イツワリは友人様の希望でしてよ
『はぁ? あのガキが殺されただとぉ?』
「はい、先生。何が起こったのかは分かりませんがハシキが大々的に姿を現わしたようで、凪白様はその影響で殺されたとみられます」
『ほぅら言わんこっちゃねえな! 儂の見立て通りだ、あの野郎やっぱり殺されやがった。儂もまだ手が出せねえ状態だったとはいえ、自分から離れようともしねえからだ、海東共々馬鹿な奴だぜ』
先生の事はこの国を陰から守る霊能力者として心から尊敬しているけれど、今回は……言い方が気に入らなかった。私にとって凪白様は先生に言われるがまま守護させられていただけの困った人その一に過ぎない。互いに特別な感情も無ければ肩入れしたくなるような事情も知らない。けれどあの人は少なくとも……馬鹿と呼ばれてしまうくらい、愚かな人ではなかった。
「…………それで、先生。話を続けてもよろしいですか?」
『おう』
「私は…………校舎に来て、校庭を外から眺めています。凪白様が埋められた場所で……カゴメマコトが座り込んでいるのです。放課後からずっと……この学校から生徒が消えてからもう何時間も」
『泣いてんのか?』
「いえ、一言も発していません。聞こえていないだけかもしれませんが」
安全の為にこれ以上近づくべきではない、と本能が警告を発した。カゴメマコトの正体も能力も全ては未知に包まれている。牛の首よろしく実態がない事その物が実態という怪異も存在するが、あれは明確に違う。
学校生活を送れる。戸籍がある?
霊感のない人にも見える。生きている?
染物のような赤い髪。まるで人間?
何より凪白悠を愛している。それは真実?
現人神介の元で修業をして二年。そこで学んだあらゆる常識を否定する存在、それがカゴメマコト。興味がないと言えば嘘になる。除霊ではなく封印し、その性質を全て解析したいと思わないと言えば嘘になる。けど、それは出来ない。私のあらゆる前向きな感情よりも優先される警告こそ、『これ以上近づくべきではない』という報せだ。これは全く超能力ではなく、遍く全ての生物に定められた危機回避本能。
「全く! 儂の出番が来たようだな!」
遠くで座り込んだままのカゴメマコトにも聞こえるような大声で、我が師は姿を現わした。閑静な住宅街に広がるしゃがれた声が聞こえなかった道理もない。だがそれでもアレは……微動だにしにあ。
「先生。カゴメマコトの正体が掴めたのですか?」
「さっぱりだな。だが奴は見る限り弱ってる、好きな人間がぶち殺されたからか? それともまだお前には見えねえか、幽霊の身体を構成するのは思念や魂の残滓だが……今や穏やかなもんだ。儂じゃなくても除霊出来る」
「…………先生。それは軽率ではありませんか? 私はもう、ここから一歩だって近づきたくないのです。何故か、分かりませんが」
「臆病な一番弟子だな。いいか?儂はこの国一番の霊能力者、現人神介! この世に儂が居る限り霊の栄えた試しなし! 別にフカシちゃいねえ、事実だ。この国で心霊現象が年に片手で数えられる程度にしか目撃されなくなったのも儂のお陰。この国は儂が陰から支えてる。おめえはそんな儂の一番弟子だ、あんな情けねえ奴に尻込みする必要なんてねえんだがな!」
これまでの二年間、私は彼の言葉を盲目的に信じてきた。出来ると言えば出来ると思い直し、やれると言われればやってみた。私は師の期待に全て応えられたからこそ一番弟子の名を授かった。
それなのに今は、やはり信じられない。彼が口先だけで励ましている訳でない事はこの目が良く視ているのに。
「…………ま、だから儂が来たんだがな」
先生はしわくちゃの手をぽんぽんと頭に乗せると、数珠を片手に踏み出してはならない一歩をやすやすと超える。
「得体のしれないモンを感じてんだろ? 儂もそいつを感じてないと言えば嘘になるが、この国一番の霊能力者がそんなモンに恐れをなしちゃ国はお終いだ。だから儂が来た、その目でしかと見ときな、現人伸介の新たな功績が刻まれる瞬間をよお!」
「は、はい!」
自分の身体に霊力を打ち込み、魂だけを先生の傍に寄り添わせる。肉体を離れた心はどうしても普段より余計な感情を受け入れてしまうが先生の体中から漏れ出る滝のような霊力が全て洗い流してくれた。
「よおよおよお! カゴメマコト! 儂の事は覚えているな!?」
「カゴメ」
「都合のいい餌だったガキが死んで残念だな。おめえ、自分でも体が消えかかってる事くらい分かんじゃねえのか? 儂がここに来た理由は一つ……せめててめえを苦しまずに成仏させてやる為さ」
「成仏」
「幾ら調べてもてめえの事はさっぱりだったがもう関係ねえなあ? 抵抗しても無駄だ、その程度の霊力じゃ儂には勝てねえ。全く酷いもんだよな、魂から漏れる力こそ霊力で、霊力の扱いに関しちゃ幽霊が本職だってのに今やてめえは生者である儂にも勝てねえ。散々世間を引っ掻き回した罪を清算する覚悟は出来たか?」
「覚悟」
『先生。何か様子がおかしいです。何か……なに…………か』
その時、私は信じられない物を見た。カゴメマコトを構成していた筈の霊力がすっぱり消え去ってしまったから。その上で目の前の身体は崩れも透けもせず保たれていたから。
先生も、殆ど同時にその異変に気が付いた。
「あ?」
「友人様の為を思って私は幽霊でしたのに。死んでしまうなんて」
「―――てめえ、幽霊じゃ、ねえのか?」
「何がいけなかったのでしょう。幽霊は楽しいアイデンティティでしたのに。何故人間様は同じ人間を殺したのでしょう。変数。これだから殺すのはつまらないのです。二人だけの戯びを盛り上げたかっただけですのに」
『先生! 離れて下さい! これは霊力じゃない! これは違う……!』
「……カゴメマコト! 幽霊じゃねえならてめえ、どうやってあんな悪戯を仕掛けた!」
「次は全て手を加えましょう。変数を受け入れる余地を作りましょう。友人様、心配なさらないで。貴方の人生全て、私が書き上げますわ。ああでもどうしましょう。等価交換が手っ取り早く。友人様の代わりが必要ですわ。どうでもいい脇役。
霊能力者」
先程からずっと会話が噛み合っていないと思っていた。しかしここに来てようやくカゴメマコトは幕のように垂れた赤い髪からぎょろりと菱形の瞳を覗かせた。
「あら丁度いい所に。素材が欲しかった所です。国一番の何とかさん、友人様の身代わりになってくださいまし」
「てめ―――何を言って!」
「人間様の愚かさ故に演技が崩れてしまいましたが、改めてカゴメマコトを演じさせていただきますわ♪ さ、友人様♪ コンティニューですわよ、貴方様と昔やったゲームのように、もう一度っ!」
先生が数珠を掲げると同時に周囲の時間が完全に停止する。停止した物体の色は抜け落ち、影響下にある事を明確にされる。
カゴメマコトは、色鮮やかなまま。
「ちっ。やっぱ効かねえか! だがこれならどうだ!」
実体の伴わない霊力の楔が雨あられと突き刺さる。だがそれはこれまで対峙してきたモノに有効だったように幽霊用だ。カゴメマコトは幽霊じゃない。
『先生! 逃げるべきです! 立ち向かわないで!』
「儂が逃げて誰が対処する! 一番弟子! 儂がここで食い止めてる間に全国の霊能力者を集結させろ! こいつはここで消し去る!」
『先生!』
「儂は最強だ! 負ける筈がねえだろうが!」




