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ハニトラは幽霊嬢の嗜みでしてよ  作者: 氷雨 ユータ
2ND ××× 浮気の時間ですわよ

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20/25

異形ネットワーク

 そいつはいつからそこに座っていたのだろう。ソファに腰掛ける燕尾服の存在はシルクハットを傾けてこちらに視線を向けている。見るからに普通の人間ならまだ不審者として処理出来たが、そいつは声からして恐らく男だろうと言えるくらいでまともな人間ではない。顔っぽい部分には巨大な眼球が一つ乗っていて、その周りを覆い隠すように昆虫の足みたいな指先が瞳孔を避けて広がっている。指の隙間から外の景色を見るような形にはなっているが蛇のように縦に割けた瞳孔はあまりに圧力を持っており目を合わせるだけでも言葉に出来ない威圧感がある。

 一目見て異形、そして怪物。確かな事は、カゴメと同様幽霊と呼ぶには無理がある事だ。

 ……厳密な意味は違うけど。

「…………」

「マコトからは怖がりな奴と聞いていたが、つまらん反応をするな」

「いや、その……」

 人間、本当に驚くと声が出なくなるのだ……と言いたいが、別に本当に驚いても俺は声を出すようになってしまった。それがカゴメを欺くのに一番手っ取り早いアプローチだったから。固まってしまっているのはどちらかというと困惑四割と恐怖六割。カゴメが危ないと言われても実感は湧かないが、こいつを危ないと言われたら実感どころか言葉だけでも信じてしまう。

「友人様は簡単には驚きませんわよ! 手強い方でございますわ!」

「いや、それはないけど!」

「ほう、ならば大した間抜けかそれとも恐怖が欠落しているのか。吾輩の顔を見て驚かないとはな」

「あ、貴方は一体……誰だ? お化けじゃない、よな」

「ほう、何を見てそう思った」

「俺の知ってるお化けじゃない……から?」

 返答を間違えたくないので無難な答えを言っておく。一応出鱈目を言っている訳でもなく事実だ。同じ理由でカゴメについても自称お化けという扱いにしてある。幾ら言っても壁や床はすり抜けないし、体温がないだけで実体が消えないのだから。

「…………マコト。貴様はどんな説明を此奴にしているのだ。認識がおかしいではないか」

「とは言ったって、友人様との生活に何ら支障はございませんから。それよりせっかく招いてあげたのですから自己紹介くらいはしてほしいものですわね」

 今までこちらも見ずに話していた背中が、ゆっくりとこちらに振り返った。


「そうそう。ここでおイタをしたら、タダではすまなくてよ?」


「吾輩も暇ではないから手短に済ませよう。人間、名を何と言う」

「……凪白、悠」

「ではナギシロよ。吾輩が此度呼ばれたのは貴様の学生生活とやらを改善する為である。マコトの悪戯が貴様の人間らしい生活を妨げる恐れがあると聞いた次第、何か間違いはあるか?」

「ない、けど」

「うむ。では吾輩の呼び方を教えよう。指の隙間から角を三秒見、そして指を閉ざすのだ。後は吾輩が対処してやろう」

「か、角って床の角とか天井の角とか……台所の角とかなんでもいいのか?」

「問題ない。質問は?」

 お嬢様っぽい口調をその場のノリだけで続けるカゴメと違い、この異形は随分と会話が端的だ。話しやすいし今となっては敵意も感じないがやはり全身が警鐘を鳴らしている事実は変わらない。こんな奴と繋がりを持ってはいけないと人間の本能が肩を揺さぶってくる。けれど同時に、それを悟られてはいけないとも理性が言っていた。

 飽くまで俺が驚くのはカゴメからの悪戯のみでなければいけない。そういうルールがある訳ではないが、他の誰かに驚いてしまうと比較対象が生まれてしまいこれまでの完璧な演技に綻びが生じてしまうから。

「……人間を殺す方向性で対処するのか?」

「はは、つまらない冗談だな。殺すのは簡単すぎて面白みに欠けるぞ。そのような真似はしないから安心しろ」

「あら? ハシキからそのような言葉が聞けるだなんてそれこそ気の利いた冗談のつもりでしょうか?」

「ぬかせ。吾輩にも趣の移ろいはあろうさ。よって殺しはしない。他に質問がなければこの会合も終わりだが……」

「友人様? お食事の支度が出来ましたわよっ」

「えっ」

 見ると、どうやら俺がハシキ(この異形の名前だろう)に相対して緊張している間に配膳を済ませていたようだ。机の上には出来立てほやほやの朝食が湯気を立てて俺を待っている。これ以上の緊張感に晒されてはかなわないと逃げるように席へ着くと、対面にカゴメ、そして―――ハシキが座った。

「え?」

「友人様? コイツは暫くの間食客として扱わせていただきますわ。以降の席では同席などあり得ませんが―――初回はどうか、許して下さらない? これも友人様が不自由のない学生生活を過ごす為でございますわ!」

「え、ええ?」

「吾輩の事は気にするな、貴様に興味は微塵もないどころか、マコトの鬱陶しい喋り方に気を取られている。よくも毎日こんな奴と話して疲れないモノだ」

「ま、まあ……」

 好きだから?

 いいや、そんな風には言えない。多少同居人が増えようとも、気持ちを隠し続けなければならない状況に変わりはないのだから。




「昔からの付き合いで、もう慣れたよ」



















 朝食を済ませた後、ハシキは廊下に飛び出したかと思うとそのまま跡形もなく消えてしまった。カゴメ曰く、角に身を潜めただけで呼び出そうと思えば今からでも呼び出せるらしいが―――

「二人暮らしが良かったのに、何で勝手に人を増やすんだよ!」

 そんな話はどうでもよくて、只々それを聞きたかった。お化けの残した痕跡はお化けにしか上書きできないという理屈からアレを読んだのなら理由は分かる。分かるが、チョイスがおかしい。

「せめて……も、もっとまともな姿の奴は居ないのか!? お前は……見た目は普通の人間だろ?」

「あら、見た目でお化けを判断してはいけませんのよ? 趣味は悪いですけど、ハシキはきちんと仕事をしてくれますから」

「あんまり答えになってないぞ!」

「と申されましても、それは友人様の勘違いでございますわよ。私と友人様が初めて会った時には既にこのような姿でしたが、私も元はハシキと大差ない見た目でございますわ」

「……え。ええええええええ!?」

「そう♪ その反応! ああ、友人様はやはり期待を裏切りませんわね♪ 勿論冗談でございますわよ、私は最初から最後までこの姿ですわっ」

 ……見切り発車で驚いたのに、正解だった。

 カゴメがうきうきと腰を振って踊っている辺りリアクションは大正解だったのだろう。だがハシキという異形と知り合いという事実が俺の判断を鈍らせる、このままアレを引き合いに出されて驚かされ続けたら何処かで確実に間違えてしまう。

「―――何処で知り合ったんだ?」

「お化けが知り合うと言えば夜の暗闇しかなくてよ? さあ、質問の時間はおしまいでございますわ。早く通学せねば遅刻してしまいますから」

「ハシキはこの会話、聞こえてるのか?」

「聞こえていても覚えていられませんわ。友人様との思い出を維持していいのは私だけでございますからっ!」

 これ以上突っ込んで聞いてもはぐらかされるだけだろうし、遅刻の危機を迎えているのは本当だ。俺も一旦諦めて大人しく制服に着替えた。二階に戻って生徒手帳を開き消された記憶の補完も忘れずに行う。後でトラブってもカゴメは助けてくれない。


 ―――祓女?


 名前を書いた記憶はないし、そもそもこれが名前だと思えない。『名前』と判断する根拠は同じページに忘れると問題のおきそうな人物の名前が記載されているからだ。例えば先生の名前とか、部長の名前とか。

 もし心当たりを無理やり捻りだすとしたら幽体離脱した際に出会った少女の名前だろうか。顔すら覚えていないからいまいち確信を持てないが、消去法で絞り込んだらどうしても最後に残る。

 記憶を消す際、カゴメは一々中身なんて見ていないらしい。実際、それは本当だと思う。正体不明の少女と話した内容についてはきちんと覚えている……そこまでは良いのだが、問題は誰がこの手帳に名前を書いたのかという事だ。あの時俺は眠っていたから物理的に記載出来ない、カゴメが記載するのは立場的におかしい、ハシキは今朝来たばかり……仮に前乗りしていてもカゴメが毎晩俺の記憶から人の名前を消してる話なんて知る由もない。

 それを知っているのは俺とカゴメと―――俺からその話を聞いた人物だけだ。つまり。








「友人様~! 遅刻してしまいますわよ~!」








「ああ! 今行く!」 

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