クラスのミス・ゴースト
「さあ、友人様。学校に参りましょう?」
く、靴はいいよ。自分で結べるし」
「友人様、成果を確認する時ほど気を緩めてはなりませんわ。勝って兜の緒を締めよとも言われているでしょう? 自信があるのはご立派ですけれど、恰好がだらしないのに優等生と呼ばれては示しがつきませんわよ」
「自分で結ぶんだって! カゴメに任せていつか自分で結べなくなったらその方が情けないだろ!」
「……友人様がそう仰るならよろしくてよ。でもせめて手は繋がせていただきますわ。それは、拒まれませんわよね?」
「……い、悪戯はやめてくれよ。危ない悪戯は特に。電車の線路に突き飛ばすとか」
「まあ! 私を何だと思ってらっしゃるのっ! 友人様は私にとって特別な御方であり、大事な悪戯相手でございますわ。そのように風情のない悪戯はいたしません! その驚く顔を、わたくしは何よりも愛しております故……!」
玄関で自分の両頬を覆って恍惚の笑みを浮かべるカゴメについつい見惚れてしまう。自分でやると言ったばかりなのに靴紐を結ばないのは何故だ。条件反射で逆らったと言われても癪だったので慌てて結んだ。
着物は着るにしても脱ぐにしても時間がかかる筈なのにどうして朝の家事を一通り済ませた上で俺より早く着替えられるのかは永遠の謎だ。真紅で染め上げられた髪には真っ白いブラウスが良く似合う……いや、お化けに白色が似合うのはある意味当然かもしれないけど。
「それじゃ、行こう」
「ええ、参りましょう♪」
お化けには体温がないとか触ると体に怖気が走るとか様々なイメージがあるだろうが、カゴメと長く過ごしてきた俺が真実を伝えよう。体温は確かにない。時間を置いて手に触るとひんやりと冷たいのは事実だ。
しかしいつまでも冷たいままかと言われると語弊があって、体温は『ない』のだ。身体に長い間振れていると俺の体温が移動して彼女の身体は嘘みたいに温かくなるから、一緒の布団で寝ても案外気にならない。それどころか身体はこの世の者とは思えない(お化けだけど)ほど滑らかでハリがあり、触っているだけで思考が取り憑かれたように支配されていく。すべすべの石鹸とふかふかのクッションを同時に触っているような……上手く言えないが、そんな中毒性がある。
「友人様、どうかなさいましたか?」
「今日はネイルしないんだなって思って」
「あれも一種の悪戯、でございますよ? 友人様の眼を掴んで離さない魅惑の柄はそう簡単には見つかりませんわ。私はお化けでございますから、悪戯にも矜持を抱いてましてよ」
「矜持?」
「『悪戯とは、その者の目を決して逃がさない』のですわ。さて、友人様。そろそろ私の事―――”スキ”になりまして?」
「いやあもう全然! 全然全然! もっと俺を夢中にさせないと言えないなそれは!」
カゴメは「残念ですわ」と言いつつ、口元を隠して優雅に微笑んだ。決して気を緩ませてはいけないような質問なのに、登校風景は傍から見ても至って平和だ。あまりに目立つ髪色を除けば、仲のいい友達が並んで歩いているだけにしか見えまい。
彼女の視線を合わせないのは不可能だ。何の気もなしに横顔を見ようとするといつも目線が合う。目が大きいから目力が強く圧力が……なんて言いたくないが、たまにすべてを見透かされているような気もして、怖い。メイクには詳しくないから大層な事は言えないが……殆どの場合はどの女子からも感じられないような色気を感じて、滅茶苦茶に好きだったり。
一番好きな目つきは、夜の時にしか見せてくれないけど。
のんびり歩いているつもりもなかったが運悪く踏切に捕まって足を止める。警笛の鳴る中、カゴメは手の甲で俺の腰を軽く叩いた。
「友人様。お友達とはどのように過ごしていらっしゃいますか?」
「どのように……って?」
「友人様のご要望を受けて私は在校中、多くの人と話させていただいております。皆さまとても素敵な話をしてくださるのですが、その影響で友人様の交友関係を詳しく知らないのでございます。どのような方と仲良しであるのか、教えて下さらない?」
「いや……そんな際立って特別な人とは仲良くなってないけど。でもそうだな、点数が気まずい男子は俺に頼りに来るかも。ノート点を稼ぐためにノートを貸せとは言ってくるかな……」
「分け隔てなく手を差し伸べるその博愛、素敵ですわ~♪ しかしそのノート、無事に帰ってきているのですか? 例えば悪戯として―――中身を全て消されてしまうとか!」
「そんな事されたら二度と貸さないだけだから大丈夫だ……おい、まさか」
「私はそのような悪戯を誓っていたしませんわ。だって生の反応が見られないではありませんか! 私の知らない内に驚かれても、そこには何の愉悦も見出せませんことよ?」
警笛が鳴りやみ、道が開いた。学校はもう少し歩いた先にあるが、なんだろう。嫌な予感がする。そのような悪戯はしないと言ったが、一切の悪戯をしない訳ではない。テストに関連しないなら或いは……もう仕込みは済んでいるのかも。
「ああ、そうそう。未だによく聞かれる事があったな。カゴメと俺がどんな関係なのかって」
「友人様でございますわね」
「そうなんだけど納得が行かないみたいでしつこく聞いてくる奴が居るんだよな。何て言えばああいうのって満足なんだろうな。赤の他人ってのも違うし、恋人ってのも……なあ?」
「答えのない問いでございますわね。お困りなら私が代わってさしあげますわ。友人様の苦痛を取り除くのも私の役目でございますから♪」
自分が優秀だと分かっていても、テストが返ってくる時ほど怖い時間はない。何せこの秀才は、作られた秀才だ。地頭が良いからどんな考査も楽勝というより、頭に入るまで何度も復習してそれを発揮しているに過ぎない。何かの間違いは十分に起こりうる以上、気が抜けなかった。
「よう、悠! カゴメを連れてきてご苦労!」
「お前の為に連れてきた訳じゃないけど、おはよう」
HRはテスト前の生徒にとって細やかな幸せの時間だ。この後から教科毎にどんどん返却されていく。残念ながらカゴメとの取り決めは俺達が勝手に作った物なので、最終結果自体は明日まで持ち越しだ、今日は『地理』がない。だがそれ以外の点数が判明するなら報酬ラインある程度確定するので……最後の教科にすべてを託そうとはならなかった。
「カゴメ~! ウチさ、マジ寝ずに勉強したから! 凄いからマジ!」
「今日も髪が綺麗すぎるんだけど何かお風呂で使ってんの? 教えてよそろそろ!」
「皆様、あまり緊張されてないのですわね。友人様はやはり肩を張りすぎたやもしれませんね!」
女子の方は―――早くこのかったるい時間を終わらせてほしい、が本音だろうか。あまり成績を気にしていそうな様子は見られない。寝ずに勉強したという発言はあのノリなら大体寝ている。きっちりかっちり八時間は寝ている。
「そういやお前、あれだぞ。面白いぞ、今回のアレ」
「……カゴメに対する告白か? 俺が関わる問題じゃないから好きにやってくれていいんだけどな」
お化けは生者である俺を差し置いて異常と言って差し支えないくらいにはモテる。学生らしからぬ艶やかな空気感となんだかんだでムードメーカーなところで惹かれる人間が多いのだろう。珍しい髪色なんてもうとっくに誰も気にしてない。このクラスは恋愛を抜きにしても一因として歓迎出来ているが、他のクラスではカゴメに振り向いてもらう為にあらゆるチャレンジを行う狂人も居るくらいだ。
『人間様は此度も滑稽ですわね!』
なんて言われて、相手にされないけど。
「入学当時さ、カゴメの奴自己紹介でお化けって自分で言っただろ。もう誰も真に受けてなんかいないけど、隣のクラスにお化けならって霊能力者呼んだ奴が居るらしいぞ」
「……えっと、要領を得ないな。何が言いたいんだ?」
『皆様、はじめまして! カゴメマコトでございますわ! 古い知り合いはそこな友人様しかおりませんが、共々仲良くしていただけませんこと? これでも私、お化けですから、人間様との交流も大切にしていきたいのですわ~!』
あんな挨拶、まともに受け取る人間がどうかしてる。電波系かと思った奴も居たが、そりゃそうだとしか。今はもうそんな事を思う人間もいない、電波系と蔑むには世話好きで、話が通じすぎて、何より美しいから。
「あの挨拶を誰かから又聞きして霊能力者を呼んだ? 除霊するって事か?」
「除霊されたくなかったら連絡先交換しろっていうらしいぞ! すっげーバカみたいな光景だろ! 俺、現場見てえ…………!」




