悪い戯れ仲間
人が死んでしまったら恐怖はそこまでだからつまらない。だから人を殺さないという論理は、どうやらカゴメの良心や加減と言った類に属するようだ。カゴメの影響を受けた人間はその限りではない。
まあ、元々信用に値する発言だったかどうかは疑問が残っていた。友達はおらず一人ぼっちだったといったかと思えば今日の買い物デートでは仲間を呼ぶとか何とか。信じていいのは俺に対する絶対的な信頼くらいなのかもしれない。むしろそれだけは覆せない。両親のいなくなった俺をずっと支えてくれたのは紛れもなく彼女なのだから。
「…………一つ聞きたいんだけど、俺がじゃあ君の言う通りにしたとして、これからどう生きればいい?」
「はい?」
祓女に左手の指輪を―――見せたらカゴメが駆けつけてしまうかもしれないのでやめた。俺達の関係性を説明するにはそれが一番手っ取り早かったがせっかくカゴメを隔離して二人で話そうと言ってくれた少女の気遣いを無碍にはしたくない。今はありがた迷惑を感じているが、俺を助ける為に来てくれたのだし。
「見せなくても構いませんよ。私は心が読めるので」
「あ、そうか。なら話が早くて助かるよ。色々話を省くけど、カゴメが俺を大事に思ってるのは本当だ。じゃなきゃとっくに俺は死んでるか動画の奴みたいに心が汚染されてるだろう。まあその……色々あって口には出せないが、アイツを悪だと言われても離れられない」
俺に言わせればむしろ理不尽な目に遭わされた側だ。好きだった女の子がたまたま邪悪だっただけで、それをまるで俺がおかしいみたいに言われるのは不本意というか、どっちが先にカゴメマコトを見つけたのかは明らかだろうに。
「どう生きればいいかなど、私達が保障する事ではありません。その後の人生を歩む権利は貴方にあります」
「そいつは無責任ってもんだろ。カゴメが危険だから離れろ、離れた後の人生は知らないってそれが人助けのやる事かよ。見守るのは好きにしたらいいけど、俺は絶対に離れないからな」
「…………」
目の前の少女と違って俺には心が読めない。意味深な目線だけ向けられても何を考えているのかさっぱりだ。一方的に心を覗かれて良い気分はしないが、プライベートな領域が心理的にも存在しないのは今更で―――記憶を消されるよりマシと思えば抵抗する気も起きない。
「何だよ」
「現人先生はこの国でも有数の権威です。カゴメマコトが脅威と判断されればあらゆる外堀を埋めて排除を試みるでしょう。物理的にも社会的にも存在を害悪と定義し、全員の力で悪を消し去る―――先生が最も得意とする行動は煽動です。その影響を最も受けるのは現状、凪白様だと思われます」
「?」
「カゴメマコトが悪とされれば貴方はさしずめ悪の手先。私達に非協力的な態度をとり続ける限り貴方も同様に排除される可能性は非常に高いのです。此度の話し合いはこれにて終わりとさせていただきますが、選択を間違えないで下さい。人生は一度きりしかありませんから」
「最終的に脅迫なんて最悪の救世主だな。話が通じなくて帰りたいと思ってるなら最後に一つだけ聞いてもいいかな?」
「はい」
「カゴメマコトは、倒せるのか?」
ずっと気になっていた。簡単に倒せるならここまで丁寧に警告なんてしてこないどころか、ショッピングモールの時点であの老人が彼女を倒している筈だ。それが物理的な殺害なのか跡形もなく抹消するのかは置いといて、現実は問題なくデートを終わらせてしまった。
「俺は、アイツを倒すなんて不可能だと思ってる。理由はその動画だ」
「どういう事でしょうか」
「カゴメの真似をしてる奴が悪戯の為なら人命も軽視する性質を持つならアイツも同じような性質を抱えてるって事だろ。でも俺の前で確かに言ったんだ、殺したらそれっきりだからつまらない……つまりアイツにとって死んだり殺したりってのはその程度のモンなんだよ。それは嘘じゃない。俺は長い事一緒に暮らしてきたけど自称お化けが本当にお化けかどうなのかもよく分からない。分かるのは、カゴメを倒すなんて多分不可能だって事だけだ。だから聞きたい。俺から彼女を奪う予定のお偉方は、カゴメマコトを倒せるのか?」
「………………」
「心なんて読めないけど、答えなら俺も読めた。少なくとも今は無理なんじゃないのか?」
「……仰る通りです」
「なら、次に話し合う時はせめて倒す手段とやらが用意出来てからにしてくれ。俺が身の振り方を考えるのはそれを見てからだ。正直な話さ、記憶を消されてるせいでカゴメ以外の誰も信じられない。俺には選択肢なんてないのさ」
或いは、彼女との戯びに勝てば……何か変わるかもしれないが。向こうも何かしらのルールを守っていると知ったのはついさっきの事。現状はそちらの勝算もない。
「という訳でさようならだ。また会ったら改めて自己紹介をよろしく頼む。名前なんて覚えちゃいない」
「凪白様は破綻していらっしゃいますね。上手く言葉には出来ませんが……冷静すぎます。聞いていた情報では些細な事にも驚く小心者だったのですが」
「さあ、俺にももうよく分からない。両親の教育が行き届いてたんだよ」
目が覚めると、ベッドの中には俺一人だけが横たわっていた。いつものようにカゴメは先に起きて朝食の用意をしているのだろう。自分で言うのもどうかと思うが寝覚めは非常に良い。具体的には幽体離脱をした事についてもハッキリと覚えている。名前を消されるのは想定済みだから大して気にもならないが問題は顔がハッキリと見えてこない事だ。脳内映像なのに画像加工が入っているみたいに歪んでいる。こんなのは初めてだった。
名前を消されて顔だけを覚える……新聞部部長を例に出そう。正直、名前と顔が一致していない。正確にこの気持ちを他人に伝えるのは不可能だが、何度聞いても名前を覚えられないせいで顔の印象から受ける名前と実際の名前にギャップが発生して違和感を覚えてしまう。ムキムキで髭がもじゃもじゃの男が熊三郎という名前ならぴったりだが、モヤシみたいにひょろひょろの男が同じ名前だとしたらおかしいと思ってしまうだろう、そんな感じだ。
俺の一方的な思い込みだから誰が悪いとかでもないのだが……このパターンは初めてだ。何より、少女と話した内容まで忘れているのもおかしい。
階段を下りてリビングに向かうと、お味噌汁の香りが廊下にも漂ってきていた。台所には着物の上からエプロンを着たカゴメが黙々と料理を作っている。俺がやってきたのは味見の最中だった。
「おはよう、カゴメ」
「友人様。おはようございます。気持ちの良い朝でございますわねっ」
「驚かしてこないなんて意外だった。基本的には寝覚めに一発かまされるからな」
「退屈とは即ちマンネリでございますから―――昨日は随分驚いていらっしゃいましたし、私も恐怖を無尽蔵に味わいたい訳ではございませんの。もうすぐ朝食が出来上がりますから顔を洗うなりそこで待つなりご自由に過ごしていただいて構いませんわよ?」
「……」
記憶操作について言及しないなら、あれは彼女の悪戯ではないらしい。カゴメは自身の悪戯について関与を誤魔化したりしない。リアクションを取りやすいようにしているだけかもしれないが、とにかく主犯は自分だと明確になるような形でしか驚かしてこない。
「その場を動かずにいらっしゃる所を見ると、まだ何か聞きたい事があるように思えますわよ」
「結局、お化け友達は本当に居るのか? 居ないのか? 前は居ないって言ってたからさ」
カゴメは何でもない事のように、包丁で何かを切る片手間に言った。
「仲間が居る事と一人ぼっちだった事は矛盾いたしませんわよ。私が一人ぼっちだったのは友人様と出会う前で……仲間とはそれ以降に出会いましたから。ですよね」
「驚いた。本当に人間と暮らしているなんてな。お化けの癖に生意気な奴だ」




