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第16話 - 幕間・瘴気の森

「えっと……【レオさんの死因は瘴気が原因の窒息死です】」



クロウの返答にリィエンは満足げにうなずく。



「うん。妥当な回答だと思うよ。ただ憶測の域を出ないことに気を付けてネ☆」


「分かってます。もし死因が瘴気による窒息死だったら、【犯人は瘴気を操ることのできる存在】ということになりますから」



リィエンはクロウからビンを受け取りそれを鞄にしまうと、次は別のポケットから一枚のスクロールを取り出した。それは先ほどクロウが経験した魔法の魔法陣が記載されていた。



「じゃあ私はこれを解析してくるから、クロウ君はヘブラスカ嬢をお願いね」


「へっ?」


「まったね~~♪」


「ちょっと師匠!?」



スクロールの光がリィエンを包む。クロウとヘブラスカが状況を理解する間もなく彼女は光と共に消えていった。



「どうしよう……」



クロウは呆然と周囲を見回した。樹々の奥は紫の霧に覆われて見通しが悪く、その奥に何が潜んでいたとしてもクロウにはとても気づけるようには思えない。今更になってクロウの心の中に不安の波が押し寄せてくる。


すがるようにヘブラスカの方を見た。ラスター・ホークに居たことを理由にクロウは彼女に助けを求めようとしたのだが、すぐにその考えをかき消した。


――彼女は冒険者じゃないんだ。復活の加護がない、死んでしまったら終わりのただの人間なんだ。僕は仮にも冒険者だろう。



「聖域魔法があるから大丈夫だと思うけど、いざというときは僕が守るから、ね」


「ふふっ、ありがとうございます。頼りにしてますね」



ヘブラスカの手を引くクロウの手が震えていて、彼女は思わず笑みをこぼした。



「来た道を戻るだけですし、ゆっくりお話でもしながら戻りましょうか」



彼女の微笑みにクロウの胸は少しだけ高鳴った。


二人は振り返って道を歩いた。瘴気の森は紫の霧に包まれて先が良く見えず、一歩一歩進むのにすらクロウは勇気を振り絞る必要があった。


思わずヘブラスカを握る手に力が入る。ヘブラスカもクロウを安心させようと少しだけぎゅっと握り返した。



「そういえば、どうして瘴気による窒息死だってわかったんですか?」


「えーと、どこから説明しようかな……まず、レオさんが殺された状況って覚えてますか?」


「はい。血痕や魔法の痕跡は無くて、それでいて密室だったんですよね?」



クロウはうなずく。



「ですです。ただローさんなら密室は関係ないのと、天窓から侵入した痕跡があったのがポイントですね」


「でも、それじゃ窒息死に繋がりそうに思えませんよ」


「鍵はパラディンの加護です。すべての状態異常無効と自身のレベル以下の物理攻撃の無効化のために暗殺するのが難しいんです。そうなると考えられる殺害方法としては【絞殺こうさつ扼殺やくさつ・魔殺・刺殺】です」


「な、なるほど」



淀んだ紫色の空気を手で払いながら二人は樹々の間を進む。しかし瘴気の霧は二人の方向感覚を狂わせ、正しい道を進んでいるのだという自信を奪っていく。加えて昨日の件もあって魔物がいないという保証がないこの状況が、クロウの不安をさらに加速させていた。


気を紛らわせるようにクロウは話を続ける。せめてもうちょっと楽しい話ができたらいいのに、とクロウは思った。



「ヘブラスカさんはパラディンの加護によって防がれる状態異常とは何かご存じですか?」


「え?えーと、毒、麻痺、睡眠、やけど、石化と、詠唱不可サイレンス、あとはー……」


気絶スタンや魅了といった瞬間的に発生する状態異常もですね」


「そう考えると結構万能なんですね」


「そうなんです。でも窒息は防ぐことができないんです。たとえ加護があったとしても酸素がなければ身体は生命を維持することができず、外的な理由ではなく正常な挙動として死に至りますから」


「スライムが冗談で《パラディン殺し》って言われることもありますもんね。でも窒息以外の方法もありますよね?どうして断定できちゃうんでしょう?」



クロウは困ったように頬をかいた。



「実は……それには僕もちょっとだけヘブラスカさんに同意見です。窒息が最も可能性が高いってだけで、100%窒息死だとは確定してないんです」


「あ、もしかして真実とは批判的検証の先にあるなんとか~、ってのですか?」


「ええ、まさに。問題は誰がどうやってそれを実行したかなんですけどネ……」


「ふふっ」



ヘブラスカが笑みをこぼす。



「やっぱりクロウ君はリィエンさんの弟子なんですね」


「え?」


「だってさっきの言い方だってリィエンさんそっくりでしたもん」


「……恥ずかしいです」


「あはははっ」



話しながら二人は目の前のひときわ大きな茂みをかき分けると、霧が晴れ陽光が二人をまちうけていた。煮凝にこごりのようにまとわりつく瘴気からようやく抜け出せると思うと、クロウはわずかばかりの高揚を感じて飛び出した。


しかし、彼を待ち受けていたのはクラックドヤードの街ではなく一本の小川だった。建物どころか人工物の一つさえ見当たらない。幸い平地ゆえか幅は広く流れは穏やかで、紫の空を反射して禍々しく輝いている。



「あ、あれ……?」



クロウは振り返る。ヘブラスカも同様にキョトンとしていた。



「ごめん、どこかで道間違えたのかも」


「いえ、私も気づきませんでした……すみません」



クロウは改めて周囲を見渡した。やはり人工物は見当たらない。川向こうは土が崩れて崖のような段差を作っており、簡単には向こう側に行けなさそうだ。ヘブラスカもそれを見ながら口を開く。



「事件当日にマオさんが向かった小川ってのがここなんでしょうか?」


「おそらくはそうですね。距離を考えれば自然だと思うし……」


「――じゃ、じゃあ!ついでに現場検証しませんか!!」



ヘブラスカの言葉にクロウは驚いて彼女の方を振り返った。彼女の目は期待にきらきらと輝いていて、クロウは彼女が自分に対し何を期待しているのかをすぐに理解した。


呑気にやってる場合じゃないと思うのに……と心の中でつぶやきつつ、クロウは一応水面をのぞき込んだ。水面は空の紫色を反射しているが、その下には見慣れた魚や水草が見える。手持ちのフラスコを取り出して少しすくってみると、水は無色透明だった。



「【瘴気は水には溶けない】みたいです」


「ど、どうしてそう言えるんですか……!」


「ご覧の通り、水自体は透明です。それに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。裏を返せば、これは瘴気は水の中までは入ってこれないということの証左ともいえるわけです」


「おぉ~~~」



ヘブラスカは嬉しそうに拍手をする。クロウは気恥ずかしさから視線を外し、地面を見た。地面では山から川伝いに運ばれてきただろう白く丸い石が砂利道を作っていた。


クロウは少し遠くの砂利の中にきらめく何かがあるのに気づいた。近づくとそのきらめきは更に数を増す。嫌な予感がして近づいてみると、赤や青・緑の様々な石の欠片が散らばっていた。



「これ、何でしょうか?綺麗ですねぇ」



ヘブラスカが石の内の一つを拾い上げて太陽にかざした。赤く透明な角ばった石だ。石は綺麗に割れて光を乱反射しており、傾けるとオレンジや黄色・紫など様々な色の光を放っていた。


わぁ……と感動の声を上げるヘブラスカとは裏腹に、クロウには嫌な点と点が線を結びつつあった。



「それは、おそらく宝石です。それも外部から持ち込まれた」


「へっ?」



ヘブラスカがクロウの方を見る。クロウは隣の石を取り上げると、彼女の持つ宝石と比べた。



「川の石ってのは上流から流れてくるときにお互いにぶつかり合って、角が取れるんです。しかしヘブラスカさんの持っている石は綺麗にカットされたような面がいくつもありますよね。これは川から運ばれてきたものじゃないってことを意味しています」


「じゃ、じゃあこの石って」


「おそらくは……」



クロウも宝石の欠片を取り上げると、それにマナを込めた。



「――光よ」



クロウがつぶやくと宝石は強い輝きを放ち、欠片はさらに小さく砕け散る。驚くヘブラスカの方を見てクロウはつづけた。



「やはりこれは宝石です。それも、宝石魔術用にわずかなマナにも反応するように調整された、ウィザード用の……」


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