心労新婦
正直な話、カゴメ自体が増えるのを俺はあまり歓迎出来なかった。ムフフな展開を期待しない訳でもないのだが、それ以上に『好きになってはいけない』ルールを守れる気がしなくなりそうなのと、幼稚な脅かしが何倍にもなって降りかかってくる事の方が気がかりだった。だって本当は驚いていない。驚いていないのに驚いたフリばかりしているせいで気づけばドッキリ耐性自体も下がってしまったけど、それでも彼女の悪戯で本当に驚いた回数は月々で数えれば十分纏められる範囲である。
「え? 脅かし? 悪いけどそういうのはしないよ」
「な、何?」
「だって、脅かしはカゴメの特権だから」
どうやらそれは杞憂で、俺は盛大な勘違いをしていた。彼女は下心にかこつけて自分も倍以上の悪戯をしようと画策したに違いないと思っていたが、実際はそうじゃない。もっと単純な話だ。『沢山水着を買ったけど一人の身体じゃ物理的に足りず俺の欲望を満たしきれないから』という理由で体が増えた。
だから身体が増えても悪戯までもが増える訳じゃない。むしろその逆で―――真意を掴みにくく色ぼけた発言ばかりする彼女にしては酷く誠実だった。誰か一人が脅かしている間は他のカゴメは手を出さないし、加わる事もないらしい。話が通じすぎるカゴメのなんとまともな事か。
でもカゴメが沢山居ると名前が呼びづらいな。全員カゴメマコトなんだろ? 俺はどう呼べばいいんだ? JCカゴメみたいな?」
「それ、外で呼べんの? 私はいいけどさ、普段は呼び捨てなんだし私とかマコトちゃんでいいんじゃない?」
「うんうん! だったら私はマコトお姉ちゃんでいいよ! たっくさん甘えてね!」
これが全員カゴメだというのだから驚きだ。そして俺の良く知るカゴメは着物に着替え直して食事の準備をしている。今は誰が驚かす順番なのだろう。
「ちょわーっす!」
「ぐわああああああああ!」
まるで突然荷物を投げつけられたような重みが後頭部に乗りかかり、危うく机に顔をぶつけそうになる。首にかかった手を引きはがして華奢な腕を正面に引っ張ってくるとそこには小学生くらいのカゴメが無垢な笑顔を浮かべてはしゃいでいた。ただ、俺の顔を見ているだけで。
「ともだち! いまはわたしのばんなのだ!」
「おおい! どんだけ居るんだよお前は! 後なんで性格が違うんだ!?」
「あら、その方が賑やかではありませんか? 私と同じ性格の者を並べたとて、面白みに欠けるではございませんか。悪戯にはメリハリが必要でしてよ」
「メリハリって…………」
脅かす手段はワンパターンだろと言いたくなるのを理性で抑える。その発言はイコールで危険だ。これまで実は驚いていなかったと思われたらルール違反と裁定されるかもしれない……
「っていうか、お前が隠してた身体ってこれじゃないよな? そっちはどうしたんだよ」
「それはお洒落をするには不向きでございますので……友人様、お食事の準備が出来るまで少し時間がございますから、他の私と話していて下さいまし。直ぐに支度いたしますから」
二人暮らしで長い事やってきたのに、一気に騒がしくなってしまった。引き続き俺の頭を登頂せんと暴れ回るJSカゴメを引きはがすと、逃げるように寝室へ行きベッドに全体重を委ねた。
「いえーい! 友達が寝室に逃げ込む事くらい読めてるのだー!」
「…………一人にしてくれ。心の準備が出来てないんだ。驚いてるんじゃなくてこれは困惑してる……ど、どう接したらいいか」
「難しく考えすぎだよ友達っ。身体が増えてるのは今だけなんだから、この享楽に溺れなきゃ損だよ!」
本来のカゴメより一回り身体が大きいので……JDカゴメ? もう俺自身も分からない。人懐っこい喋り方に反して距離感を弁えているらしく、彼女はベッドの反対側に座って、それ以上近づこうとしなかった。
「どういう意味だ?」
「私は友達とのデートにテンションが上がって思わず分裂しちゃっただけで、寝る時くらいになったら消えてるって意味だよ! まあこれからもたまに出るだろうけど、そこまで深刻に捉えないで? 私は友達が大好きなんだから!」
「…………いやまあ、分かるんだけどさ」
「それに、私達が出る時はきっとチャンスだよ? だって―――あ、これって言っていいんだっけ?」
ベッドに沈んでいた身体を起こし、カゴメの背中を見遣る。こちらに顔を見せたくないのか、JDカゴメは身じろぎ一つせず、視界の外で微笑んでいた。
「言っていいみたいだから教えてあげる! カゴメも守らなきゃいけないルールがあるんだ! それは―――自分の正体を明かさない事だよ!」
『これはカゴメには聞かないでね! それは……ルール違反だよ!』
その話を聞いた直後に、夕飯の準備が……いや、これは夕飯なのだろうか。向こうで既に食べてしまったから分裂した自分の分を作るのかと思っていたら何のことはない、単に食後のデザートを作りたかっただけのようだ(いつ食材を用意した?)。
「ティラミスってこんな簡単に出来たっけ? もっと時間がかかるような」
「不満でございますかぁ?」
「いや、不満とかじゃなくて…………」
「私には複数の身体がございますから、出かけている最中に準備出来ても不思議はないと思いますわよ?」
「まあ確かに……美味しいから細かい事は気にしないでおくよ」
ルール違反、単に俺が守らなければいけないルールについて言及したようにも思えるが、あの時の文脈の主体はカゴメにあった。海東の一件から分かるように『驚かないといけない』ルールは俺個人にかかっているというより花子さんや口裂け女よろしく付き纏う全員に等しくかかる条件のように思えるが……正体については疑問が残る。
みんなの中で彼女は自称お化けなだけで誰の目からも見える時点でまず人間だろうとされているから『正体を聞いてはいけない』ルールだけは俺専用でなければおかしい。それ以外に考えられる可能性があるとすれば―――カゴメにも守らなければいけないルールがある。
例えば、『自分から正体を明かしてはいけない』とか。
「お前の分身から寝る時くらいになったら消えるって聞いてたんだけど、どうしてもう引っ込めたんだ?」
「二人きりの時間が少しでも欲しかったのでございますわ! 私、相手が自分でも友人様の事となれば嫉妬いたしますのよ。等しく愛してくださるなら話は別でございますが♪」
「俺はお前が好きじゃないから、あり得ないぞ!」
「きっと落として見せますわよっ」
ただ、もしそんなルールに縛られているなら妙ではないか。カゴメまで縛っていたらこれらのルールは一体何のためにある? 自分を縛る意味なんてない。向こうにもルールがあるのなら―――誰がそのルールを作った?
「友人様ぁ? 何やら難しい顔をしていらっしゃいますわね? 味に不満がございましたか?」
「いや、ティラミスは美味しかったよ。驚かされる事もなくて一安心ってくらいだ。ただ……出かけて疲れたせいかな。センチメンタルというか、こんな日が永遠に続けばいいのになって」
『悪戯は勝敗がついてこそですから。終わりはいずれ訪れるものです。しかし来るべきその日までどうか―――お慕いしておりますわ』
『友人様ぁ? 長くお付き合いしてまいりましたがそろそろ限界でございますわ。私は―――友人様を手に入れる為でしたら、人間様など如何様にも壊せますわよ?』
『勝ってほしいのでございますわ、友人様だけには』
しかしどんな形にせよ、彼女は終わりを望んでいるように思える。永遠を望むのはカゴメの願いを切り捨てるのと同じなのかもしれない。
「―――俺はお前の事、好きでも何でもないけど。これだけは言っておきたいな」
「はい?」
歪んだ関係を良しとしてきた。果たしてそれが正された時、俺の感情がどうなっているかはまだ分からない。だから、伝えたい気持ちは伝えよう。ルールに抵触しない範囲で。
「ありがとう。俺と友達になってくれて」




