死者に非ずんば去ね
今朝のニュースを何か知っているだろうか。見ていないなら、朝刊でもいい。新聞を取っていないならSNS、或いは人からの伝聞。ありとあらゆる手段を使っても構わないから、誰か俺に普通のニュースを教えてくれ。
猫が警察所内に入ってきて逮捕されたとか、昨夜の地震で電柱が倒れたとか、泥棒が捕まった、今話題のグルメ、何でもいい。そういう日常を感じられる他愛もない話題をどうか俺に提供してくれ。
「…………嘘、だろ!」
社会の歯車、それが日常の合言葉。陳腐な日常、変わらない日々、平和、平穏、その他諸々。楽しさとは縁遠い退屈な話題を出せる人間が居るなら今すぐ俺に知らせてほしい。
「あら、友人様♪ 驚いてくださっていますか? しかしこれは別に私が手引きした物ではなく然るべき流れですが」
「何が起きてる!? どうなってるんだ!?」
俺の目に飛び込む情報───いや、目なんて限定するのはおかしい。どんな媒体を介しても伝わってくる朝の情報はその全てが幽霊に関連する話題であり、ただの一人もそれに対してまともなコメントをつけられないという凄惨な様子だった。俺が最初に見たのは朝の情報番組だが、生放送を謳ったばかりにとんだ放送事故だ。
デマと呼ぶには実際に死者が出ている。
捏造と呼ぶにはあらゆる媒体から似たような事件が発信されている。
急遽呼び出しがかかる霊能力者は等しく取材に応じない。
再現性を何より重んじる科学という常識を心霊が打ち破る日は来ないと思われたが、正に今日、心霊は現実を毀損する形で頭角を現した。カゴメは嬉しそうに腰を捻って謎のダンスを踊っているが、俺にはそれに反応してやれるだけの余裕がない。
「……これ、お前の仕業じゃないんだよな?」
「はい」
「実は俺のテレビだけが虚偽の内容を放送していて周りは違うなんて」
「全ての人間様が同様のニュースを見かけている筈ですわよ」
「………………」
なら、俺に出来る事は何もない。カゴメの単独犯なら怒るつもりだった、悪戯の度合いを超えているどころか、リアクションもさせてくれない癖に規模だけは無駄に大きく悪質なのだとクレームを入れていた。それが出来ない。カゴメは何もしていないから。
「嘘じゃないよな?」
「私の主食は友人様の恐怖でしてよ? 怖がらせる方法を問わなければこれも私の仕業と言えるかもしれませんが、このような方法は恐怖を不特定多数から巻き上げる方法であり、私に言わせれば品がございません。”恐怖”と一口に申し上げても、それは個人によって味が変わりますわっ」
「…………」
これも信じるしかない、と言いたいが祓女に真実を告げられる前であっても俺は信じただろう。これまで俺は驚く演技だけで彼女との約束を守ってきた、それを疑われる事も不満に思われる事もなく、カゴメ的にはずっと”驚いた”判定を貰って生きてきたのだ。
人間は恐怖を味わえる存在ではないが、その感情の味に個人差がないならカゴメは俺を特別視しない。理由はそんなところ。
「ハシキも関与してない、よな」
「アレはアレでこのような真似はしませんわよ。人間様が食べ物一つとっても様々な調理法を用いるように、あれも美食家ですから」
「じゃあどうすりゃいい!」
「何がです?」
「止め方だよ! 俺には何も出来ないじゃないか! と、止めないと! 流石にこれはまずいだろ!?」
「友人様にも人類に対する愛情はまだ残っていらしたのですね。止めるその心意気は素敵だと思いますが私は力を貸しませんわよ? 友人様の生活さえ守れれば満足ですから!」
「お前は………いい! 邪魔さえしなければ! 絶対、絶対邪魔するなよ!」
「はい! 友人様の勇気ある行動が上手く行く事を祈っておりますわ! 朝ご飯、出来上がりましたわよ」
「…………それは、食べる」
冷蔵庫に水を取りに行くと、扉を開けた瞬間にカゴメの髪の毛がペットボトルを取っていた。
「うわあああああああああ!」
「クキキキキキ! 油断していましたわねっ!」
「お、お前なあ!」
これは本当に驚いた。
カゴメのリアクションを気にしている暇なんてないのだから。
「無理ですね」
「はあ!?」
高校へ向かうなり旧校舎の屋上で祓女に事態の説明を求めると、彼女は抵抗する事なく端的にそう言った。
「無理って、どういう事だ?」
「私の師……現人神介は当世の救世主にして人類最強の霊能力者でした。比肩する者の存在しない程その力は強く───他の霊能力者等不要。それ程の人物であり、それ程の人物が為すすべもなくカゴメマコトに殺されてしまった事の意味がお分かりいただけましたか」
「何が言いたい?」
「現人神介以外の霊能力者は研鑽を忘れ、人々から搾取する道を選んだのです。ですからもう誰にも激化した悪霊に対応する事は出来ません。私は彼の弟子故に可能ですが、私一人では凪白様の近辺を守るくらいが限界です」
「…………ただ人類が殺されてるのを黙ってみてろって言うのか?」
「正義の味方は、死にましたから」
「だが、ニュースメディアは死んだわけじゃないぞ!」
昼休みにも近所迷惑な声を高らかに叫ぶのは恐ろしくも軽率軽薄な新聞部の部長、二色誠也。この人が話に混ざるとややこしくなると思ったから屋上を選んだのに向こうから来るなんて思わなかった。
「あの、大事な話の最中なんで帰ってもらって」
「馬鹿な、今こそ我らが新聞部の出番ではないのか? 少なくとも俺は幽霊部員が我が部活を必要としていると感じたぞ?」
「ど、どういう意味すか?」
「ありとあらゆるSNSが、新聞が、番組が、真夏のような心霊特集となってしまった。オカルト界隈に属さずともこれくらいは知っている、怖い話をすれば幽霊が寄ってくる───幽霊の被害を世界中に報せる事はそれだけ力を与えるのに等しいと」
「ここの新聞だけは汚染されていないと言いたいらしいです。しかし、所詮は学校新聞ですから、影響力については……」
「まあ待て、心を読むな。先があるんだ。我が親愛なる幽霊部員、凪白悠。貴様に一つ聞きたい。カゴメちゃんは貴様を守る気がまだあるか?」
軽く祓女に視線を向けたが、心を読んではくれないらしい。ただ肩をすくめて、それとなく『答えてあげたらどうですか』と言っているようにも見える。
「……自分の仕業じゃないから関係ない。俺の生活さえ守れればいいみたいな事は言ってましたね」
「ならば、私はここに一大企画を発足する。彼女に聞いたのだがどうやら校内の学生は全て殺されて作り変えられたそうだな! 残念ながら俺には殺された記憶がないのだが、仮に俺だけが見逃されていても関係あるまい! 学生が全てカゴメちゃんの影響下にあるならば! 彼らが心霊被害に遭うのは即ち君の生活を侵害する事になるのでは!?」
「……あの、何が言いたいんすか? そりゃそうかもしれませんけど、それでは何も解決しないような」
「なあに、どうせ死んでいるんだから試す価値はある! 果たして我々は心霊現象に遭遇しても被害を受けないのではという実験! 成功した暁には記事を打ち出そう、つまり! 『お化けは怖くありません、私達は死人ですから!』」




