お化けの知恵袋
『ハシキを殺す為には凪白様の力が必要なのです。奴の弱点・性格・趣味嗜好……何でも構いません。とにかく私達の助けになるような情報を期待しています。例えば……カゴメマコトから聞き出すなど』
『方法が具体的すぎないか? 俺はお化けが周りに居るだけでそういうのは全く詳しくないんだ。そっちで調べられないのかよ。現人神介とか呼んで』
正直、気乗りはしていなかった。一方的にリスクを引き受けているみたいだし、カゴメは俺を守ってくれるかもしれないがそもそも祓女と関わるべきではないと事前に釘を刺されていた筈だ。ハシキを殺しに行くのはそれを無視するようでとても気が進まないのだが。
『カゴメマコトもそうですが、まるで情報がないのです。例えば有名な悪霊が居たとして、有名故に生前の名前、或いは死因、或いは特徴、霊障などは直ぐに明らかにされてしまいます。我が師が最強たる所以は正にその圧倒的な知識と経験に基づいた対策にあるのですが、流石に何の情報も得られないとなると……』
『アイツ、時間を止めてたぞ。それで殺せるかはさておき……そっちからしても自信がないもんなのか?』
『幾ら人並外れた強さを持っている人間が居たとしても、人間とお化けには絶対的な格差があります。対策を知らずして真っ向から退治するのは無謀です』
あそこまで言われると断りにくい。ハシキに恨みがある訳じゃないが、純粋に気になった。お化けとあれだけ距離が近い状態にもかかわらず何も知らない。知らなくても良かった、だってカゴメと日々を暮らすのにお化けの知識なんて必要ない。アイツはお風呂にだって入るし歯磨きもするし食事もする。自称お化けは自称お化けと言うだけあって本当に殆ど人間だったのだから。
―――ハシキの事を調べれば、カゴメについて分かるかもしれないしな。
少なくともそれは止められていないし、ルールにさえ違反しないのなら俺だって知りたい。カゴメマコトとは何者なのか、どういう経緯で父親に連れてこられたのか。分からないまま生きてきて、分からないままそれを良しとしてきた。
別にこのままでも問題は起きないが、知るチャンスが生まれたのなら…………
「あら? 友人様? どうかなさいましたか?」
教室では朝練を終えた俺を迎えるようにカゴメが一足早く待っていた。暇を持て余していたようでクラスの女子と美容品の話題で盛り上がっていたような痕跡が窺える。なんとなく話題の名残が聞こえてきたところにやってきてしまった。
こういう時、横から割り込むようで申し訳ない気持ちになるのは俺だけだろうか……いっそ、クラスメイト全員カゴメのコスプレでもしてくれたらこいつらはまともじゃないと思い直せるのに、海東を除けば俺の周りにそんな奴は一人としていないもんだから、どうも異常を認識しづらい。
「カゴメ、その……ああ、悪戯はしないのか?」
「友人様っ。悪戯は予告ありきで行われるものではございませんわよ! まあそれも一興ではございますが、此度は違いますわ。それに、友人様の学生としての本文を邪魔するつもりはございません。さ、授業の準備をなさってください。今更忘れ物をしていても私は取ってこられませんから」
ハシキについて聞く勇気がわかなくてつい別の質問をしてしまった。脈絡もなく聞くのは幾らなんでも不自然だ、俺はアイツをどちらかと言えば怖がっていたし、必要がなければ知ろうとしない態度はカゴメなら身に染みて分かっている筈だ。もし聞くなら……俺が興味を持っても仕方のないタイミングで聞くしかない。
―――そんなタイミングあるのか?
普段しない行動だけに自分でも挙動不審に思えて来る。ルールを逸脱しない範囲で手を貸すなんて複雑な立場に置かれてしまい、本音を言えばどうしたらいいか分からない。だが手を貸すと決めた以上は曲げたくない。
考え込んだままそれほど注意せずに自分の席に座ると、何か椅子とは違った感触が俺のお尻を捉えた。
「んおおおおおお?」
見ると、それは粘土。臀部の型が取れてしまった。
「クキキキ……♪」
なんてしょぼい悪戯なんだ!
「今度は規模がでかすぎるわ!」
「だって、昼休みですものっ!」
協力者か或いは無関係のクラスメイトが窓を開けた瞬間、中に飛び込んできたのは大量の葉っぱ。どこぞの木からもぎ取られたであろう葉の数々は悪意を持った風に巻き上げられ俺の元へ。歩く台風になってしまった。
台風と言っても起こす災害は規模とか語るのも馬鹿らしくて、ただ葉っぱがやたら舞い上がって周辺が汚れるだけだ。昼休みにもなってやる事が終わらない葉っぱ集めなんて誰が楽しいのだろう。教室が葉っぱに埋もれる前に外へ出てきたのは正解だった。今はグラウンドで葉っぱに埋もれている。カゴメにぴったりついてこられたままでは状況打開など望める道理がなかった。
「今朝思いついた悪戯ってもしかしてこれか? 驚くより若干嫌がらせの成分を感じてるけど」
「それは家に帰ってからのお楽しみですわよ。それより友人様? この光景は記事にはなりませんか?」
「……え?」
「新聞部で言われた事、私には予想がつきますわよ。きっと面白い記事を書けとかそのような無茶ぶりなのでございましょう? 友人様が戻ってきた際に浮かない顔をしていらしたのも、そのような事を言われても日常は日常だから面白さなど期待するべきではないと思っていたからでは?」
「………………」
なんか、勘違いしてい……る?
「だとしたら、その。どうしてくれるんだ? 言っとくがお前に驚かされる程度で一々記事にはしないぞ! そんなもん俺が情けなくなるだけだからな」
「クク、友人様は臆病でいらっしゃいますわね。けど、そのような心配はなさらずとももっと良い方法がございますわ! ハシキに密着すれば良いのです!」
「は!?」
ハシキについて知らなければいけなかったところでその提案は渡りに船と言うほかないが、ちょっと待ってほしい。幾ら何でも都合が良すぎる。カゴメは俺に対する態度や似非お嬢様な物言いこそ軽薄に見えるが、あまり抜け目のない性格だ。それは現人神介や祓女が手をこまねいている所からも分かるだろう。幾らルールで縛られていてもこれだけ長く暮らしていれば多少は俺にも情報がある筈なのに、何も知らない、気づいてもいない。
自分でもちょっとどうかと思うくらいの疑心暗鬼に陥る男を尻目に、カゴメは目を輝かせている。
「あれは所謂この世の存在ではございませんし、私と違って一目で怪物と分かる見た目でございますわよね? でしたら、その映像を撮り続ける事で面白い記事とやらの条件は満たせそうではございませんか? 如何?」
「……あ、アイツは良いのか? そんな、プライベートを探られるような真似って」
「気分が良いモノではないかもしれませんが、これも全ては友人様の為です。ハシキもきっと理解してくださいますわ?」
「…………腹に据えかねて俺を殺そうとしてきたらどうすりゃいいんだよ。あんまり逃げられる気がしないぞ」
「それはあり得なくてよ? 以前も言いましたが私は最強でございますから―――私の殺し方も分からないのに友人様に手をかけるだなんて! つまらない悪戯でございますわね!」
カゴメはすっかり気に入った様子で骨の扇子を広げると、軽く仰いで俺の周囲から葉っぱを取り除いてくれる。続く一言は退路を完全に塞ぎに来ていた。
「何をしても構いませんわよ? 友人様を守れるのは私だけでございますから♪」




