Φ Φ
小学校の頃に比べるとクラスを一つ隔てるだけで空気感が違うのは分かると思うが、それとは別に出来るだけ顔を出したくない事情が俺にはあった。もう分かると思うがハシキの存在だ。カゴメを模倣したクラスメイトが俺に迷惑をかけるかもしれないならと彼女が用意した対策が謎の怪物だ。
悪魔でも召喚するつもりでしかない奇怪な手順を踏めばハシキが表れ対処してくれるそうだが、アレの力に頼るといよいよ俺も人類の敵みたいな身の振り方をしないといけないだろう。現状、どちらとも言いたくない。だって俺はカゴメと暮らしているだけで……今は彼女に課せられているであろうルールを模索したいくらいで敵とか味方とか、そんなスケールの話はしていないのだから。
海東も海東で何で現人神介なんて名前からして厄介そうな人間を連れてきたのやら。告白相手が自称幽霊ならそっちも自称霊能力者を連れてくるのが筋だろうに本物を連れて来るなんて話が大袈裟になるだけだと何故分からない。
そもそもアイツに一体どんなコネがあって……この国一番の霊能力者を……あれも自称だけど……。
廊下から遠巻きにG組を観察すると心が読める特技が話題になっているのか祓女の机に人だかりが出来ていた。
「祓女、俺が何考えてるか分かるか?」
「あーこいつ電波か顔は可愛いけどイタすぎるわ。そういう事にしてもらってかまいません」
「私は!?」
「心が読めるなんて嘘でしょ本当に読めても違う事にしよ。あ、今日彼氏とデートなんだっけ。ていうかノミコの奴金返してくんないかな。お金は三万円ですか。多分返ってきませんよ」
「ぼ、僕とかどう?」
「僕でも友達になれるかな? はい、なれますよ。よろしくお願いしますね」
心を読むという能力については特別羨ましいモノと思わない。人が善意や良識で隠している言葉を勝手に受け止めてしまう能力が便利であっていい筈がないだろう。カゴメの心まで読めたら話は別だが、多分それは出来ない。可能ならとっくにそれをやっていて、殺せるか殺せないのかの答えは出ている筈だから。
「心が読めるってどんな気分?」
「別に、最初からそうだったので感想はありません。後天的に読めたら戸惑ってたかもしれませんね」
「やっぱ心が読めると自分が好かれてるとかって分かんの?」
「分かりますが、あまり嬉しくありませんよ。言葉以上に人間には醜い感情が渦巻いていて、とても綺麗な部分だけを直視なんて出来ませんから」
「じゃあ、俺の心を読んでもらおうかな」
人混みに紛れて少女に声をかける。普通なら祓女と知り合いと疑われるだろうが、それ以上に俺はカゴメマコトの友人だ。彼女に魅了される様な人間なら等しく、俺の存在は認知している。
人だかりが逃げるように捌けて、疑似的な一対一の空間が作られる。祓女は顔を見上げると、ゆっくりと瞬きをすること三回。
「……………何も考えてませんね」
「は?」
「何か用でしょうか? 心を読んでもらいたくて来たなら何か考えてほしいのです。それとも……理由について詳しい説明が必要ですか?」
「お前は、カゴメの心が読めるか?」
「出来ない、とは言いませんよ。しかし心は本来個人の領域で開かれるモノではありません。こちらの判断で開示すべきでないとされる心理は非公開とします。それでもよろしいのでしたら」
「じゃあ、ちょっと来てくれ」
勿論、これは連れ出す為の口実だ。心を読まなくたってそれが通じたのだろう、適当な理由をそれっぽく用意してから祓女はされるがままに手を引かれて屋上までついてきてくれる。
―――俺が幽体離脱した時に出会った奴なら、おかしいよな。
「凪白様、そろそろこの辺りで手を離していただけると嬉しいです。痛いので」
「心が読めるのに、何で今回は出鱈目を言った?」
顔と名前を憶えられないだけで、昨夜の記憶は確かに残っている。心を読める少女は心が読めるので余計な会話を省略する事が可能だ。それでも自分は生きているから会話をすると……そんな価値観を持っている。
「何も考えてない訳ないだろ」
言いつつ力強くその身体を突き飛ばす。この行動は不本意だと示すように。
「凪白様の心理領域は現在黒い靄と無数の目玉に阻まれて観察する事が出来ません。昨夜は貴方が眠っていたから支障なく読心が出来ただけです。ところで私の事を覚えているなら……手帳への干渉は上手く行ったようですね」
「……名前を憶えてほしいなら別に構わないが、俺の方からも忠告がある。これ以上関わらないでくれ」
「それは―――」
「カゴメに言われた訳じゃない」
そもそも、気づいてるかどうかも分からないし。
何より危惧すべきは、あのハシキという目玉の怪人。アレについてなら幾ら教えてもカゴメとのルールには抵触しない筈だと俺は遠慮なく情報を開示した。知ってる限り―――と言っても今朝顔を合わせたばかりだが。
ちょっとした親切のつもりだったが、祓女の顔はみるみる青ざめていき、姉妹には掌で口元を覆ってその場に蹲ってしまった。
「おい、どうした?」
「…………気分が悪くなっただけです。成程、心が読めない訳ですね、きっとその怪人が邪魔しているんでしょう。私の存在を見つけ出そうとしているのか……既に見つかっているのか」
「だから、俺から離れた方がいいって話をしたいんだ。わざわざそっちに関わりたくなんかなかったけど、部長に勧誘を頼まれたんだ。どうか新聞部に入ってくれないかってさ」
「それとこれと、何の関係が……うっぷ」
「新聞部に入ればお前の心を読む力はいい様に使われるだろうな。当然、カゴメを調べる方向にも使われると予想できるな。そうしたらアイツはいつかお前を狙うかもしれない。俺の命を心配するならまず自分の命を案じてくれ」
ハシキとカゴメには共通点がある。人を殺すのは簡単すぎてつまらないという点だ。裏を返せば人間なんて幾らでも殺せるという意味であり、攻略法を知らないなら抗おうとする意思すら見せるべきではない。それを単なる自殺と言うから。
「カゴメだけなら俺が頑張ればどうにか矛先は逸らせるかもしれない。けどハシキはそうじゃない。アイツは俺がいつでも呼べるけど、だからって隠れてる訳じゃないんだ。多分何処かをほっつき歩いてる……おい?」
「……………」
「おい!」
ますます顔色が悪くなっていく。何が起きたかなんてさっぱりだが、人目のないところに連れてきたのは結果的に正解だった。目の前で嘔吐されれば幾ら関係値が低くても否応なしに心配してしまう。
「おええええ! あ、あ、あ、げほ……げえええええ!」
「どうした? 大丈夫か?」
「ごご……心を、読もうとすると呪いが……ぐ、く。わ、私は……保健室に……」
「俺が連れて行く。無理するな」
背中に吐瀉物がかかろうと俺は気にしない。背負おうとすると微かな抵抗をされたが、ノーカウントにしてもいいくらい呆気なく押し返せた。
「……駄目です。カゴメマコトと遭遇するリスクが……」
「具合が悪くなった同級生を保健室に運ぶのは十分普通の行動だ。邪魔するようなら俺が直接文句を言うよ。話が違うからな。アイツは俺の記憶も、人間関係も、心も全部掌握してるんだぞ。誰か一人に親切するくらい見逃す余裕もないんじゃ、それこそ格落ちだ。カゴメはそういう奴じゃないよ、俺にはよくわかる。ところでその体調不良……休んだら治るのか?」
「…………手伝ってくだ、さい。ここまで強力な邪視は―――初めてです」




