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第5話 - 事情聴取③ マオ・アフィーリア

「レオさんを除けば、マオさんで最後ですかね?」



クロウは手帳の整理をしながらツバキに話しかけた。しかし彼女はバツの悪そうな顔で返答する。



「あー、それなんだが、な」


「何か問題でも?」


「えーと、な。私も詳しくはないんだが、マオは特殊な出自らしくて、そのー、クロウくんにかなり不躾ぶしつけな物言いをしてしまうかもしれない。すまん、許してほしい」


「はぁ……」



その言葉の意味を、クロウはうまく噛み砕けずにいた。しかし「入れるぞ」とツバキが応接室の扉を開けた瞬間、クロウは彼女の言葉の意味を理解した。


クロウが最初に彼女に対して感じた印象を言葉にするならば、まるで宝石が歩いているようだということに尽きる。彼女のローブやガントレットにつく煌びやかな装飾品もあるが、何よりも彼女の姿勢や歩く所作、整った顔立ちやその輝きに満ち溢れた瞳が全て巨大な一つの宝石かのように彼に感じさせたのだ。


マオが部屋の中央に歩く。右手で自身のツインテールの片方を掻き上げると、その紫の髪の毛がふわりと靡き、部屋全体にキラキラとした光が満ち溢れた……ようにクロウは感じた。彼女は自信気な様子でクロウの方を見る。


そんなマオの所作に釣られ思わず立ち上がった。それを見て満足げにマオが頷いて口を開く。



「そこもとがクロウ・ロックフォールか。余の外見を称賛する栄誉を授ける。好きに言の葉を紡ぐがよい」


「は、はい?えっと……正直宝石とかブランドものとか沢山つけてる人って品がないなあって思ってたんですけど、マオさんぐらい綺麗な人がつけるとその真の価値が現れるんだな、って思い……ました」


「うむ。なかなかの美辞麗句じゃ。天晴あっぱれを授けようぞ……」



言葉や態度自体は自信ありげなマオだったが、その顔はトマトみたいに紅潮していた。ツバキが小さくため息をついてマオの頭を撫でる。



「全く……褒められるのに慣れてないんだからやめなさいって言ったじゃないですか」


「で、でもツバキ姉ぇ、淑女たるもの男から称賛の言葉の一つや二つ軽く引き出して見せろってお父様がぁ」


「はいはい、えらいえらい」


「えへへへへ……」



ツバキとマオの身長差もあいまって、二人のその様子はまるで歳の離れた姉妹のようだった。


ツバキが申し訳なさそうな表情でクロウに一礼をする。



「クロウ君、すまん。こんな感じで申し訳ないがよろしく頼む」


「ああいえ、貴族の方が冒険者になることってよくある話ですから」



クロウの言葉はフォローでも世辞でもなく、まぎれもない事実だった。【死んでも教会で復活する】という全ての職業共通の加護は身内の政治を生業とする貴族連中にとってはあまりにも魅力的であり、魔王と戦うため自ら志願したというストーリーも彼らに箔をつけるため、一石二鳥だと冒険者になる貴族は後を絶たない。


しかしその大半はあくまでお飾り冒険者であり、このような最前線に貴族身分の冒険者がいること自体は非常に稀有なことでもあった。


そういう意味でクロウはマオのことを素直に尊敬のまなざしをもって見ており、先ほど述べた美辞麗句も大言壮語ではなくクロウの率直な感想だった。


マオがクロウに向かい手を伸ばす。その所作も貴族然としていてクロウは思わず《《気を付け》》の姿勢になった。



「さあクロウとやら、事情聴取というのを始めるがよい」


「あ、じゃあとりあえずその席にお座りください」


「うむ!」



ちょこんと椅子に座る。派手な装飾と裏腹に座る姿勢は女の子らしく小ぢんまりとしていて、思わずクロウは笑いそうになる。しかし彼女に怒られると怖そうなので、表情筋にぐっと力を込めた。



「ではまずは軽い自己紹介からお願いします」


「構わんが、なれば貴公から名乗るのが道理であろう?」



突然のカウンターにクロウは面食らうも、すぐに意識を取り戻して口を開く。



「確かにそうですよね、すみません。えと、クロウ・ロックフォールです。錬金術師見習いでレベルは14、師匠のリィエンさんのご意見番稼業の助手を務めています」


「うむ、よかろう。このマオ・アフィーリアと弁を構えられたこと、ロックフォール家の末代までの名誉とすることを赦す」


「ど、どうも……それでマオさんの自己紹介のほうを……」


「ふぇっ!?あ、そうですよね。……じゃなくて、ごほん。余はマオ・アフィーリアである。ウィザードにしてレベルは53。パーティの中では年齢もレベルも最小ではあるがいずれは全員を追い越す器なるうえ、今のうちに余を推しておくことを勧めよう!」



レベルはまだしも歳は追い越せないだろ……とクロウは思ったが、野暮なツッコミはしないことにした。横からツバキが補足をする。



「ウィザードの加護は魔法力学第一法則により先天的にレベル上限が決まっているのだけれど、マオはそれの理論限界を超えているの」



魔法力学第一法則とは魔法理論を構築する上での大前提の法則で、系におけるマナの総量は一定であるという法則である。この法則は人間の身体にも適応されるため、生まれ持ったマナ炉心の大きさに応じてレベルの上限が決まる、というのが通念上の常識であった。


しかしマオ・アフィーリアはその本来成長しないはずのマナ炉心が加護の成長と共に拡大する特殊体質であり、魔法力学会でも基本原理を揺るがしかねない特異点的存在と呼ばれていた。



「そのとーり。つまり余はレベル99にも、さらにその先に進みうる最強のポテンシャルをもっているのであーる」



事実、ラスター・ホークに迎え入れられたのもその理由が大きい。より過酷な経験を積みレベル上限の上昇限界を見定めたいという魔法力学会の思惑と、理論上最強になりうるウィザードが欲しいというラスター・ホークの要望が win-win の関係となり、より高レベルのウィザードを差し置いてマオはラスター・ホークの一員となったのだ。



「ふむふむ。ちなみにどのような魔法が得意なのでしょうか?」


「だいたい四元素なら何でもできるが、得意なのは土属性の宝石魔術じゃな。宝石を触媒にしてマナを増大させ、広範囲に魔法を発するものじゃ」


「なるほど、しかし宝石魔術というと【周囲に魔法の痕跡が残りやすい】ですよね?たとえば仮に密室で使ったら周囲にマナが残りませんか?」



マオは顎に握りこぶしをあてて考える動作をする。それは姉のように尊敬するツバキの癖を真似たものである。



「仮に私がレオを魔法で殺そうとしたら痕跡が残らないか?とでも言いたげじゃな」


「……っ!」



意外なほど鋭いマオの指摘にクロウは思わず言葉を失った。ツバキとの会話を経て、露骨に疑いの目はかけないようにしようと考えていただけに、彼女の指摘は痛点だった。


しかしそのことを気にしないかのようにマオは自信のツインテールを遊ばせている。



「良い。それが主の責務なれば、多少の不作法など赦すというのが王の務めよ。……じゃなくて、そもそもこれだけ瘴気の満ちた場所で魔法を使ったら、宝石魔法でなくとも痕跡が残ると思い……ます」


「なるほど、クラックドヤードぐらいの瘴気であればどんな魔法でもそこに瘴気の()()()が残りますもんね」



クロウはメモを進める。クロウには王の務め……という言葉も少し引っかかった。てっきり貴族だと思っていたが、まさか皇族クラスなのだろうか。



「うむ。余もレオちんの部屋を見たが【魔法は使われた形跡はなかった】ぞ。主の師匠にもあとで聞いてみるがよい」


「ありがとうございます、勉強になります」


「くるしゅうない。もっと褒めよ」


「さすが理論限界突破のウィザードですね、知識量も素晴らしいだけでなく現場検証も先行して下さっていたとは、助かります」


「……よい」



マオは再び真っ赤になる。貴族・皇族らしからぬ態度がクロウは少し引っかかったが、それもまた彼女の魅力なのだとクロウは飲み込んだ。なにより、ツバキに撫でられて小動物のように嬉しそうにしている彼女に水を差すような真似は、不躾を通り越して無粋だろうと思ったのだ。



「それで、前日の行動はいかがでしたでしょうか?」


「うん。前日は朝からツバキ姉ぇと共に会議に参加してー……ごほん。そのまま壮行会にも参加して、ツバキ姉と飲み比べの勝負をしたのだ。当然私が勝ったのだけどな」


「そういえばお酒は飲める歳なんですね」


「あ”っ……」



マオの言葉が詰まる。……つまりはそういうことなのだろう。今度はリンゴのように顔を真っ赤にさせながらマオはクロウを指さした。



「じょ、女性に歳を聞くなど無礼千万、万死に値するぞ!!!」


「で、ですよね、申し訳ありませんでした」


「わわわ分かれば良いのだ。分かればな……」



ふぅーと胸に手を当てて一息つく彼女を見てクロウはこれ以上の追及はやめようと思った。



「それで、飲み比べに勝ったあとはどうしたのですか?」


「そのあとは、一旦宿に帰ろうと思ってー、クランのみんなにありがとうって挨拶をしてー……あ”っ」



再び彼女が言いよどむ。その変化をクロウは見逃さなかった。



「挨拶をして、?」


「……言いたくない」



マオは先ほどまでの協力的な態度から一変し、怒られた子猫のように縮まりこんでしまった。



「マオさん、お願いします。レオンハート氏殺人の犯人を見つけるためにも協力してください」


「ヤだったらヤなの!!」



ぷいっとそっぽを向く。外見相応の少女じみた所作は可愛げがあったが、それでもクロウは引くわけにはいかなかった。


その様子をみたツバキがマオを諫める。



「マオ、ちゃんと話さないとダメですよ。一流の淑女がそんな対応で良いのですか?」


「で、でも秘密は女性の最高の化粧だって父上がー」


「言い訳しない、話しなさい」



ぴしゃりというツバキの言葉に不服そうながらもマオは小さく頷く。上目遣いでクロウの方を見ると、人差し指同士をこすりつけながらマオは口を開いた。



「そのー、帰る前に、近くの小川の方に行っててぇ……」


「理由も説明してください」


「み、水浴びに……」


「宿屋に行けばお風呂があるのにですか?」


「マオ、誤魔化さないの」


「……ぃてたの」


「え?」


「飲み過ぎて気持ち悪くなって吐いてたの!!!!!」



マオが叫び、クロウは無理に追求したことを後悔した。探偵助手ならばそのぐらい先回りして気づくべきだろう、と頭の中でリィエン・スタッシュホールドが笑っていた。



「あー、その、すみません」


「いいの、飲みすぎなうえにちゃんと話さないマオが悪いんだから」


「ぅぅぅぅうぅ~~~っ!!」



クロウは唸る彼女にこれ以上追撃するのは忍びなかったが、それでもリィエンにそれをなじられるのも嫌だった。メモ帳を書き進めてクロウは口を開く。



「その後はどうしたんですか?」


「……普通に部屋に戻って寝てた。深夜0時ぐらいだったと思う。部屋は2階、ちょうどレオちんの真下」


「わかりました。それで昨日の行動は全部ですかね?」


「……うむ」


「最後に、レオンハート氏がいつ頃壮行会を抜け出したかは覚えていますか?」


「お、覚えてない……ごめんね」



まあ十分だろう、不明点があればまた今度聞けばいいや、とクロウは心の中でつぶやいて、事情聴取を終えるのだった。

●クロウの手帳⑤




事件当日の行動:マオ・アフィーリア


職業:ウィザードLv.53(理論限界が高いらしい)




当日の行動


■ 朝

次の作戦に向けての準備と会議。ツバキと行動を共にする


■ 昼

同上


■ 夕方

18時ごろから壮行会


【壮行会】

ツバキさんと飲み比べをした

 → 飲み比べに勝ち、挨拶をして帰った

  → 酒場の人に裏を取ること


レオンハート氏が抜け出した時間は不明。

 → 酒場の人に聞こう


■ 夜

酒の飲み過ぎて小川に行って吐く。

24時ごろ帰宅、そのまま就寝。


補足情報

【現場に魔法が使われた痕跡はなかった】

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