虚偽と愛の狭間で
『カゴメマコトに影響された人間は『悪戯』を阻止する人間に異常な敵意を見せるようになりました。分かりますか? あれは社会を殺す悪ですよ』
その言葉を、今も覚えている。
だが学校に行くとまるでその映像は嘘だと言わんばかりにクラスメイトは普通だ。確かにカゴメはチヤホヤされているがそれはいつもの事だし、彼女の真似をして悪戯をするような様子のおかしい人間は何処にもいない。海東の一件からカゴメのコスプレが禁止になるような気もしていたが、問題の本質はそこではないと誰もが分かっているらしい。
「お、寝取られ仕返し男だ」
「寝てないし取られてないしやり返してもない。風評被害はやめろ」
女子に連れられカゴメと切り離される中、クラスメイトがニヤついた表情を浮かべながら俺に話しかけてくる。相変わらず名前を憶えていられないが同級生との会話なら正直名前なんて知らなくても何とかなる。
「何か用か?」
「や? お前にも教えといてやろうかなって思った話があんだよ。実は今日転校生が来るらしいんだ」
「……転校生ってテスト直後に来るものなのか? 後、席とかどうするんだ? 机は用意出来てもスペースが用意出来ないだろ」
「あ、このクラスじゃねえぞ。あのカゴメちゃんの真似してた海東って奴の代わりに入るらしい。しかもなんか女子らしくてさ、可愛かったらいいよなって!」
「……野郎が一人減ったら満足なのか?」
「何なら俺以外の男子が全員居なくなってくれてもいいよな! そしたら、ビッグハーレム!」
「男女比が逆転したら全員お淑やかじゃなくなり……」
クラス全体を見回して、頭を振った。
「いや、悪い。元々そんなお淑やかじゃないな。ていうかカゴメにアタックするのはもうやめたのか? 俺的には転校生なんかよりそっちの方が意外に思えるよ」
「全然? だってお前付き合ってないんだろ? それとこれとは別の話だよ、彼女とは別に可愛い子と友達になれたら二倍お得じゃん」
「おー浮気性の気がありそうだな。今後に注意してくれ」
それで一部の男子が色めきだっているのか。残念だが俺はその会話に入れそうもない、転校生が仮にここのクラスに来たとしてもどうせそいつの名前は明日を迎える頃には忘れてしまう。名前を覚えられないとどうしても赤の他人感が拭えなくて、その人を知りたいとも思えなくなるのだ。
同級生の名前を生徒手帳に記載しないのは別にそれでいいと思っているから。裏を返すなら記載している人間は様々な事情から赤の他人として処理したくないという意味でもあるが……
「なあ、海東以外にお前の周りでカゴメのコスプレしてアイツの真似事してる奴って居るのか?」
「あ? あーブームの話な。うちのクラスにゃ本物が居るから誰もやってないけど、探せば居るだろうな。ま、俺に言わせるとセンスがないね、センスが。他の女どもはカゴメちゃん程可愛くもないのに見た目だけ取り繕っても意味がないっつーか。何だよ」
「話題に……なってるんだよな。いや、校内はいいんだ、けど外でも話題になってる風な話も聞いたからちょっと気になった。俺が外に出かけても誰もコスプレなんかしてないんだよ」
「マジ? 電柱くらい見かけんぞ俺。立ってたら目に入るし、歩いてたら目に入るし、酔っ払いがぶつかってる時もある!」
「それはもう電柱だな。ふーん……因みにどこで見かけた?」
「どこで!? どこでって言われても……それは逆に難しくねえか? 一か所に集まってる訳じゃないし色んな場所で見るから具体的な地名なんて挙げらんねえけど」
本当にそんなに居るのか?
それならショッピングモールに行った時に遭遇してくれたら良かったのに、俺はある意味運が良かったのだろうか。被害を部長からもあの謎の少女からも聞いているからせめて悪意あるコスプレ人間を一目見たいと思っているのに上手くいかない。代わりに俺の元にやってきたのは頭部が目玉の怪物だった。
「ん?」
「どした?」
「本物が居るからやる奴がいない? え? じゃあこのクラスからカゴメが消えたら皆やるのか?」
「流石に難癖すぎんだろ……」
それが俺の最後の質問になった。
朝の自由時間は終わり、HRが始まるのだ。学生として勉強に集中できるかは分からない。
『祓女千代子です、宜しくお願いします』
二色誠也はこちらに差し出した携帯を素早く回収すると、丸めた新聞紙で軽く俺の頭をぽんぽんと叩いた。
「知り合いか?」
「俺とどういう関係性を見出したらそんな疑問が出るんですか?」
「この時期に転校生なんて意味が分からんからな。カゴメちゃんの影響か何かだと思えば納得が行く。それに映像の続きを見せてやってもいいが、特技は心が読める事らしい。ん~このクラスに部員が居て何よりだな! お陰様でこんな逸材を見つけることが出来た。心が読めるならカゴメちゃんについてもっと詳しい事が分かるどころか、あらゆる調査に役立ちそうだ! 知り合いなら是非勧誘してきてくれと言ったがそうじゃなくても構わん! お前の力で新聞部まで連れてこい! 勅命だ!」
「―――」
昼休み、カゴメは珍しく女子の力で切り離され俺と昼食を一緒に出来なくなった。女子達がメイクの事で質問が幾つもあるらしく、彼女は最初こそ乗り気でなかったがおだてられたせいか簡単に調子に乗って最終的に快諾してしまった。一人ぼっちになった俺には何の話題性もなく黙って教室で過ごしていたところ、窓から紙飛行機が飛んできてここに呼ばれたという経緯がある。
俺は諜報機関のエージェントか何かかと思いながら向かったらこれだ。行かなきゃよかったと思い始めているし、何なら他の部員も似たような召集をかけられたが全員無視したからこんな事になったのではとも邪推している。
「部長、俺って幽霊部員なんですよ」
「おお、半透明だから誰にも悟られず誘えそうだな!」
「特殊工作員みたいな扱いしないで下さい。そういうのは部長が一番可愛がってる後輩なんかに任せるべきです。俺みたいにたまにしか顔を出さない奴をこき使うのはちょっと……オブラートに言っても伝わらなそうだ、海東の代わりに入ってきた子を誘うのにその海東と一悶着あった俺を選ぶのは人選ミスです。考え直してください! ていうか同じクラスに部員居るならそいつ使ってくれよ!」
「駄目だ、心を読まれる危険性がある。だがお前なら問題ない。人に心を開いてないからな」
「人を悲しい存在に仕立て上げないで下さい、誰が心開いてないって!?」
「残念だが俺には分かるよ凪白。お前は、カゴメちゃん以外の誰にも心を開いてない。、自由に空を飛べるのに自分から檻に戻っていく鳥みたいだ」
「…………心を開いてなくても読める奴は読めるんですよ。だから俺と俺以外に大した違いはありませんし、気味悪がる必要もない。話したらむしろ心を勝手に呼んでくれる分話しやすいと思える筈です」
「そいつは……語るに落ちたな? 頼んだぞ!」
「…………誘いに乗らなくても俺のせいにしないでくださいね」
祓女という名前は生徒手帳に記載されていた。顔こそ思い出せないが身長と声の高さ、それに特技から同一人物の可能性が非常に高い。乗り気にならなかったのは偏にカゴメから狙われるのを避ける為だったが―――それを承知で乗り込んできたのだろうと思い直した。
どうも最近の中学生には勝手に飛び級出来る権力があるらしい。何のつもりか、死にに来たのかそれとも……俺を助けにでも来たのか。
余計なお世話だと現実でも一言言ってやらねば気が済まない。誰も、助けなんて求めてないのだと。




