悪戯も過ぎれば大悪事
テストの結果なんてドキドキするのも今はもう馬鹿らしい。俺の関心はとっくにカゴメの気を引いた男子の方に移っていた。中庭での一件以降、彼女は俺に対する執着を一時的に止め至って平和な時間を過ごせている。
「いやーまじか! どんだけ良い点数取っても彼女盗られちゃうんだもんなあ! だったらテストの点数とか要らないよなあ! わはははは!」
羽山の煽りなんてどうでもいい。生まれてこの方カゴメを盗られた事がなくて動揺している。自分でもどうかと思うくらい冷静になれていない。ただ一言”交際している”とさえ言えればこんな問題は起きなかったのかもしれないが、それだけは口に出来ない。だからこうなった。
―――カゴメの奴、何がしたいんだか。
この際、新聞部が見だしのインパクト欲しさにとんでもない記事を書いても許そう。ただ俺は気になるだけだ。テストは勉強に時間をかければ少なくとも八〇点は取れるが、彼女の心を読むのは幾ら時間をかけたって出来そうにない。正体を聞いてはいけないというルールに抵触しないよう、これまでは隠れて探る事もしてこなかったし。
そういう意味だと今は監視の目を逃れているとも言えるが……問題はこの後の動き方だ。どんな状況に陥ってもルールは守る。今、意識して破らないようにするべきルールは『カゴメを好きになってはいけない』……もとい、好きになっていると悟られてはいけない、だ。ここで俺が血眼になってあれこれ探ったらカゴメから見ても傍から見ても好きな女の子を盗られて焦っているようにしか見えない。あの男子がルールを破る前に俺が破ったら本末転倒だし……一先ず、焦らない。
「人間様! 今から会うのが楽しみでございますわ!」
放課後になった途端、カゴメは手早く荷物をまとめて自分に物騒なラブレターを贈ってきた男子の下へと行ってしまった。簡単に告白に靡くような彼女を軽蔑する人間は一人もいない。多くの見解は俺に魅力がなかったから仕方ない、だ。
「お前等、特にノート借りてる奴は後で覚えとけよ。貸してやらないからな次から」
「わ、私は何も言ってないかんね!? アイツらだけだから! 男子はいいよアホだし!」
「ていうかノート、女子だけに貸さない? そしたら色々平和になると思うんだけど?」
「うわ、カゴメにフラれたからってもう探すのかよ。節操ないな―お前!」
「だから恋人じゃないんだって……これだけは幾ら言われても認めないぞ。ていうかお前達……誰でもいいや。俺を馬鹿にするのは結構だけど大好きなカゴメが簡単に誰かの手に渡った件については何も言わないのか?」
カゴメがここまで人気な理由だが、実は俺も良く知らない。知らないというと語弊があるのだが、幾ら世話焼きの優しい性格であってもあれは異常だと思わないだろうか。中庭に向かうだけで周囲の人間が事態の行く末に文字通り釘付けとなって他の予定など一切知らないとばかりに見守っていた。
羽山が面白がっているのは単に俺を腐したいだけで、そうでない人間なら知らない男女の告白紛いなイベントが成功しただけの話。彼女の赤髪に引かれて何となく見ようと思ったとかでもいいが……見て何の感想もないのはおかしいだろう。しょうもなかった、よく分からなかった。何でもいいから感想があれば良かったのに現状、そういう話は聞こえてこない。
まるであのイベントを見るのは学生にとって当然であり、そこに意味や感想を持つ必要性はないかのような……もう分かるだろうが、カゴメはまともな人間じゃない。お化けとも言いにくい(お化けは人間の対義語ではない)が、とにかく正常ではない。
そこに人気の理由があるくらいは想像もつくが、これ以上は駄目だ。ルールを判定しているのは他ならぬカゴメ自身。調べようと思ったなら、決してその感情を悟られてはいけない。
「だって……なあ?」
「うんうん。分かるよ。うちらのクラス全員同じ気持ちだよね」
「我ら生まれた場所は違えど信じる者は同じってな!」
「そんな端折りすぎた三国志はない。何だ? 悪いけど察しが悪くてな。部活に行く前に答えを言ってくれ」
「「「「「カゴメはすぐに帰ってくるからさ!」」」」」
まるで合言葉だったように見解は一致し、満足したクラスメイトは各々の部活へと散っていった。残された俺は珍しく一人で……珍しく、部活に行こうと思った。部活動は学校としての規則上任意加入だが、同調圧力的な何かによって実質的な強制加入となっている。俺はその中でも自由な方だ。なにせこれまではカゴメが悪戯と称して頻繁に部活を欠席させてくるから、幽霊部員になってしまった。今年入った一年生を除けば部員とは面識があるものの、今更顔を出すのも何だか気恥ずかしい。
だがカゴメが居ない以上は特に用事もないし、出した方がいいだろう。テストも終わって、勉学の顔は暫く見たくない。それに部員達なら、カゴメにラブコールを送った男子について詳しいだろう。
何せ彼らは、野次馬のプロだから。
「どうも、久しぶりっす、部長」
「お、来たな? 話題の人物!」
ロマンがあるとかないとかで唯一旧校舎に部室を構える事に成功した変わり者の部活、だが空気感が好きだった。だから入部届を出すだけ出して……一員になりたかった。
部室の奥でボロボロの机を並べて長机のように見せかけている三年こそこの部活の―――新聞部の、部長。二色誠也だ。何事も形から入りたがるタイプであり、彼のジャーナリストのイメージは何をどう間違ったのかバンダナ姿になる事だ。本当は衣装とか作りたかったらしいが部活を逸脱するとの判断が為されて許可が下りなかったらしい。
「まさか幽霊部員殿がここに足を運ぶとは思わなかったな! 仮にもお前は二年生、新入部員共にも挨拶をさせようと思っていたのだが、間が悪い。取材に行ってしまった」
「や~別にいいんじゃないすか? 部活に顔出さない奴に先輩風吹かせられてもうざいだけだし、俺はその、あんま馴染めてないんだ」
「それは幽霊部員だからだろう? 出席もせず馴染めたら超能力の類だぞ。或いは凪白に人知を超えたフェロモンが搭載されているか……いや失礼。たとえ幽霊部員だろうと可愛い後輩に変わりはないからな。つい話したくなった。用件は?」
まあ座れと促されて目の前の椅子に座ると、今にも壊れそうな悲鳴が脚から上がった。この椅子、本当に大丈夫だろうか。
―――せめて座布団くらい下さいよ。
座り心地……俺はともかく他の部員は気にしていないのだろうか。古ぼけた椅子のなんとやかましい事か。重心を変えるだけでミシミシと震えてしまう。
「用件は……部員として、部長に調査をお願いしたいんです。御存知かと思いますが今日の昼休み―――」
「皆まで言うな、その話を記事にしようとしていた所だ。『学園を揺るがす秀才生徒、寝取られに散る!』 いいタイトルだろう」
「そんな前代未聞の点数は撮ってないし寝取られてもないし! そう、そのカゴメがついていった人について教えて欲しいんですよ」
「それはまた、奇遇だな。部員を取材に行かせた理由も正にそれだ。彼は一体何者なのか! 霊能力者とのツテがある―――タダモノではない」
それは思った。
てっきり役者にでも頼むつもりなのかと思ったが、あの尋常ならざる雰囲気が役者ならどんな一流を呼んできたのかという、これはこれでタダモノではないとする要素として数えられる。
「あ、俺が頼むまでもなかったんだ。じゃあ進展があったら携帯に連絡してください。頼りにしてますんで」
「部長を顎で使う気か? せっかく部室に来たんだし少しは働いてみたらどうだ。カゴメちゃんも居ないなら気ままにやれるだろう」
「はぁ。何をすれば?」
「お前は可愛い後輩だが幽霊部員だ、簡単な仕事しか任せるつもりはない。あの霊能力者を名乗る男は実は中庭へと向かう前にこの学校のありとあらゆる場所に盛り塩を置いていった。無許可ではなさそうだが、回収もせずに彼は敷地の外へ出て行ってしまったからな。軽い掃除のつもりでここに集めてくれ。もしくは―――」
「もしくは?」
「カゴメちゃんの事を話せ。凪白、お前は意図的に何か情報を伏せているだろう?」




