第2話 - 現場調査②
「先ほどはアルクレイが失礼な真似を、申し訳ありませんでした」
「いえいえー。人見知りなんですねぇ」
リィエンが先ほどの態度など嘘のような笑顔で応答する。ツバキもそれを聞いて恥ずかしそうにでこに手を当てた。クロウは自分だけ自然と仲間外れになったような気がして、むっとしながら二人の間に割り込んだ。
「しかし窓も無いとなると、犯人が侵入したのはドアからですよね」
そう言いながら彼はペンを手に【侵入経路はドアだけ】と書こうとする。しかしその手はリィエンの細い指に制止された。驚いて顔を挙げると、リィエンは人差し指を天井に向けてゆらゆらと揺らしている。
「理論上はあっちからも可能だねぇ」
彼女の人差し指が指し示す先には採光用の天窓があり、わずかだが窓が開き隙間が空いていた。どうやら開閉できるタイプらしい。
「可能って、ここ3階ですよ?」
「ラスター・ホークの一行ともあればこれぐらい平地みたいなもんだろうさ。ね、ツバキ殿?」
「わけないという程ではないですが……そこまでするものなのですか?」
「可能性は見ておくに越したことはないよ。下着泥棒するために下水溝に朝から夜まで潜り続けた男を私は知っているからネ」
「な、なんと……」
ツバキは呆れたというよりかは彼女の言葉を信じきれないというような様子だった。
クロウも同様にあそこから入ろうとは思えなかった。天窓から侵入するには外壁伝いに上る必要があるし、それこそ犯人の行動として目立つだろう。
しかし彼はある可能性に行きついた。それを思わず口にしてしまう。
「ローさんほどのレンジャーならあそこから誰にも気づかれずに簡単に侵入できるかもしれませんね」
ツバキは困ったように笑い、リィエンは困ったように頭を掻く。
「クロウくーん、事件の概要を復唱してもらえるかーい」
リィエンの呆れたような声色にクロウは自分の意見が全く的を射ていなかったのだとすぐに理解した。内心気落ちしながらも一応は彼女の指示に従う。
「えーと、事件の推定時刻は昨晩、第一発見者はアルクレイ・ロー。夜寝ようと思い自室に入ったところ同室のキルヴィス・レオンハートが死亡しているのを発見……あっ」
「そーそー。密室とは言ったけど、それはあくまでロー殿以外だったらの話。彼は合い鍵を持っているから普通に侵入できるってワケ。だから天窓を使う理由なんてそもそも無いの」
「すみません……」
クロウはガックシと肩を落とした。「誰しも間違いはありますから」と慰めてくるツバキの言葉すら彼にとっては屈辱に感じる。……一人前はまだ遠そうだ。
「とりあえず【侵入経路はドアか天窓】ってこと。クロウ君、メモしといてね」
「はーい」
出来るだけ奇麗な字で書くことが彼にとってのせめてもの気休めだった。【侵入経路はドアか天窓】【天窓は外壁を伝う必要あり】と記載する。
リィエンはそのままツバキの方に歩み寄る。しかしその視線は彼女ではなくドアノブの方に向けられていた。先ほどの水色の液体を吹きかけるも、血があるときの反応はみられない。
「強引に開けられたりする様子も無さそうだね。まぁある程度ピッキングに熟練している人ならこんなの難なく開けられそうだけどね」
――【扉は強引に開けられていない】。クロウはまた手帳にメモする。
「まー、こんなもんかな。クロウ君、ひとまず現時点での君の所感を話してくれるかい?」
「は、はい!」
クロウは自分の心臓が早鐘を打っているのを感じていた。先ほどのような検討違いの答えだったらどうしようか。
事あるごとにマイナス思考に走るのはクロウの悪い癖だ。加えて自覚しているのに治せないのも質が悪く、一度でも負のスパイラルに陥るとなかなか抜け出せなくなってしまう。早く立ち直らなければという責任感がなおさら自分を傷つけるのだ。
「からかったりしないから、ね?」
リィエンがクロウの頭を撫でる。顔つきも声色も、彼女に弟子入りする前のまだクロウのことをただ「少年」と呼んでいたころのようだった。こういった姉としての顔と師匠としての顔の使い分けにリィエンは長けており、そしてクロウはその切り替えに弱かった。
顔を真っ赤にしたクロウがぽつりと話し始める。
「えと……パターンとしては大きく2つに分けられます。一つは天窓から侵入した場合でもう一つはドアから侵入した場合。天窓からだったらよじ登って調べれば形跡が有るかもしれません。ドアだった場合鍵を持っていたローさんが容疑者として濃厚なのと、ローさんに鍵がかかっていたか聞いた方が良いかもしれません」
「うんうん、及第点だね。ただしあと一つ見落としてるよ?」
「え?」
「《《レオンハート氏自身が開けた場合》》さ。この場合は密室がそもそも成立しなくなるし、多分このパーティの誰でも容疑者になりうるね」
「それじゃ話は振り出しじゃないですかぁ……」
「そうでもないさ。情報が増えていけばこれらの可能性は絞っていけるはず。それに何度も言っているだろう?真実とは」
「――批判的検証の先にある出涸らしのようなもの、ですよね」
「そうとも!まだこの謎には雑味が多すぎる。そこからどんどんと不要な情報をそぎ落として真実を探していくのが君の役目だよ、クロウ君」
それは師匠の役目では?とクロウが声を出す間もなく、リィエンは扉の奥に姿を隠した。クロウが彼女を追いかけようとすると既に転移魔法陣は起動しており、それは彼女がこのクラックドヤード以外の場所に行くことを意味していた。
「師匠!?」
「いやー実は私先約があってねー。クロウ君なら大丈夫だとおもうから、後よろしくネ~」
「よろしくって言われても!」
「とりあえず皆のアリバイを聞くのがいいと思うヨ。また後で顔出すからそれまでにやっといて~~」
「は、はい……」
彼の返事を待つことなくリィエン・スタッシュホールドは光の中に消えていった。クロウは地面にへこたれる。
――どうしろって言うんだ。一人で調査するだけでも大変なのに、相手はあのラスター・ホークの一行だぞ?
クロウの悲痛な叫びは喉元から出ることはなく、居心地の悪そうなツバキ・ヤエとクロウ・ロックフォールの2人だけが部屋に取り残された。
●クロウの手帳②
被害者:キルヴィス・レオンハート
職業 :アークパラディンLv.78
状況
【被害者は出血していなかった】
【死因候補:絞殺・扼殺・魔殺・刺殺】
補足情報
【遺体は移動できない】
【扉は強引に開けられていない】
犯人について
【犯人は錬金術師ではない】
【侵入経路はドアか天窓】
【天窓は外壁を伝う必要あり】




