紳士淑女の嗜みですわよ
「水着って素晴らしいですわねっ」
「何?」
「合法的に脱げますからっ」
季節を厳密に指定すれば気が早いと言われても仕方ない陳列だがショッピングモールはいつだってせっかちだ。商売戦略としては別に間違ってはいない。時期ぴったりに売り始めたら準備なんてまるで出来ないのだし。
時間帯としてはそろそろ人が居なくなる頃合いだが、他校の学生や女性の集団はまだまだこの辺りに見える。普通、水着を買うのに異性は伴わないという事だろうか。子連れなら或いはと思ったが仮にその例外があり得ても俺達の間に子供はいないので無意味な仮定である。
「俺はお前が何処で下着を買ってるかもさっぱり把握してないんだけどさ」
「はい!」
「女性用の水着売り場に男が居たらおかしいと思うんだ。や、やっぱりやめないか?」
「水着と下着が同じだと考えていらっしゃるのですか? 水着とは場所に適した服装であり、私にとってはお洒落の一つでしてよ? 見せるのも恥ずかしい姿であるなら、それは一糸纏わぬ姿と一体何が違うでしょう」
「そうなんだけど……」
「友人様がお望みなら、生まれたままの姿でも構いませんわよ?」
「分かった! 俺が悪かった! それだけは勘弁してくれ―――」
欲望半分、良識半分。普通に裸は見たいが、裸のまま歩かれても非常に困るというセンシティブな悩みは他人である限り誰にも理解されまい。
―――真剣に選ばないと機嫌を損ねそうか?
妙な男が介入してきたせいで勝手にピンチになっているとでも言おうか、とにかくここは一旦素直になろう。俺がどんな変態的な発言をしてもカゴメは受け止めてくれるし、それ自体はルールに抵触しない。『カゴメが好き』と言わなければいいだけだ。
「では早速ですが友人様? 私にはどのような水着が似合うのか聞かせてもらってもよろしくて?」
「本音を言うとカゴメくらいスタイルが良いと何着ても似合うな。ああ、けど……その。なんだ。家でのお前の服装は―――エロ………………ぅぅぅぅぅ!」
「友人様?」
穢れ信仰の一種だろうか、こんな言葉を公衆の面前で発言する事自体が苦痛にも似た羞恥心を俺に与えてきた。言い方を変えなければいけない、俗な言い方をすると俺のメンタルにダメージが入るから。
「目に悪すぎるから! 逆に水着では健康的な美しさを求めたいかもなって!」
「ほうほう。例えば……このような?」
そう言って彼女が手に取ったのはセパレートタイプのキャミソールビキニだ。色は白で、かなり透け感が強い。だが、そう。俺の狙いは出来るだけカゴメに清純派っぽい印象を与える事だ。着物を着崩して着用している時点で”不純に足が生えてる”とか”歩く十八禁”だとか言われてもしょうがない。欲しいのはギャップ、そしてまともっぽい感だ。
「これに麦わら帽子でも被ったらあまりにもらしくないだろ? けどこれなら俺から見ても十分お洒落に入る。ほら」
かけてあった帽子を渡すと、カゴメは深めに被って半分になった視線を向けてきた。
「……何やら、意外な拘りでございますわね。友人様はもっと過激な姿をお望みになるとばかり」
「……お店で売ってないだろあれ。少なくともここには売ってないな。あったら流石に目立つと思ってる」
小さな布面積が今にも零れ落ちんばかりの大きな乳房を支える姿を想像するとある意味に会いそうだとは思ったが、その水着はそれこそ下着と変わらない気がする。要はカゴメが俺に悪戯をしたい時の服装だ。どうせ水着を買ってついでに身体もカスタマイズするならちゃんとしたデートもしたい。一歩間違えればいつでも爛れた生活にいきかねないと弁えているからこそ、俺の理性は決して折れたりしない。一緒にお風呂に入った件については、理性が見て見ぬふりをしただけだ。
「では、試しにこちらを試着してみますわね。友人様、では共に」
「……」
周囲の視線がこちらに向いていない事を確認してから意を決して試着室へ。しかし何故靴を脱いでしまったのだろう、後戻りなんて目撃のリスクを考慮したら出来ない事なんて明らかだったのに。
「は、早くしろ。いつ誰が来るかなんて分からないんだぞ!」
「焦らずとも構いませんわ。今から服を一枚一枚丁寧に脱ぎますから友人様はどうかそれをご堪能下さいませ」
「堪能なんかしない! 早く!」
羞恥心やら道徳心やら倫理観やら……俺を正道に連れ戻さんとする全ての要素は、やはりカゴメの下着が顔を覗かせた瞬間直ちに機能を停止させた。決して能力なんかではない、能力なんかで生唾など飲み込むものか。単純明快に本能がそう冴せた。
「下着は……私の手で? それとも友人様が?」
「え―――」
「ホックを一つ一つ外す感覚を、味わっても構いませんわよ?」
お化けの誘惑になど人類は負けない。
所詮は死者で、俺は生者だ。生者が死者に欲情するなどあってはならない。正に生きている世界が違うというただ一点の理由で拒絶する。勝手に人類代表面をしてでも、俺には断る用意があった。
「……クク♪ 友人様ぁ? 鼻息が荒く胸にかかってございますわよ~?」
「う、うるさい。でかくて……ふ、触れないようにしてるだけだ、から」
あっただけだ。用意していただけで使うなんて一言も言っていない。勝手に代表面出来るなら勝手に降伏宣言だってしてもいいだろう。動物の交尾なんかではメスは相応しいオスを定めそれ以外とは交尾しない種もいるようだが、気持ち的にはそれが非常に近い。カゴメの柔肌を見た瞬間、凪白悠は自分が人のオスなのだと自覚させられたのだ。
それは普段とのギャップからそうなったのではなく、この状況。一つ屋根の下でこれからも暮らす予定の女子を、その身体を、俺の好きに作り直せるという非日常の体験がそうさせる。
パサりとソレが落ちた時、或いは半ばはぎ取るようにソレを脱がせた時、俺は自分の理性に蓋をした。
ここから先は、見せられない。
「さあ、友人様ぁ? 私を……貴方の思うままに作り直してくださいませ。貴方に『好き』と言わせられる身体に……!」
ショッピングモールを後にする頃には、両手に大きな紙袋を持つ事になった。
「ああ…………何で俺は親の遺産をこんな事に」
「お父様は友人様と私が不自由なく暮らせるように遺したのでございますわっ。良いではありませんか、水着を沢山買う程度の出費ならば」
そう、これは水着だ。結局何を着ても似合うならと理性に蓋をした俺が暴走して、少しでもカゴメに来てほしいと思った水着を片っ端から購入してしまった。自分でもどうかしていると思ったが、止められなかった。全ては後の祭りだ。まるで今日は良い事があったかのように彼女の肌は艶を増し、俺は心なしかやつれている。これが代償だ。二度と、悪魔の誘いに乗るべきではない。
行く前と今とでカゴメの胸は一回り大きくなり、ウエストは曲線美を磨かれ、お尻はそれに応じて丸みを帯びた。クリエイティブの極地、或いは個人的なフェチの追及を丸々カゴメに目撃されたせいで精神的には酷く傷ついている。仮にも好きな女子だ。たとえ本人が望んで喜んでいたとしても俺の良識がそれで歪められる訳じゃない。
「しかしこれだけの数があるならば、私一人では着る機会が少なすぎるかもしれませんわね?」
「まあ、分かる。物理的に無理だよな。俺も幾ら自分に正直だったからってそれは念頭に入れておくべきだった」
「はい♪ ですから私を沢山用意させていただきますわ! それでしたら友人様の欲望も全て満たせますわよ!」
何か良く分からない事を言っているカゴメを適当にあしらい家に戻ってきた。身体が複数あるとは言っていたがその全てで水着を着たらどうなる? プールに行くにしろ海に良くしろ周囲を混乱させるだけだ。俺にだけ悪戯をしたがる彼女ならそんな真似はしない。
「お帰り、友人」
赤い髪、抜群のスタイル、しかし一回り以上も小柄な女性が―――カゴメが座っていた。中学生の制服を着ているが、しかしさっきまで買い物をしていたカゴメは俺のすぐ後ろに居る。
「お帰り~友達!」
間髪入れずに抱き着いてきたのは、他校の制服を着たカゴメだ。赤い髪を見ればすぐにわかるが―――いずれも、身体の造りが違っている。
「え? え? え? え?」
「私、今日から友人様の『家族』にならせていただきますわぁ♪ これからは各年代の私とずっとお付き合いくださいませ!」
「は? え? どういう……え?」
「これから私はぁ「妻」であり「妹」であり「妹」であり「恋人」であり「友達」という意味でございます♪ 乙女の身体を弄んだのですからそれくらいは許されますわよね? これでしたら友人様のあらゆる願いを不足なく叶えられますから♪」




