第17話 - 邂逅
「マオさんの宝石……?」
「はい。これは【マオさんが宝石魔法を使った痕跡】です」
「それってつまり」
「【マオさんも嘘をついていた】ということ、ですね……。吐くぐらいの泥酔具合でこれだけの魔法の行使を出来たとも考えにくいです」
「じゃあ……」
「酔っていたのも嘘だった。裏を返せば【この川には別の目的があってきた】ということです」
クロウは地面に落ちていた宝石の欠片を一つ拾い上げると、怒りのままにそれを強く叩きつけた。
「クソッ!!!!」
宝石同士がぶつかって中に残った魔法の残滓が活発化する。バチバチと赤や緑の火花が弾けた。
「これまでの調査はなんだったんだよ!結局全員僕に隠し事をして!舐めやがって、クソがっ!!」
「クロウ君!?」
「だって、あいつら全員嘘ついてたんだぞ!僕が見習いだからって適当言って!!」
ヘブラスカがクロウの手を引く。
「クロウ君、落ち着いて、私の方を見てください」
クロウとヘブラスカはお互いに目を合わせた。彼女の真剣な目つきを前にして、彼女に今の暴言を吐くのかと心の中のクロウが己に問いかけてくる。
怒りにゆがんだ彼の目つきを見ても態度を変えないヘブラスカの様子に、クロウの怒りは急速に収まっていった。息遣いこそ荒いものの、内心ではすっかり平静さを取り戻していた。
「いいですかクロウ君。ラスター・ホークの皆さんはそんな簡単に嘘をついたりしません」
「なにか事情があった、って言いたいんですか」
「はい。必ず何か理由があるはずです。共に死線を超えてきた私が保証します」
「……ごめんヘブラスカさん、それとありがとう。マオさんがなんでここで魔法を発動させたのか考えるよ」
「大丈夫ですよ。一緒に頑張りましょう!」
二人が決意を新たにした時、近くの芝草が揺れた。思わず視線が吸い寄せられる。クロウはヘブラスカを守ろうと彼女の腰に手を伸ばしてその身体を引き寄せた。「きゃっ」とヘブラスカは声を上げたが、クロウは彼女を抱える力は弱めなかった。
しかし彼らの警戒とは裏腹に、芝草から現れた人物はクロウのよく知っている人物だった。
「お、クロウじゃねえか」
「ローさん!?」
銀髪にもみえる薄い金髪のオールバック、深い緑色のフード付きチュニックの袖から見える太い腕。粗野な恰好ながら戦士然として隙の無い立ち姿。それはクロウのよく知るラスター・ホークのレンジャー、アルクレイ・ローだった。
「軽装の3人組が瘴気の森に入ってったっ聞いたから様子を見に来たんだが、まさかクロウだったとはな」
「兄さん……!?」
ヘブラスカがクロウにとって予想外な一言を発した。その声でローがクロウの奥のヘブラスカに気づく。
「ヘブラスカ!?……というかお前らどういう関係だ……!」
「えっ!?」
ヘブラスカが素っ頓狂な声を上げた。クロウは彼女の腰に当てていた手を慌てて引きはがした。ローはその仕草をみてコンバットナイフを手にすると自身の顔の前に構えた。怒りで手が震えていて、ちくちくとクロウの産毛を刺激する。
「いくらクロウと言えども俺の妹に手ぇ出した日には、ただじゃおかねえからな」
「ご、誤解ですって!というか妹さんなんですか!?」
「目元が似てるだろうが!気づかねえとはご意見番としちゃ三流だなぁ、おぉ?」
クロウの名誉のために補足しておくが、全く似ていない。ヘブラスカがクロウを押しのけ、彼の盾になるようにローの前に立つ。
「に、兄さんこそ、そのすぐカッとなる癖は辞めるって言ってたのに!」
「ウッ……でもそれとこれとじゃ話が別だろうが!」
「だから誤解ですって!」
「そうです、まだキスの一つもしてないもん!」
「まだ?」
「ヘブラスカさんも変なこと言わないで!!!」
それからクロウはこれまでのことを必死にローに話した。彼も渋々ながらヘブラスカに言われて話を聞く。……しかし、最終的に彼の誤解が解けるまでにはゆうに1時間弱を要した。
「えーと、じゃあお前らは瘴気の調査に来てて、それで道に迷ってここに迷い込んできたと」
「はい。それで宝石魔術の痕跡を見つけたので調査しようとしてたところにローさんが現れたんです」
「じゃあ本当に、ヘブラスカとはなんともないんだな?」
「だからないって何度も言ってるじゃないですか……。というか名前も全然違いますし、本当に兄妹なんですか?」
「レンジャーは素性を隠すためにギルドに入るタイミングで自分の名前を変えんだよ」
「はぁ……」
クロウは砂利の上に座り込んで項垂れた。ローもようやくナイフをしまうと、きょろきょろと周囲を見回した。
すっかり日は傾きかけており、空は再び禍々しい紫とオレンジのグラデーションを作っている。
「でもぱっと見は何ともなさそうだけど、マオが何かしたってのか?」
「……はい。彼女は僕に【飲み過ぎて気持ち悪くなって吐いてた】と説明していたんです。でもこれだけの宝石魔法の痕跡、酔って吐くような人に出来るとは思いません」
「ってことはつまり」
「僕に嘘をついてたってことです」
「最低だな」
ローが眉を顰める。その様子を見たヘブラスカがローに歩み寄ると、右手を大きく振りかぶる。あっけにとられる二人をよそに、彼女はローの頬をその右手で叩いた。
バチンと大きな音が小川に響く。
「に、兄さんだって、クロウ君に嘘をついてたよね……!」
「へ?」
ヘブラスカが見せる突然の怒りの様相に、ローは事態を理解できないといった様子で彼女の方を見た。
「待て待て待て!嘘をついた?俺が?」
「だって、クロウ君には見張りをしていたって供述してたのに、レオさんの証言だと誰かに連絡してたって!!」
「殺害された日だと、3日前か?」
「そう。3日前の夜、誰かに連絡している瞬間をレオさんが見ていた――って……」
「それ、お前と話してたやつだろ」
「…………あっ」
「ヘブラスカ?」
「………………忘れてました、すみません」
ローの咎めるようなジトっとした視線がヘブラスカに向けられて、彼女は気まずそうに二人から目を逸らした。
「ま、まぁちゃんと説明できてなかった僕のせいでもありますから」
「黙ってた俺も悪いしな、すまんすまん」
しかしクロウには解決していなかった問題があった。それを解決しないと誤解が解けたとは言えないと感じて、クロウは彼にストレートにその疑問をぶつけることにした。
「でもどうしてヘブラスカさんのことを黙ってたんですか?」
「事件に関係ないと思ったんだよ。それに今でもヘブラスカと連絡とってるって皆にバレたらめんどくせえからな」
「事情聴取なんだからちゃんと話してくださいよぉー……」
「わりぃわりぃ、悪気はなかったんだって」
「もー」
クロウは手帳の【ローも嘘をついていた】という記載を線で取り消す。
「でもローさんの妹なのに、どうして追放されることになったんです?」
「あー、それを説明するとちょっと長くなるんだが……」
「説明してください。今は少しでも情報が欲しいんです」
「わーったわーった」
ローは大きな石の上にドカッと座る。クロウとヘブラスカも手頃な場所を見つけると二人もローに相対するように座った。
「あー、どこから話そうかな……まずクロウは赤い星のペンダントって知ってるか?」
「はい。魔王との連絡を行うための道具ですよね」
「そうだ。まだクラックヤードが戦場だったころだ、その赤星のペンダントがパーティ内の共有倉庫から見つかった。だがまぁそれはいい。問題なのはそれを誰も報告してなかったってことだ。報告漏れするにはあまりに重要な要件すぎる」
「だから皆さんはパーティに魔王主義者がいると思ったんですね」
「そうだ」
ヘブラスカが割って入る。
「で、でも誰かが報告漏れしてたり、間違って倉庫に居れてしまった可能性はなかったの?」
「勿論あるかもしれねえ。でもそんなマヌケな奴はいつかパーティ全体を殺す。どっちにしろラスター・ホークには要らねえんだよ」
ローはかなり強い言葉を使っていたが、クロウは一理あるという思いからそれに水を差すことはしなかった。ヘブラスカは不満そうに兄の方を見ていたが、クロウが納得している様子を見てそれ以上食い下がることはしなかった。
「話を戻すぞ。それと同じタイミングで【何者かがヘブラスカがモグリだとリークをした】。タイミングが良すぎるとは思っていたが、こいつがモグリなのも事実だったし、実際詰められたら擁護も出来ねえ。俺たちは魔王主義者にまんまとハメられたってワケだ」
「ちなみにその時はヘブラスカさんの追放に賛成したのは誰だったんですか?」
「俺含め全員。マオだけが最後まで追放すべきじゃないって言ってたけど、そんときは新入り扱いだったからな」
「ローさんも賛成したんですか!?」
「たりめーだろ。瘴気の森を抜けるためにクレリックが必要だったから同行を許してたけど、モグリなんかにこれ以上パーティに居られても困るっつーの」
ローは迷惑そうに話すがその言葉の奥に妹を戦地から遠ざけたいという彼なりの気遣いがあったことをクロウは十分に理解していた。
しかしその時クロウの隣からすすり泣く声が聞こえてくる。クロウがヘブラスカの方を見ると涙を流した彼女が胸に飛び込んでくる。クロウは仕方なくリィエンと同じように彼女の頭を撫でた。
「お前ぇら……本当になんも無いんだよな?」
「だからそう言ってるじゃないですか!!みんなに追放されたのがヘブラスカさんのトラウマになってるんです、分かってくださいよ」
「……まぁいい。それでレオのやつが嘘をついていないなら自分で喉を切って証明してみろって言って、それができなくて追放した。話はそれだけだ」
あのレオが『自分で喉を切ろ』だなんて本当に言ったのか?とクロウは思わず疑ったが、ローのぶっきらぼうな言い方が帰ってその真実味を強く増していた。
へブラスカを撫でながら、この話は彼女のいないところでするべきだった後悔した。そのうえ話も彼女から聞いたときから大きく変わっていない。【マオが追放に反対した】ことと【ローが嘘をついていなかった】ことぐらいしか収穫はなかった。
それでもこれは前進なんだ、とクロウは自分自身に言い聞かせて、改めて周囲を見回した。
いくら痕跡の残りやすい宝石魔術といえど、水と空気の流れの速い川辺では瘴気やマナの揺らぎもあっという間に流れて行ってしまう。勿論クロウが魔法の初学習者というのもあるかもしれないが、具体的に何の魔法が行使されたのかはおろか、どの元素の魔法なのかもさっぱり分からなかった。
その時ローがふと石の間に挟まった一枚の羽根を拾い上げた。人の顔ほどの長さの真っ黒な羽根は陽光を反射して紫色に輝いていた。目立った損傷も少なく抜けてからそう時間はたっていないように見える。
「んだこれ?」
「鳥の羽根じゃないんですか?」
クロウが近寄ってみるも特段違和感は見つけられない。ローは不思議そうに頭上でひらひらとさせると、クロウの質問に答えた。
「この辺りにこんな大型の鳥は居ねぇはずだ。昨晩の魔物にも鳥や飛行魔法を使う奴はいなかったし……」
「ちょっと貸して!」
まだ目元が赤いヘブラスカがローから羽根を取り上げる。
「あっ、おい!」
「いいから任せて」
彼女が少しの間祈りを捧げると、羽根は光に包まれて消えていった。ヘブラスカは二人を見て言う。
「やっぱりこれ、瘴気の羽根……」
「瘴気の羽根だぁ?」
ローが地面に落ちている他の羽根を拾い上げる。それを指で挟んで擦ると、羽根はさらさらと粉になって崩れていった。
クロウも同様に拾い上げ、そのうちの一つを採取してフラスコに詰めた。
「うん。瘴気でできた羽根だよこれ。クレリックの祈りで消えるし、嫌なマナの感じがするんだもん」
ヘブラスカはそう言って再び祈りを捧げる。ローが手にしている羽根が光に包まれると、その形を崩し光の中に消えていった。ローはその様子をしかめっ面で見た。
「だとしてこんなもんが川辺に落ちてる理由が分からねぇ。瘴気の羽根ってのは魔物の――それも結構上位のやつじゃねえと使えねぇ代物だろ」
「飛行魔法って奴ですか?」
「そう。にしても俺たちがどうやってもあの魔法を再現できないのはそういうカラクリだったんだな。まさか瘴気で羽を作っていやがったとは」
クロウの中で少しずつ点と点が線を結び、それが星座のように一つの図を描いていく。クロウはローを見つめて言った。
「すみません。どうしても確かめたいことがあるので、ツバキさんと話すことってできますか?」




