私は世界の異物でして
「ようようよう! 何だよ元気ねえな、休み時間が足りねえか?」
「いや……」
「分かる! 小学校の頃はよくドッジボールしたよな! なんで十五分ぽっちでドッジボールがまあまあ出来たのか今でも分からねえよ。はっはっは!」
カノウケイタの愉快な声が休み時間の教室に響く。俺にも彼にもずっと昔から仲の良かった記憶があるのに、真相を知った今となってはどうしてもその明るさにノれない。
この学校には、もう本物が誰も居ない。
全員、カゴメが作った偽物で。彼彼女達と過ごした時間も全て偽りで。でも俺にはその実感がない。言い換えれば祓女の発言を鵜呑みにするしかないのだ。これはこれで、誰かに操られているような気がするが俺は彼女の味方になると言ったのだから、どんな形であれ肩は持つ。
それに何より、カゴメに気にしている様子が全くない。俺と祓女が協力関係を結んでもお構いなしと言わんばかりに今も女友達と会話している。同じクラスに居る以上相手もまた偽物なのだろうが……俺の為だけにこんな事をするくらいだ。目の前の人間が本物でも偽物でも気にしていないのだろう。
「なあケイタ。放課後、遊ばないか?」
「あーわり! 部活が今日あんだよな、ガチだるいよなあ! 昔はんなもん気にせず遊べたのによお……覚えてるか? お前の親が宇宙人と会ったって言うもんだから町中走り回って捜索したの」
「学校関係ないだろ」
「あん時、沢山宿題あったじゃねえか。でもそんなん気にせず探したよな。でも今は……逆だ。そういう遊びなんかより優先しなきゃいけないモンがある。はー、任意加入ってなんだろうなほんとに」
「……俺も一応入ってるけど、やっぱり陸上部は厳しいか?」
「新聞部だっけか? そうだな、うちは部活がつえーから新聞部なんかよか目を光らされてんだ! カゴメちゃんは…………入ってねえよ、な?」
少し偽りの記憶を探ったが、カゴメが部活に入ったと思われるような兆候は何処にもなかった。
「ない」
「何で強制されねえんだ? 実はどっかに入ってる可能性があるぞ」
「入ってたら一緒に帰れないから違うと思うけどな……」
自称お化けだから文字通り幽霊部員として所属している可能性はゼロではない。俺の真似をしたかった、という動機が十分有り得る。
―――ただ、根本的にはあり得ないんだよな。
出会った当初から思っていたのだが、カゴメは人間にまるで興味がない。見るからに仲睦まじそうに話しているのも―――考えてみてほしい。そこに居るのは既に彼女が殺害し偽物に作り替えた知らない人間なのだ。無関心とは決して嫌いなのではない、細かい事が気にならなくなる心境を言う。
きっと俺も、カゴメとのルールを守っていなければ同じ様に扱われているだろう。もしくは海東のように自分を見失ってしまうか。
「あ、そういや今日は一緒に帰れないんじゃねえか?」
「何で?」
「隣のクラスの奴がラブレター出すって言ってたぞ。脈はまあ多分ねえけど返事しに行くならお前は一人で帰らねえとな」
「…………」
カゴメは、何がしたい?
『偽物のクラスメイトには偽物の記憶が。そこには独立した感情があると、この目にはそう映っています。ですが、たとえ個人として切り離されていても思惑がないとは限りません。凪白様に無理をさせるのを承知で―――どうか、偽物の青春に付き合って下さい。それが手がかりを見つける糸口になるかもしれませんから』
祓女にそう言われて雑談をしたが、カゴメのやりたい事なんてちっとも見えてこない。例えばこれで特定の話題に俺を誘導しようとしたならそれが糸口になるのかもしれないが、ラブレターなんて前から貰っていた。そして大抵興味がない。人懐っこいように見えて彼女の態度はかなり明白で、告白しようと思った途端に失敗すると理解する人間まで居る始末だ。
「…………なあケイタ。海東って奴覚えてるか? カゴメに公開告白した奴をさ」
「おお、覚えてるぞ! 見てたしな!」
「良く考えたら……何であの告白に限ってカゴメは一度受けたんだ?」
それだけじゃない。好きに記憶を捏造された今なら新しい疑問が浮かぶ。直前まで俺が混乱していた理由はずばり記憶の区別がつかない事だったが、何故海東の事はいつまでも覚えていられるのか。祓女を見逃している点もそうだが、やはりそこには意図がある。
「そりゃ、お前よりイケメンだったからだろ」
「身も蓋もないな! だったらカシワエイジはとっくに交際に成功してるだろうが!」
…………聞いてみるべき、か?
カゴメは危険だと皆は言う。けど俺にはその危険が分からない、感じられない。冒すべきではない危険も、俺ならノーリスクで触れられるのでは?
「人間様の名前なんて一々覚えていませんわよ?」
それが告白の返事に赴く前にカゴメから聞いた答えだった。期待していた答えには程遠いが、今までの態度から打倒な答えでもあったせいで何も言えない。今はフって戻ってくるの待ちで噴水の縁に腰を下ろしている。
「…………」
左手薬指に刻まれた指輪のような痣、それを見つめて答えが出る訳もなし。しかしずっと、視線を吸い寄せられてしまう。こんなにも繋がりが強いのに、探ろうとすればするだけ謎が出てカゴメマコトという存在の意味が分からなくなるなんて。記憶違いなら誰かにそう指摘してほしいが、昔の方が彼女を理解していたような気さえする。今は何も分からない。
「ばあああああああ!」
「うわあああああああああああああああああああああ!?」
因みに嘘ではない。返事をして真っ当に戻ってくると思っていたのだ。誰が噴水から背後を取られるなんて予想する。ずぶ濡れのカゴメが背後から覆いかぶさってきたせいで俺もまとめてぐちゃぐちゃに濡れてしまったが、そんな事は重要じゃない。
二人共制服がびしょ濡れになった!
「お、お、お、お前……幽霊ならお前は無事であれよ!」
「はぁ~♪ その反応! 私はその恐怖を紛らわせるかのような友人様の怒号が好きでしてよ! 今日は他の人間様の相手ばかりしてしまってまるでお時間を取れませんでしたからね、たまにはこのような形で友人様を驚かせるのも良きかな♪」
「ふざっけんな! お前だって洗濯とか大変だろうに、悪戯の為だったら後処理の手間なんてどうでもいいってか?」
「分かっているではありませんか。友人様もそうではなくて? 自分がしたいと思った事はどんな手段を使ってでも叶える。例えば、私との戯びに勝つ為であるとか!」
「…………その目的を持つようになったのは最近だ。今までの生活が戯びの一部とは全く思ってなかったよ。ていうかお前……やっぱり俺の動向を見逃してるんだな?」
「友人様ぁ? 私は友人様のプライベートを何から何まで掌握する気はございませんわよ? 家にはきちんと帰ってきてくださいますし、毎晩お傍で眠らせて下さるのですから、それ以上は望みませんわ? 何か後ろめたい事があったとしてもお気になさらず、私はこれでもお化けの中では最強でございますから悪だくみに焦る程の狭量ではございませんのよ」
「そ、そうか…………」
「く、くしゅん!」
「…………」
くしゃみ。
カゴメの。
「家に、帰ろうぜ」
「ええ、まったくしゅん! く、くしゅっ! くしゅ! 肌寒くてよ!」




