる。



「こんなんじゃ調査のしようがないじゃないか……!」



怒りのままに机を叩く。しかし己の手がただ痛みに赤みを帯びるだけで、クロウのやるせない気持ちが増幅していくばかりだった。


五里霧中とはまさにこのような状態だ。周囲が瘴気に包まれるクラックヤードのように、クロウ自身も疑念という霧の中で方向感覚を失っていた。


その時、クロウの目に手帳のある一文が目に入る。



【犯人は錬金術師ではない】



――――そうだ。確実に信頼できる人が僕には一人いる。


クロウはラスター・ホークに向けての書き置きを残すと、転移魔法のスクロールを手にした。




------------------------------------------------------------------------------------------------




クロウが目を開くとそこは見慣れた部屋の天井だった。どうやらちゃんと自分の部屋のベッドに転移できたらしい。



「何度経験しても転移魔法直後の浮遊感には慣れないな……」



クロウは起き上がり自分の両手を見つめる。これはクロウがリィエンから教えてもらった転移魔法酔い対策のおまじないだ。自分の手を見つめることで存在を認識し、自分の魂の器を安定させる……といった理屈らしい。


外に出ると、ヴィーノの街は相変わらず平和な喧騒に包まれていた。追いかけっこをする子供、買い物袋を手に世間話に花を咲かせる婦人、そして希望に満ちた目をした若い冒険者……そのどれもがクロウにとって懐かしかった。


クロウは大きく手を広げて深呼吸をする。酸素濃度が違うのか肺が洗われて頭がすっきりと軽くなっていくようだった。クラックドヤードの空気って瘴気のせいで汚れていたんだ、とクロウは改めて気づく。



「さて、この時間なら師匠はあそこかな……」



大通りにある錬金術師ギルドの入口を出て3つ目の角を左に、荒い石畳の薄暗い細道を進むと現れる丁字路を右に曲がる。すると突き当りにヘンリエッタという名の偏屈へんくつ婆さんが営むフラワーショップが見えるのだが、目的地はそこではない。クロウが目指すのはそのフラワーショップの左に併設された地下への階段だ。そこを降りるとアルコール臭と刺激臭の混じった化学薬品の匂いが漂ってくる。階段の奥には鉄格子のような大きな扉があり、それが今回の目的地、リィエン・スタッシュホールドの地下実験室の入口であった。



「入りますよー」



いるか定かではないが一応ドアベルを鳴らして、クロウは合い鍵を使って鉄製の扉を押した。ギギ、と滑車の滑る音とともに扉が開く。クロウはその音におくすることなくその奥へと入った。


仄暗ほのぐらい実験室にはドラフトチャンバーが立ち並び、その中ではいくつもの試験管やアンプルが転がっていた。クロウはクラックヤードに行く前に念のためと実験室の清掃は念入りに行ったはずだったが、ここを出る前にまた掃除する必要があるなぁと思いクロウはため息をつく。


そのドラフトチャンバーを越えた先、実験室の最奥さいおうに向かうと今度はすりガラスのついた黒い木製の扉がクロウの視界に入る。取っ手まで黒く塗装しているのは薬品がついていないことを示す彼女なりの気遣いなのだが、それに気づく人は殆どいない。


すりガラスの奥には見慣れた人影が見えた。クロウはノックもせずに部屋に入った。



「師匠、入りますよー」


「――――ああ、ラスター・ホークには……って、クロウ君じゃないか」



部屋に入るといつものアオザイ風の装備を付けたリィエン・スタッシュホールドに加え、一人の少女が座っていた。少女はレオンハートと同じ金髪をしていたが、受ける印象はレオンハートとは真逆だった。柔和で女性的、知的で大人しそうな容貌に白い生地に青いラインの入ったローブ、いかにも後衛職といったような様子だ。


クロウは彼女を見るとすぐに頭を下げた。



「すみません、取り込み中でしたか」



リィエンは少女の方をちらっと見てアイコンタクトを交わすと、立ち上がりクロウの手を引っ張った。



「まぁ待ちたまえよ。来たからには何か用事があるんだろう?」


「でもお客様が来てるようですし」


「この子のことなら大丈夫だから、入った入った♪」



彼女に誘われるままクロウはリィエンの横に座る。まるで魔導学院での三者面談かのような構図になるが、机に広げられている資料の数々が異質な雰囲気を醸し出していた。


少女とクロウは気まずそうに見合うと、お互い軽く一礼する。2人の様子を見てリィエンはふふんと鼻を鳴らし、クロウの肩をバンと叩いた。



「この子が我が弟子のクロウ・ロックフォールさ。見ての通り内気うちき内向的ないこうてき陰険いんけんだが、私の助手として頼りになるところもちょっとある。へブラスカ嬢も仲良くしてやってくれ」



ヘブラスカと呼ばれた少女は小さく「はい」 と返事をし、椅子から立ち上がる。



「シーズン=ブライテスト=ヘブラスカです。よろしくお願いします」



彼女はそう言うと深々と頭を下げた。ブライテストとは古アポロニア語で『神なる光の下に』と意味する言葉で、アポローン信仰における典型的な洗礼名の一つである。洗礼名を私生活でほぼ使うことが無いだけに省略する人がほとんどで、そうでないケースと言えば敬虔けいけんな信徒――要するにクレリックの場合だけであった。


しかしそれよりもクロウは気になることがあった。



「改めて、クロウ・ロックフォールです。アルケミストでリィエンさんの弟子です。……それより、ラスター・ホークと何か関係をお持ちなのでしょうか?」


「あ、それは――――」



喋ろうとするヘブラスカの口をリィエンが手で塞ぐ。



「おぉ~っと待った待った、弟子には言わないでねー」



ヘブラスカがうんうんと返事をすると彼女は手を退ける。クロウはすぐに彼女の悪癖が始まったのだと理解して、やるせなさそうに肩を竦めた。



「じゃあクロウくん!3回質問する権利をあげるからヘブラスカ嬢が何者なのか推理したまえっ!」


「どうしていつも普通に説明してくれないんですかー……」


「それじゃ弟子の訓練にならないだろー?それに私に用があるならこのぐらい言うこと聞いてくれないと。あ、質問は「はい」か「いいえ」で答えられるのでお願いね」



抵抗するよりも大人しく従った方がよさそうだとクロウはもう一度ため息をつき、シーズン=ブライテスト=ヘブラスカの方を見た。綺麗めの金髪に翡翠ひすいを思わせるエメラルドの瞳、ローブの中心に描かれた太陽を背にした弓の意匠はアポローン信仰を表すものだ。ヘブラスカはその視線に羞恥しつつも、そのまなざしが真剣そのものだったこともあり甘んじてそれを受け入れていた。


クロウは考える。――ヘブラスカはクレリックで確定と見ていい。ここに質問を使う必要すらないだろう。やはりまずはラスター・ホークとの関係が気になる。ツバキは【マオとクレリックの必要性について話していた】。このタイミング、この関係性、偶然で片付けるにはあまりにも隣接している。


クロウは意を決して口を開いた。



「ヘブラスカさんは、過去にラスター・ホークに協力したことがありますか?」


「ほーぅ」



リィエンが楽しげに反応する。


その後、ヘブラスカの首がゆっくりと縦に上下した。答えはイエス。クロウは小さくガッツポーズをしつつも、同時に正解だったことに戸惑っていた。


――ラスター・ホークの関係者だとすると、やはりツバキとマオの口論の原因となるクレリックだという可能性は十二分に考えられる。次に気になるのは「なぜ口論になっていたか」だ。


口論とは基本的に異なる意見の衝突に起因する。裏を返せば【クレリックの必要性について話していた】からには二人のどちらかに必ずヘブラスカさんを不要だと思っている派閥がいるということを意味する。加えて過去に協力したことがあると考えると、聞くべきことはおのずと見えてくる。



「失礼を承知で聞きます。マオさんかツバキさんに言われて、ヘブラスカさんはラスター・ホークを追放されたんですか?」


「……!!」



クロウのその言葉にヘブラスカははっと息をのんだ。唇に手を当てながら少し考える仕草をした後、ヘブラスカはゆっくりと口を開いた。



「私を追放させたのは……マオさんかツバキさん、なんですね」



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