第7話 - 幕間・酒場の一幕
「ローさん!?どうしたんですか」
通せんぼをするようにローはドアの枠に足をかけ、ちょいちょいとこっちに来るように手で指示をした。仕方なくクロウは立ち上がると、ローはよし来たと言わんばかりに破顔する。
「な、これから飲みにいかねえか?」
「良いですけど……僕お酒飲めませんよ?」
「いーっていーって、飯もうめえし俺の奢りだからよ。ロードクラブっていう近場でとれる蟹が旨いんだぜ?」
実際クロウはクラックドヤードに来てから何も食べておらず、空腹の限界だった。真っ赤に茹で上がった蟹のプリプリした艶やかな身に思いをはせるだけでクロウのお腹は切なそうに声を上げた。
「元気な返事も聞こえた事だし、行こうぜっ」
「分かりましたよ……」
クロウは恥ずかしくて赤面するも、その実渡りに船だとも思っていた。ここの土地勘も無ければ目の前の酒場に入る勇気もない。ローがついてきてくれるのはかなり頼もしかった。――リィエンからの「勇者には深く関わり過ぎない方がいい」という警告が心残りな一点を除けばの話だが。
ローは軽快なステップで階段をかけ降りる。クロウはそれに息を切らしながらなんとか彼に続いた。
そのまま二人は宿屋の外に出た。太陽は地平線の奥にすっかり身を隠し、クラックドヤードの空は赤黒く染まっていた。大気中の瘴気に含まれる細かい粒子が月光を乱反射することでこのような色になるのだが、クロウはそれをまるで血液の雲のようだと感じていた。
「じゃ、行こうぜっ」
ローにとってはこの空も日常らしい。酒場までの道はほんのわずかな距離しかなかったが、クロウの胸中は不安で一杯だった。左右の茂みが風に揺れるだけで肩が跳ねて視線が吸い寄せられる。
「聖域魔法で魔物は入ってこれねえから、そんなビビんなって」
「でもここの魔物のレベルって普通に50超えてますよね……?」
「まーな。そん時は俺が守ってやるから安心しろよ」
ローがクロウの頭をくしゃくしゃと撫でる。視界の先で頼りなく輝く酒場の明かりとローの太い左腕だけが今のクロウにとっての頼りだった。
酒場からは人々の話し声や笑い声が漏れ出している。クロウはようやくほっと息をつくと、ずかずかと酒場に入って行くローに続いた。
「親父、いつもの頼むわ」
「あいよ。そっちのボウズは?」
広めのテーブル席にローは腰かけると、すぐに大声で注文を始めた。慣れた手つきでクロウにメニューを渡し「なんでも好きなもん頼めよ」と促す。
酒場はクラックドヤードの仄暗い空気などどこへやらというような明るい雰囲気に包まれていた。過剰ともいえる数のランプは煌々と店内を照らしており、今が19時だということをクロウに全く感じさせない程であった。
「じゃ、じゃあラズベリーのジュースとツノエビのピラフをお願いします」
「ツノエビとラズベリーな?あいよ」
二人の前に次々と料理が運ばれてくる。先ほど話していたロードクラブにツノエビのピラフ、水牛のステーキとマッシュルームの生ハム詰め。運ばれてくる食事の量に驚くクロウの前にもう一つ、小皿に盛られたピラフが置かれた。思わず変な笑いが漏れる。
ローが笑顔で両手を合わせた。
「いただきまーす!!」
ローは両手に食器を手にするとガツガツとそれらに食らいつき始めた。あっという間にピラフの皿が空になり、マッシュルームも残り一つになってしまった。
「オイオイ、ぼーっとしてると全部喰っちまうぞ?」
「い、いただきます……」
慌ててクロウもスプーンを手にする。ピラフは酒に合うようにするためか少し塩気が強かったが、空腹のクロウにとってはむしろ食欲が更に進む味だった。
クロウがピラフの味に舌鼓を打っていると酒場の扉が再び開く。入ってきたのはマオとツバキだった。ローがそれに気づき手を振る。
「おせえぞマオツバ、ほらこっちだ」
「ローがせっかちなんですよ」
「良き淑女とは男を焦らすものだと父上も言っておったぞ」
2人がテーブルに向かって近づいてくる。大量に頼んだのはそのためだったかとクロウが安堵するも束の間、彼女らは別々に料理の注文を始めた。
ツバキの前にはローと同じように大量の料理が並べられたが、マオの前には野菜の乗った小皿と小ぶりのパンが一つだけ置かれていた。それを小さくちぎりながらマオはツバキの前の料理を見る。
「ツバキ姉ぇは相変わらず沢山食べるのね」
「マオも沢山食べないといざというとき動けないぞ」
「普通はこれくらいで十分なのよ」
「後衛職ってのはみんなそんな感じなのか?」
この時クロウは初めてマオに親近感を覚えた。ローがお構いなしに二杯目のジョッキを掲げながら声を張り上げる。
「それじゃあクロウ君の歓迎とレオの復活を祝して~~~」
「「「かんぱ~~~い!!」」」
木製のジョッキ同士がぶつかる。マオがジョッキにも口を付けずにローに話しかけた。
「というかレオってもう復活したの?」
「いや、知らね。でもどうせそろそろ復活すんだろ。教会もなんか俺たち優先的に復活させてるみたいだし」
「そーなんだ」
クロウもすかさず彼らの輪に入る。酒に酔った時こそ人はボロを出しやすい。――これもリィエンの教えだった。
「皆さんは復活されたことはあるんですか?」
「俺とツバキは何度か。マオは……そいや死んだことすら無かったっけ?」
「余?死んだことないよー?」
「まぁ、マオが死んでるってことは前線が崩壊しているかローが失敗って不意打ちされたときぐらいだからね」
ツバキがジョッキの酒を軽く一口で平らげて話す。昨日つぶれてたという割には飲むんだな……とクロウは少し辟易する。しかしラスター・ホークのメンバーが常識外れだというのは今日の内だけで何度も経験したためか、もうそこまで驚きはしなかった。
「それで、復活するってどんな感じなんですか?レオさんに直接犯人聞けたら楽でいいなーとか思ってるんですけど」
ローが次の酒を注文してから答える。ツバキもその様子を見てジョッキを開けて次の杯を注文していた。
「どんな感じと言われても……夢から覚めた時のような感じで、特別なことはないぜ」
「それとレオから犯人のことを聞くのは難しいと思うぞ。復活する際に私たちは記憶と経験の一部をランダムに欠損するんだが、死の直前の記憶だけは必ず失ったままになるんだ。レオもおそらくはそうだと思う」
「そうですか……」
「なんか知らんが死の記憶がトラウマになるから意図的に消してるんだってよ。他の記憶も欠落しちまうのはその副作用らしい」
最悪レオから手がかりを掴めればいいやとどこか楽観視していただけに、その言葉はクロウの心に石のようにのしかかった。「気楽に行こうや」とローがジョッキをぶつけてくる。少しだけ気は楽にはなったものの、クロウは師匠がいてくれたらと心の底から思っていた。
ツバキも食べ方こそ上品ではあるが次々と皿の上の料理を片づけていき、ウェイターもそれが日常だというような様子で空いた皿を次々と下げ、あっという間にテーブルの上は綺麗になる。クロウはそれを見てなんとなくだが自分が前衛職に選ばれなかった理由を理解した。
マオがラズベリージュースを飲みながらクロウの方を見る。
「クロウくんはもうクラックドヤードには慣れましたか?……じゃなくて、慣れたか?」
慣れないなら無理に言葉遣いを変えなくてもいいのに……とクロウは思う。それと同時に身分的な事情もありそうだし、指摘するのは野暮だということも分かっていた。
「一日中宿に居たわけですし、まだ全然慣れないです」
「ここは私の聖域魔法の領域内だし最悪余が守ってやるから、安心して休むがよいぞ」
「ローさんも言ってましたけど、その聖域魔法ってどんな魔法なんですか?」
ん~~、と顎に手を置いてマオは考えだした。
「細かく話すと説明が難しいのじゃが、一先ずは魔物から見つからなくなる魔法と思ってくれればよい。それに加えてなんとなく魔物はここに来る道を選びたくなくなるオマケもついておる」
「でもそれじゃ仮に見つかった場合は無防備ってことですよね?」
「それは……そうなのじゃが」
「ま、こんなところで腰を落ち着けて飯が食えてるだけマシってもんだ」
ローがすかさずフォローを入れる。事実としてクラックドヤードは三方が瘴気の森に囲まれて残りの一面は魔王城へと続く海であり、この地に拠点を築けているのは聖域魔法による認識阻害と転移魔法による物資の輸送の賜物であった。
「ちなみに転移魔法でこっそり魔物を呼び込んでレオさんを殺す……みたいなのはできないんですかね?」
ローは呆れたといった表情でクロウを見る。
「こんな時でも仕事の話かよ、ほら、これでも飲めって」
「いえいえ、未成年ですから……」
ツバキがローのジョッキを手で塞ぎながらクロウの方を見る。手慣れた手つきにクロウはローは酒癖が悪いのかもしれないと思った。
「【モンスターが転移することはありえない】ね。仮にモンスターに侵入されたら鐘の音が鳴るようにマオが索敵結界を展開してるから」
その時カンカンカン、カンカンカン、と遠くから鐘の音が鳴り響く。
マオが得意げな様子でその音に続いた。
「ほら、こんな具合にの!……って、へ?」
「モンスターだ!数は12!!援護求む!!!」
遠くから男の悲痛な叫び声が聞こえると、ラスター・ホーク一行のが戦士の目つきへと変わった。




