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ハニトラは幽霊嬢の嗜みでしてよ  作者: 氷雨 ユータ
2ND ××× 浮気の時間ですわよ

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18/25

夢に祓いし無瑕

「……」

 自分を見ている。カゴメを抱きしめて眠る自分を上から見下ろすこの視界は何だろう。所謂幽体離脱という奴なのかもしれないが、抜け出た魂が自称お化けの寝顔を見下ろしているというのは複雑な気分だ。いつも俺が先に眠ってしまうから、初めて寝顔を見られたという意味では貴重な体験でもある。

「………これは、悪戯判定じゃないよな?」

 カゴメの悪戯はリアクションがしやすいようにかは不明だが近くでそれっぽい表情を浮かべていたり、関与が明らかなモノしかバリエーションがない。幽体離脱は一見それっぽいが、もし彼女が驚いてほしくてやったなら隣に立ってないとおかしい筈。「お化けになった気分は如何でございましょうかあ?」なんて言いながら、今にも顔を覗かせてきそうではないか。

 ───何でこうなった?

 日頃幽体離脱なんてする体質じゃない。初めての体験に驚いているが、同時に少し冷静な自分も居た。状況を俯瞰出来る時点で夢には程遠い。このまま自分も含めた二人の寝顔を見ていてもいいが、呑気な事をしたかったらまずこの幽体離脱を解除する方法から探るべきだ。俺は世界中の時間が止まって自分だけが好き放題出来ると分かっても解除出来る方法を把握できるまで後ろめたい事をしたくないタイプだ。だって唐突にそれが解除されたら言い訳が出来ないから。


 ピンポーン。


「………え?」

 独り言の悪癖はない。ないが、深夜にインターフォンを鳴らされて驚くなという方に無理がある。どう考えても起きると思ったが魂が抜けているせいか俺は目覚めない。カゴメは……そこまで眠りが深いならどうしていつも先に起きられるのか。

 魂だけが応答しても意味がないだろうがこんな深夜に訪ねてくる無神経な人間の顔を知りたいと思い、玄関まで降りてきた。


 ピンポーン。


 二度目。普通に近所迷惑だ。家主が起きていないだけでもし俺の両親が生きていたら速攻で警察に通報しているだろうというくらい。幽体離脱をしている証左として壁をすり抜けられるようなのでわざわざドアノブに触る必要はない。扉をすり抜けて外に出る。

「あ、どうも」

「え?」

 家の前に立っていたぱっつん髪の少女は、幽霊である筈の俺を認識するや恭しく頭を下げた。膝裏にまで伸びている髪は赤いリボンで結ばれて尚その長さを保っており、解放した途端にこの少女は妖怪と見間違われてしまうかもしれない。前髪がもう少し長ければ、テレビから出てきてもいいだろう。

 つまるところ俺に比べれば遥かに幽霊っぽい特徴を持っているのだが少女は生者だ。玄関灯が反応し光を放っていて彼女には影がある。俺にはない。

「お、俺の事が見えてるのか?」

「勿論です。この呼び出し音も貴方にしか聞こえておりませんし、貴方の魂を外に出したのも私です。元凶は全て私なので、何も心配は要りません。用事が済めば元に戻しますから」

 聞きたい事を全て先に言われて発言する意味がなくなった。もしかして心が読めるのだろうか。

「はい、読めます」

「―――なあ。心が読めるなら会話の必要性がないと思うんだ。人と会話する時、疲れないか?」

「疲れますが、それが生きているという事です。お付き合いください、凪白様」

 どうせ心が読めるなら疑問もここで口にすればいいかと思ったが、それは訪ねてきた相手に対して斜に構えすぎだと思い、敢えて疑問を口にする。向こうには敵意がないのに俺だけ警戒するのは何だか、馬鹿らしい。

「それで、俺に一体何の用事だ? 悪いけど……道に迷ってても答えられないぞ。後は何で名前を知ってるんだ? 同級生じゃないよな」

「私は中学生ですから当然ですね、。名前を知っている理由と併せてその疑問はお答えします。私は現人神介の末端の弟子で……祓女ふつめと呼んでください。先生は貴方が住まわせている幽霊の起源を確かめるべく遠くに行ってしまわれました。よって暫くの間、私が貴方を守護する事になります」

「まも、る? 守るって、別に俺は危険な目に遭ってる訳じゃ」

「いいえ、先生はそう考えていません。カゴメマコトが及ぼした影響を貴方は認識していますか? 各地でアレの真似をする人間が増加しています、まだ一過性のブームに過ぎないと切り捨てる事も出来ますが先生は危惧しました。このままだと世界は滅茶苦茶になり、貴方は死ぬよりも恐ろしい末路を迎えると」

 丸っこくて可愛らしい見た目に反して表情と声音が全く釣り合っていない。笑顔で俺に話しかけてくれているのに声は抑揚がなく死んでいる。そっちに気を取られつつあってあまり話を飲み込めていないが、上辺だけ聞いていても正直納得出来そうもない。

「ちょっと待った。とりあえず場所を変えよう。この話、カゴメに聞かれたらまずい気がする」

「声は聞こえない筈です」



「アイツに何が出来ないのか俺も分からないのに、どうして断言できるんだ?」

















 カゴメマコトの正体を聞いてはいけない。

 そのルールを順守していても、一番彼女に詳しいのは俺だという自信がある。正体はともかく、性格や傾向などは身近にいる人間が詳しくて当然だ。それを差し置いてまで危険と言われても納得などしてたまるか。

 深夜の公園に用事がある者は大抵不審者と言われているが、俺は魂だけらしいので傍から見れば年頃の少女が一人。警察に目撃されたら話が拗れそうだと思いながら玄関先での会話を再開する。

「俺は危険な目に遭ってない。だから守ってもらう必要なんかないよ」

「ですがこれから遭わないという保証もありませんよ。あれが普通の存在でない事は凪白様も理解している筈です。先生は手に負えない馬鹿と仰っていましたが、私にも同じ感想が生まれつつあります」

「じゃあそれで結構だよ。あのおじさんにも言っておいてくれ。カゴメの正体を調べるのは勝手にしたらいいけど、俺を救おうとする必要はないって。アイツとは上手くやってるんだ、余計な干渉をされたらむしろ危ないかもしれない」

「守るというのは見守るという意味です。先生はそういう解釈をしていませんが、凪白様がそのように仰るのは分かり切っていました。ですから私は貴方の夢から様子を見させていただきます。今回はその挨拶の為に訪ねました」

「こっそり監視してくれてもいいんだぞ。どうせ俺は、寝て起きた頃には君の名前も忘れる。今はメモ出来る状況でもないからな、次会ってもほぼ初めましてだ」

「……名前を、消される?」

「そのままの意味だよ。カゴメは嫉妬……なのかな、寝る前にそういう細工をして、自分以外の名前を忘れさせるようにしてる。名前ってのは重要で、名前を覚えられないだけでも愛着や親密度は深まらなくなるからだったかな。それだけ受け入れてると日常生活が出来ないから普段はメモを作って朝に見返すんだ。で―――幽体離脱中に、どうやってメモを?」

「それは明確な危害です! 貴方、頭がおかしいんじゃないの!」

「おお」

 明確に口調が崩れた瞬間を目撃して、ちょっぴりお得な気分になった。感情がないと思っていたがそういう訳ではないらしい。大して交流もない他人に随分踏み込んだ発言をするなと思う反面、別に俺も敬語なんて使っていない。お互い様だ。

「人間関係を破壊されてるじゃないですか! それが危険じゃない? 上手くやってる? どういう神経してたらそんな言葉が出てくるの?」

「とはいっても、もう何年もこんな生活を続けてるからな。両親の名前も覚えてない。これまでのクラスメイトも当然忘れた。でもカゴメだけはずっと居てくれるんだ。危ないなんて思えないな」

「………………その内、全てを掌握されますよ。生きるも死ぬも、欲するも制するも全て」

「……心配してくれるのは有難いけど、二人の問題なんだ。関わるなとは言わないから、俺は放っておいてくれていい。海東の件でやらかしてるのも事実だからそこが落としどころだろ」

「あの一件で、カゴメマコトの扮装をした者に性格の変化が例外なく起こっています。個人の距離感など尊重している場合ではないんですよ」

 そう言って、祓女は一本の動画を見せてくれた。悪戯とだけ書かれたシンプルなタイトル―――いや、SNSの投稿だ。






『なあ、髪を染めるのやめてくれよ。先生にその件で何回呼び出されてるんだ?』

『みなさーん! これから私は、かれぴっぴに悪戯しましてよぉ~!』

『そういうキャラ作りいいって! なあ橋川! 元に戻ってくれよ! 俺の好きだった橋川は何処にい―――』

『私はぁ、不可能を可能に出来る男の子が好きでしてよ! どぉん♪』









 二〇秒にも満たない動画。そこに映っていたのはヘラヘラとした表情のまま彼氏を屋上から突き落とす『悪戯』。

「カゴメマコトに影響された人間は『悪戯』を阻止する人間に異常な敵意を見せるようになりました。分かりますか? あれは社会を殺す悪ですよ」


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