誰もが自分だけの味方を望んでいる
「おい自称最強。噴水に負けて風邪を引きそうになった気分はどうだ?」
「友人様を驚かしたかっただけですのに、どうしてこのような目に……よよよ」
「泣き方が昔過ぎるだろ……」
偽りの青春を過ごせと言われたが、カゴメとの日常だけは本物だ。それだけは記憶も奪われず、出会った時から連綿と続くまごう事なき真実。しかし代わりに俺がカゴメの世話をするなんて新鮮な気持ちだ。上位者になったみたいで気分が良い。
「お化けの中では最強とか、お前には近づかない方が良いとか色んな警告を聞いてきた。最近色々あってさ、ちょっと信じそうになってたんだ」
「……」
「悪いけど、今回のでまた信じる気が失せた。カゴメは自称お化けくらいがぴったりだな」
「そうでございますか。どうぞ、貴方様のお好きなように解釈してくださいませ。私にとって人間様の評判は取るに足らない些末な要素でございますわ。ですが……それは私から見た話でして、今は敢えてこの立場を捨ておきましょう。単なるお友達としてお聞きします。それは危機感が欠如しておられますわよ?」
「仕方ないだろ。誰かさんが記憶を消すせいでそういう経験は歪んだ形でしか得られないんだ。それに……もし本当に危なくなったらお前が助けてくれるって信じてる。もし俺に危機感がないのを嘆くならそれはお前のせいだぞ」
「子供の頃の友人様は危なかっしゅうございましたね」
本物の記憶かは置いといて、昔からこんな生活でも子供は子供だ。うっかり道路に飛び出して轢かれかけた、池の水深を見誤って溺れそうになったというようなエピソードは枚挙に暇がない。父親がやたら不思議なモノに遭遇するのに憧れて俺も変な事をすればそうなれると信じた時期があったのだ。結果は御覧の通り、変なモノというとカゴメくらいで彼女は父親が連れてきた。この話はそれでお終い。
「その度にお前が助けてくれたのを覚えてる」
「私は貴方様の友人でいらっしゃいますから」
「理由なんて、それでいいだろ」
それはそれとして今は祓女の味方だ。カゴメについて調べるのも無力化についても最大限協力する。俺はただたった今彼女が一旦”お化け”の立場を忘れたように俺も純粋に友人としてカゴメマコトを評価しただけ。
さらに言うと、この燃えるような赤い髪の水気を拭きとる時間が暇だっただけだ。女性の入浴時間が長い理由の三割くらいは髪の長さではないかと勝手に疑っていたが、どうやらそれは確信を持っていいかもしれない(カゴメと一緒に入った際は俺の入浴時間に合わせるので何の参考にもならない)。
「……もう、長いなあ! ハシキにやってもらえよ、シャワー浴びた直後のお前の髪なんか水分含み過ぎてちっとも終わらない!」
「それはいけませんわ! 私の身体に触れていいのは友人様だけです! ハシキなんて、あのように下賤なお化けなどに!」
「お前もお化けだろ! ていうか仮にもお化け友達にそんな言い方していいのか?」
「あれも別に私の戯言なんて気にしておりませんわよ」
そんなボヤキも適度に受け流され、諦めて髪を拭くのに集中する事十分。毛量が多すぎるのと俺の手で髪を傷つけたくないという配慮も相まって随分時間がかかってしまったが、ようやく髪が乾いた。
「有難うございますわ。本当はもう少し寄り道をして友人様を驚かせたかったのですが、こうなっては仕方ありません。夕ご飯の準備をいたします」
「俺もまさか家に直帰してお前の身体を拭く事になるとは思わなかった。頼むから食事で驚かせるのはやめてくれよ?」
「さあ、それはどうでございましょうかねぇ」
偽りの記憶、偽りの思い出、それらに抱いてきた全ての感情を覚えていてもそこに実感はない。昔から記憶を消され、今は消すどころか知らない記憶まで作られて。もう俺には本物とやらがなんだかよくわからないし、過去に抱いた感情さえ本心だったかどうかもわからない。
ハッキリしているのはカゴメとの思い出は見分けがつかなくなっても俺にとって大切である。何があっても今は祓女の味方である。たったこの二つだけだ。それさえ貫いていれば後は何も分からなくたって問題じゃない。
「友人様? 今宵はどのようなおかずをご所望ですかぁ?」
今日は分裂する気分になれないのか、二人で夕食を済ませた。ソファで肩を並べてのんびりテレビを見ていると、これまで味わってきた全ての事件も偽りだったのではと思えてくる。つまり祓女の師匠は死んでいなくて、クラスメイトは殺されて入れ替えられたというのも偽り、海東は発狂してないしハシキという怪物の存在も。
ある意味、俺は貴重な存在だ。テセウスの船ではないが、一体どこまで置換されれば凪白悠の人生と呼べなくなるのだろう。最終的にカゴメの存在すら偽りだったとなれば実験は終わり? 継ぎ接ぎの記憶と継ぎ接ぎの体験が果たして最終的に俺をどういう人間にしてしまうかなんて誰にも分からない。
「…………」
人生を滅茶苦茶にされると分かっていて抵抗しない程まだこの世界に絶望していない。俺がこれを許容しているのは偏にカゴメに対する信頼と愛情があるからだ。俺に時間遡行の能力などないから証明は出来ないが、彼女は自分との思い出だけは手を加えていないような気がする。だから俺もずっと信じているし排除というのは乗り気じゃなかった。無力化は……可能なのだろうか。
「最近のテレビは不満でございますわ~」
「心霊かドッキリの質の話か? 時代だろ。お前が好きな感じのドッキリは全部NGが出るんだ」
ドッキリだけの話ではない。心霊番組は以前の放送であった使い回しの映像かドラマ形式で行われる創作でしかも別に怖くない。過去を懐かしむ程年を取ったつもりはないがカゴメから年々この手の文句が増えているのは確かだ。
「むぅ、テレビは娯楽である以上過激であっても構いませんのに」
「構う奴が大勢いるからそうなったんだ。諦めた方が良い。社会は変わらないぞ」
「…………いいえ?」
「ん?」
まさかの所で否定されて思わずカゴメの方を見遣る。その目は細く伏せられているが、隠しきれない悪だくみが滲んでいる。付き合いの長い俺だけが読み取れる危険信号とも言う。
「友人様? 社会は変わらないと仰いましたが、既にこの社会は大きく変わりましたわよ?」
「…………何?」
「例えば、この国一番の霊能力者の没世とか」
「…………!」
カゴメが、人間の特徴を覚えている? いや重要な問題はそこじゃない。そうではなくて気にかけるべきは。
「この国一番を自称する肩書は、例えば私が自称お化けと呼ばれているように本物だからこそ名乗れるモノです。実を言えば私、心霊番組の質の落ち方について心当たりがございます。それはこの国一番の霊能力者が悪質な幽霊を全て除霊してしまったからっ」
「まさか……いや待て。除霊って事はその幽霊はもう居ない筈だ。鎮めたならまだしも居ない奴は蔓延らないぞ」
「生物が死ねばその分だけ幽霊は生まれますわぁ♪ アレの除霊方法は幽霊の意思にまるっきり沿ったモノではなく安易な言い方をすれば強制成仏でございます。果たしてそのような方法で同族を殴りつけられてきた幽霊がこのままで居ると思いまして? きっと大変な事が起きますわよ!」
「幽霊が……人類に敵意を持つみたいな?」
「幽霊と一口に言いましても種族ではございませんからそのような事にはなりませんが、私が思うに悪霊は……より攻撃的になりますわね。そして残念ながらそれらに対応出来る人類は存在しません。理由は―――直ぐに分かりますわ」




