私だけをご覧あそばせ?
ルール違反。
・カゴメマコトを好きになってはいけない
そのルールについて事前に把握しているのはこの世界で俺一人だけだ。しかし適用されている範囲が俺一人だけではないと、薄々感づいてはいたがたった今明確になった。
「そんなに私が好きでいらっしゃるのなら、私だけを見て下さいまし」
「…………は?」
海東の様子がおかしい。カゴメの髪を掴んでいた手を離すと、急に周囲をあちこち見回し怯えている。途中で俺とも目が合った筈だが本人は気づいていない様子。カゴメにも見られる可能性を考慮してここからは窓から覗くのをやめた。
「あら、人間様。どうかなさいましたか? 先程まではまるで驚いてくれませんでしたのに、何やら驚かれていらっしゃいますわね」
「な、何だ? どうなってる!? あり得ない、こんなの!」
「そう! 私はその反応を求めていたのでございますわ! 素敵です、人間様……もっと! もっと私に捧げて下さいませ! 遊びのルールを破ったのでございますから当然ですわよね!?」
「やめろ! もう嫌いだ! 嫌いだからやめろ! 近づくな! くるなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「好きといったその口の舌の根も乾かぬ内に嫌いとは滑稽でございますわ。お待ちくださいませ~」
二人の声が遠ざかっていくのを確認してから改めて窓を覗くと、そこにはもう誰もいない。血の跡でも残っていれば少なくとも海東は外傷を負ったのだと考察出来たが違うらしい。では何が、彼を襲った?
「…………」
ルールは破るべきではないと改めて確信した。父親はあれを知っていたのだろうか、すると俺にカゴメを会わせた時にはもう破った後だった……? 分からないが、海東は校外にさっさと出て行ってしまった。俺も追いかけないと。
―――尾行なんて、記者っぽいじゃないか。
とはいえ、もう二人の姿も見えないくらいには離れてしまった。見つけ直すアプローチから模索しないと。カゴメは携帯電話を持っていないから位置を聞き出すのは難しい。俺一人で調査するなんて言わず、誰か同輩を一人くらい巻き添えにした方が……いや、やめておこう。
わざわざ知り合いを危険に晒すような真似はしたくないし、ルールだって教えたくない。これはあの時『お化けが欲しい』と願った俺の特権だ。他にルールを知っている人物が俺について言及しない限りルールの存在すら明かすつもりもなかった。
「ま、なんとかなるだろ」
まずは昇降口を経由して校門前に出る。学校から出て行くならここか裏門の二択で、裏門へ行こうとすれば陸上部やら野球部やらが目撃している筈だ。そしてそれが騒ぎになる……聞いているだけでも海東の錯乱具合は異常だったし。遠目にグラウンドを見るとそれが感じられないから、残るはここ一択となった。道なりに沿って帰路を進むと何やら人混みが出来て騒がしくなっていた。中心では赤いランドセルを背負った小学生の男の子がブザーを鳴らしながらわあわあと泣いている。警察官が困り果てている所を見るに、危険を回避した直後といったところだろうか。
「すみません、何かあったんですか?」
一番外側に居る野次馬に尋ねても良かったが恐らく何が起きたかを知らないだろう。こういう時は警察を頼った方が良い。秩序の番人は俺の制服を見るなり学生の一人と確認すると、安心したように教えてくれた。
「本官がたまたま巡回していたところ、ブザーを鳴らし泣き叫ぶこの子の声が聞こえたのです。今は泣きじゃくって話を聞ける状況にはないのですが、ランドセルを盗られそうになったようですな。本官がみつけた時には背中から転んでおり、どうやらそれで強奪を回避したようです」
「……犯人は何処に行ったんですか?」
「本官はそちらの横道から駆け付けたので、恐らくは大通りの方に。しかしもう遠くへ行ってしまったようですね」
「―――成程。有難うございました」
ここが都会だったら交通機関の多さと人の密度で追うのも馬鹿らしくなったと思うが、嬉しい事に人が多いだけの田舎だ。遠くからこの学校に通っているなら大抵は電車を使うし、ある程度近いなら徒歩やバスになるとして……バスと電車はこの時間だと待機時間が発生する。家族に車で迎えに来てもらうという発想もあるが、あんなに取り乱していてそんな冷静な行動に出られるかは微妙だ。考慮に値しない。走って何処までも逃げるつもりだったという方がまだ考えられる。
「…………どうしたもんかな」
とりあえず町中の痕跡を探してみるしかない。カゴメの髪型は地毛と言われてもまず信じてもらえないくらいには目立っているし浮いている。赤い髪の女の子はどこに行ったと聞いて回れば多分なんとかなる。途中で海東が振り切っているとは思えない。
昔、俺も試した。 本当にお化けなのかを確かめる為にぴったり背後をついてこいと言って。結果は言うまでもないだろう、こんな時に引き合いに出したのだから……分かる筈だ。
友人様のお望み通り、背中から全く離れなかった。
案の定、赤い髪の女子の目撃情報は何処までも先まで続いた。幾ら体力にそこそこ自信があると言っても走らされた距離の総計は計り知れない。五回も休憩を挟んでまだ姿も見えないなんて、海東は疲れ知らずなのか。
そろそろ土地勘も通じなくなってきたので携帯で地図を確認すると隣町まで移動していた。隣町……外出を頻繁に行う生活サイクルならもっと素早く二人を見つけられただろう。なにぶんそのように穏やかな休日とは無縁な日ばかりで。
それで、目撃情報はこの辺りで最後なのだが、工業地帯とはどういう了見だろう。一般人は立ち入り禁止だし、仮に禁止されなくても用事なんてそうそう生まれない場所だ。まさかとは思うが、カゴメを振り切る為に不法侵入をしたのだろうか。
そう考えたら目撃情報が途切れたのも納得が行くが、俺が特徴として挙げた髪はカゴメのモノであり、それが情報として途切れたなら彼女も……
―――やめたやめた。
ここまで走らされたからには成果を求めたかったが、何処を目的地として逃げているかもわからないのに。これ以上付き合っていられない。家に帰ろう。俺まで迷子になったらとんだ笑い話だ。勿論タクシーを使わせてもらう。歩き疲れて、これ以上は自分の足で歩きたいと思えない。駅まで歩くのすらごめんだった。
工業地帯から少し離れたところに場所を指定してタクシーを待っていると、携帯に着信が。覚えのない番号からの着信だが……番号からして、そう遠い所在地の人間ではなさそうだ。
『もしもし?』
『友人様ぁ~!』
『うわああああああああああ!? ええ!? カゴメぇ!?』
勿論これもフリ……と言いたかったが本当に驚いていた。彼女は携帯を所有していないから、このようなシチュエーションが成立するとは夢にも思わなかった。
『お、お、お前。携帯を買ったのか!? え、え、え? もしかして契約者は俺? やめてくれよ! バイトをしないといけなくなる!』
『ククククク! 友人様はやはりいつだって最高の恐怖を私に下さいますのね! 聞いてくださいまし? 人間様と来ましたら、自分こそが友人様に相応しいのだと仰ったのですよ? ホホホホホ! 滑稽でございましょう、節穴でございましょう! 友人様に相応しい方はただ一人でございますのに』
『き、切るぞ! いいよな?』
『お待ちくださいませ。友人様の誤解を一つ解きたくございます。よろしくて?』
『……誤解なんてない。お前が俺を驚かした、俺はまた情けない声を上げた。これで話は終わりだ』
『私は携帯を買っておりませんわ。これは人間様の所有していた携帯電話でございます』
『…………』
じゃあこの番号は……海東の。
『なあ。お化けってさ、人を呪い殺すって側面もあるよな? まさかと思うけど』
『友人様はいけずでございますね♪ 死んでしまったらそれきり恐怖をもたらしてくれないではございませんか! そのようなやり方はつまらなくてよ。ですから私、人を殺めるような真似はいたしませんわ。これは落とし物で……人間様が自ら手放したのですわ』
『…………言ってる意味が良く分からない。落とし物を勝手に拾っておくドッキリか?』
『それも悪くありませんが、もっと楽しくいたしましょう!? 友人様、今夜は私に協力してくださいまし。お化けの意地にかけて、言わせてみせますわ!」
「もう、やめてくれ、と♪」




