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ハニトラは幽霊嬢の嗜みでしてよ  作者: 氷雨 ユータ
1ST ××× 肝試しの時間ですわよ

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4/25

破滅を譲受す

「はーい。それでは出席番号順にテストを返していきますねー」

 教科担任の性質はそれぞれだが、優しそうでも厳しそうでもその一言が生徒にとって何より緊張感を与える。俺の方はまた違う緊張感だが、何にせよテストが返ってくる日はいつにも増して空気が張り詰めている。

「先生! 早く終わらせましょうよ、俺霊能力見たいっすよ!」

「はい?」

 ……などと呑気な発言をしている約一名については例外とさせていただきたい。さっきも話していた彼の名は…………思い出せないので生徒手帳を確認する。

「羽山……か」

 実を言うと、カゴメ以外の名前を記憶出来ない。それは先天的な病気や性質ではなく、彼女の手によるモノだ。記憶が消えるのは決まって夜、眠って起きればもうはじめまして。

『友人様ぁ? この部屋に居るのは私と友人様の二人だけでしてよ? 他の人間様について覚えたままでいらっしゃるのは私に対して不誠実でございますわ。忘れなさって、全てを。明日また、思い出せばいいだけではありませんか』

 そんな風に嫉妬されて、毎日記憶が無くなるようになった。幸いメモは禁止されていないのでこうして出会った人間の名前をメモしておけば支障はない。記憶が消えていると言っても、顔と名前は不思議と一致してしまうのだ。

 もし支障があったとすれば、両親の名前をメモなんてしていなかったからもうとっくに思い出せない事くらいだが悲しいとは思えなかった。名前も知らない誰かの為に、俺は泣けないらしい。

 ……とここまでカゴメのせいにはしてきたが実際どうなのかは不明だ。彼女がそう言っているだけという可能性も勿論ある。本当にお化けかどうかわからないという言葉の真意とはお化けらしさが皆無だからではなく、人間っぽすぎる見た目に反して行う所業が一般にイメージ出来るお化けではないから正体が分からないという意味である。

「凪白悠!」

「はい」

「いつも優秀ですね。満点を目指して頑張ってください」

 国語の点数は、八四点。万が一はなくて助かった。羽山に向けて見せびらかすように答案を見せると彼は「だる!」と言って椅子をばたばた動かした。

「先生はこいつを贔屓してます! 生徒を贔屓にしていいんすか!」

「贔屓にしていません。ノートをきちんととっていて抜き打ちテストでも点数の揺らがない生徒に高得点をあげられないなら一体何で評価すればいいのですか?」

「こいつは人の名前を全然覚えられませーん! あとあと、方向音痴! えーと、後……」

「大丈夫だよ、今回は覚えてるぞ羽山。方向音痴に関してはこの町がおかしいだけだ、俺が通った道と帰る道が違うんだよ……恐ろしい事に」

 欠点をあげつらって馬鹿にしようという試みは失敗に終わったようだ。羽山の点数は俺の半分以下、ノート点も込みでギリギリ赤点回避といったところ。カゴメの机を通り過ぎると、彼女はたまらず椅子を弾き飛ばし、力いっぱい俺を抱きしめた。

「友人様、流石でございますわね! 出だしは順調、惚れ惚れする学力でしてよ!」

「お前、去年もずっとこんな調子だったけどよく飽きないな! 離せ! 恥ずかしい!」

「友人様の頑張りを褒め称えるのは当然のことでございますわ! ククク、接吻は友人同士でもしますのよ? 頬にして差し上げますわね!」

「やめろ! 違う! 友達同士では絶対しない!」

 


「俺にしてくれ!」

「男子キモーイ! カゴメちゃん、私にしない? 私だったら大丈夫だよ!」



「あらあら、逃げられてしまいましたわ……」

 学校でもこんな調子だから、事情を知らない人間は俺とカゴメが恋人だと思うかもしれない。だが違う。誰にどんな状況で尋ねられても”違う”と発言するしかない。ルールを破ったらどうなるかを自分で試す気はない。

 にわかに騒ぎだすクラスメイトを楯にどうにか席には戻れた。名前も思い出せないクラスメイトがカゴメに対してやたらと好意的なのは随分奇妙だ。彼女は確かに優しいが、俺に対する態度を見て一線を引く気にならないのは常識的ではない。

 誰も気にしなくなったらカゴメのタガが外れてもっと積極的になりそうだから、これはこれでいいのだけど……


 ―――霊能力者かあ。


 よくわからないが、カゴメは本当に除霊出来るのだろうか。その手の人間を安易にインチキとは言わないが、自称お化けの少女は誰の眼にも見えているし、触れるし、話しかけてくる。今後の商売すら左右しそうな依頼なんてよくぞ受けたものだ。

 羽山は無性にその結果が気になっている様だが俺も無関心とまでは行かない。自分で試す気にならないだけでカゴメについて知りたい気持ちは同じだ。除霊に彼女は抵抗するのか、抵抗するとしてどんな手段に訴えるのか……野次馬根性として気になった。

 霊能力者がいつ挑戦するかは聞かなかったが学生の隙間時間と言えば昼休みか放課後だ。どちらも実に待ち遠しい。テストの結果も幸先が良かったのだ、不安は欠片たりとも存在しない。今から報酬を考えておかないと。

 誰に何をされようと、カゴメは父親から貰った最初で最後の贈り物だ。

 

 だから、俺のだ。




















「友人様、どうやら此度の報酬は豪華な代物になりそうですわね!」

 昼休みになった途端、クラスがざわつくようになったのはきっと気のせいではないだろう。誰しもが色めき立ち、平静を装えないでいる。ただ一人カゴメだけが尻尾のような髪を揺らめかせて俺に話しかけてきた。

「やっぱり報酬があるのはいいよな。それをモチベーションに頑張れる……で、この騒がしさなんだけど―――」

「存じ上げなかったのでございますね。実は私を除霊しようという人間様が来校しているようなのです。友人様、どうか私についてきていただけませんこと? 恐ろしくて、震えが止まらないのですわ! カゴメを守ってくださいまし……」

「…………いいけど、何処でやるんだ?」

「その悩んでいるようで実際は即決なところ、素敵でしてよ♪ それではご案内いたしますわね♪」

 ルールを破らない為には自分でも防衛線を引いておく事が何より大切だ。おやつにバナナは含まれるかどうかという古来からの疑問、含まれるとした場合俺なら怒られる可能性を考慮してそれ以外の果物も持って行かない。これはそういう話だ。あまり乗り気だと『正体を探ってはいけない』というルールに抵触する可能性がある。判定者が誰なのかを想像すればこのくらいの防衛線は基本中の基本だ。

 カゴメに手を引かれ廊下に出ると、俺達の動きに合わせて多くの学生達が波のようにうねりを上げた。学食に走ろうとしていた人間でさえ、はたまた先輩に顎で使われてお使いをしていた一年生でさえ足を止めてカゴメの後をついてくる。

 見る者全ての視線を奪ったままカゴメが俺を連れてきたのは学校の中庭だ。特に利用目的のない空きスペースであり、殆どの場合は昼休みに学生がたむろする場所になっているのだが今度ばかりは違った。中央に立つ山伏の装いをした男がじろりとこちらを見つめていたから。

「そちらが例のお化けか…………」

 壮年の男性は俺を見るなり錫杖をシャンと打ち鳴らした。何故か……勘違いされている?

「いやあの、こっちです。こっちの赤い髪の」

「違う。それは分かっている。だが貴方の心は既に―――」


「さ~あ! カゴメ! 除霊されたくなかったら俺と連絡先を交換しろお!」


 間抜けな声が男性の背後から現れる。長身痩躯の男こそ、カゴメにお近づきになろうという学生か。呼び捨てにしている事から、先輩か同学年だろう。

「人間様? ワタクシ、お化けですがほんの少し悪戯が好きなだけでございまして、あまり害意は持たないようにしてあげているのです。私との契りをお望みならば、好きに悪戯をして構わないという理解でよろしくて?」

 人の返事も待たず、彼女は俺と成れたように腕を組んで頭を寄せた。

「こちらの友人様は日々私の悪戯に驚いてくださり、大変満足しておりますわ♪ 人間様は私の新たな友人様となりえるのでしょうか? でしたら私、夫婦の誓いも構いませんわよ?」

「お、おいカゴメ!」

「ふ、夫婦!? わ、分かった!? 自由に悪戯をしてくれていいぞ!」

「おい、貴様、話が違うぞ! 儂に除霊を任せるのではなかったか!?」

「あーもういいもういい! 帰っていい! お金は払うからさ、ちゃっちゃと帰っちゃって!」

「………………好きにせい」

 山伏の男性はわざとらしく錫杖を打ち鳴らしながら中庭を後にした。去り際、俺の手に山盛りのお札を乗せて。

「……は? え? え?」

 戸惑う俺を尻目に男性は脇目もふらず昇降口へと歩いていく。殆ど流れで受け取ってしまったお札の対処に困っていると、いつの間にかカゴメがこちらへ振り向いて微笑んでいた。いつものように指先で口を隠して。

「友人様。暫しのお別れでございますね。味見をしてまいりますわ」

「…………え、えっと。いってらっしゃ……い?」

「あら、もっと素敵な言葉を下さると思っていたのに薄情ですこと。でも構いませんわ、友人様はいつだって私にとって最高の餌でいらっしゃいますから♪」

 彼女の手が束になったお札を掴むと、あんなに綺麗だった紙は瞬く間に崩れ落ちてバシャと握りつぶせるまでに劣化した。

「これは友人様には不要な物でございますわ。真に必要なのはこちらでしてよ」

 そんな言動に反して彼女は何もせず、そのまま男子生徒の方へと向かってしまった。「さあ、何処へなりとも参りましょう?」と俺を置き去りにして。

「うははははは! お前! おい、悠! 大々的に恋人とられてんじゃん! やば! 俺新聞部に垂れ込むわ! こりゃあすげえ! おもしろ! うははははははは!」

  敗者は敗者らしく嘲笑を背中に浴びて、俺はその場を後にした。誰にも気づかれない様に指を隠して。羽山の戯言なんて俺は信じない。カゴメは俺を捨ててないどころか、むしろ絶好の機会がやってきた。

 かつて俺が父に教えられたルールは、他の誰にも周知されていないしカゴメ自身も口にしない。事情を知らない人間が遵守するのは不可能で、きっとどこかでそれを破る。見届けないと。

 この、左薬指に嵌められた指輪のような黒い痣に誓って。 

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