異界の化生
「な、な…………」
自称お化けの様々な悪戯を目撃して、妙な出来事には慣れたと勝手に思っていたがこれは群を抜いて変だ。時間が止まっている……冗談じゃない。冗談であって欲しいと思ったのもいつぶりだろう。
「あ、貴方は」
「儂の事なんざどうでもいい! 時間がねえんだ、てめえはどう思ってるんだ!?」
「…………」
カゴメも同じように時間停止の影響を食らっており、その身体は微動だにしない。視線が俺の方を向いているのもたまたまで、彼女はこのやりとりを認識してすらいないのに何故だろう、ここでルールを破るべきではないような気がしている。それはどちらの場合でも、変わらない。自分の気持ちは言いたくないが正体を聞くのは問題ないなんて……思えなかった。
父親は『正体を聞くな』としか言わなかったが、それはカゴメ自身に聞いてはならないという意味なのか他の誰にも聞いてはならないという意味だったのか、今となっては分からない。あの人はもう死んでしまったから。俺に出来る事はただかつての言いつけを守る事のみ。
「さ、さあ」
「はあ!?」
「どう思ってるかなんて言いたくない。それより貴方はカゴメの正体を知ってるんですか?」
「……いや。だがその質問はおかしいだろ。てめえは知らねえでこんな生活してんのか? 少なくともこいつがまともな人間じゃねえくらいは分かるよな?」
「ま、まあ一応」
とはいえ彼女は元から自称お化けで、特に驚いたりはしなかった。子供の頃は親の発言を何でも信じてしまうものだ、お化けを連れてきたと言ったらそれはお化けだし、お化けが変な事をしても騙された気分にはならない。
「貴方があの時くれたお札は、何だったんですか? カゴメにすぐ壊されちゃって……良く分からなかったんです」
「儂のお札が通用しねえのは一目見た時から何となく分かっちゃいたが、目的も分からねえくらい素早く壊されたのはちっとまずいな。即興モンじゃなくてもっと力の籠ったモンをもってこねえとな……」
「あの、質問に答えて下さい。もしくはこの時間停止を解除してください。今回の一件をカゴメに喋ったりしないんで」
「時間を止めたくらいでガタガタ騒ぐんじゃねえや! 儂はこの国一番の霊能力者、現人神介! この世に儂が居る限り霊の栄えた試しなし!」
「まあ、お化けって死んでるから栄えるとかないですよね」
デートを邪魔されているせいだろうか、ハイテンションな名乗りに冷ややかな返しをしてしまう。時間停止には驚いてしまったがそれで何をしてくるかと言えば質問攻めなんてハッキリ言って面白くない。早くこの時間が終わってほしいと思っていると、まるでその意思に応えるかのように空間は揺らぎだし、微動だにしなかった人々が僅かだが動き始めた。
「ちっ……時間切れか。いいな、凪白悠! そいつに心を許すな! 既存のお化けじゃねえ! 儂でも今はどうにもならねえからな!」
「……既存のお化けじゃない?」
「海東のバカは速攻で魅入られやがった! てめえだけはそうなるなよ! 儂がそいつを除霊出来るまではな!」
空間の揺らぎが全体に広がり、周囲の人間が何事もなく動き出したと同時に現人は姿を消した。それと同時に時間停止は完全に解除され、カゴメは不思議そうに俺を……正確には繋がっていた筈の手を不思議そうに見つめている。
お札は、燃え尽きてしまったようだ。
「…………」
「か、カゴメ?」
「………………友人様とのデートに水を差す輩がいらっしゃったようですわね。この手が離れるなんて、あり得ませんもの」
彼女は改めて手を繋ぐと、引き寄せるように手を引っ張り耳元で囁いた。
「今度は私の指を触ってくださいませんこと? 直ぐに、助けて差し上げますから♪」
「あ、ああ」
どうせこの記憶も今夜が過ぎれば忘れさせられるのだろう。あの男はどうも俺を使ってカゴメを除霊したいらしいが、俺には何の役割も持てないから期待は禁物だ。
少し機嫌を損ねた気もするので水着を買いに行く前に少し機嫌を取ろうか。フードコートに足を運ぶと、空いた席に彼女を案内して座らせる。真っ赤な髪は人混みの中でも随分目立つように思うが学校と違って各々用事があってここに来ているからだろう、道端とは違って注目もされていない。
「お腹空いてないか? せっかくだしなんか食べよう。夕食の手間も省けるだろ?」
「精の付く食べ物が望ましいですわね!」
「そんな物はないけど、温度を感じられる食べ物が好きだったよな。ラーメンでもから揚げでも餃子でもたこ焼きでも……色々あるぞ」
「あら、覚えていて下さったのですね、嬉しいですわ。夕食の代わりという事でしたら勿論友人様もご注文さなりますよね。それでしたら私が全てこちらにお持ちになりましょう」
「おい、逆だよ。家ではいつも世話になってるんだしこういう時くらい俺に任せてくれないか」
特に騙す目的もなければ隠したい意図もない。機嫌を取ろうと思ったら優しくするのが当然だろう。俺を友人として丁重にもてなしてくれるのは嬉しいが、家の中はまだしも外でまで同じことをされたら対等な気がしない。
―――あんま心の内は察してほしくないけどな。
カゴメは察しが良いんだか悪いんだか、察しているが気づいていないフリをしているのではないかと思う時もある。だからこの気遣いが好きな女性にする行為だと思われていたら思うと……ルール違反ならすぐに咎めてくるだろうからそれはないにしても、凄く恥ずかしい。
ルールとか抜きにしても、好きだと公に発言していないにも拘らずその好意を見透かされていたら誰だって顔を覆いたくなるような羞恥心に襲われるではないか。
「それが友人様のお望みなら私は喜んでお付き合いいたしますわ。では少し失礼して……」
マコトは目を瞑ると、机の上に手を出した。彼女の手はまるで意思を持っているように二本指で歩きだし―――要するに卓上で指をとことこ歩かせているだけなのだが。彼女はそれを大真面目にやっている。
「何してるんだ?」
「少し見て回っております。そうですわね、醤油ラーメンでもいただきましょう」
「おお、何となく意外だな。じゃあ俺も同じのを頼もうかな」
「あら? もしかして友人様、メニューを選ぶのが面倒で私に一任しましたわね?」
「何だよ、同じ物を食べたいって思うのは駄目だったか?」
「そのような事は決して……このような時間は貴重でございますからね! さあ、私はここでお待ちしていますわ! どうぞ、取りに行って下さいまし」
「え? まだ注文してないのにか?」
「今しがた頼みましてよ。後は友人様が取りに行くだけですわ?」
もしかするとカゴメは、俺に能力を教えてくれているのだろうか。
二人でラーメンを啜りながらそんな事を考えるのはデートに集中していないから? そう言われても仕方ないと思うが、食事中に考える事なんてそれほどない。ただ目の前の味を楽しむだけだ、だから自然と思考は雑念混じりになってしまう。
「この温もりが、私にとっては何よりも美味しゅうございます! クク!」
「俺はお前がこっそり注文出来るくらい目を離した覚えはないんだがな。いつ注文したんだ?」
「私はお化けでございますから、友人様に見せているこれとは別の身体があるのですわ。お望みでしたらそちらもお見せいたしますが、そうなると……困りますわよ?」
カゴメは割り箸を追加で一つ何処からともなく用意すると誰も居ない方向に置いた。するとどうだ、割りばしが勝手に割れ、あまつさえ彼女の麺を虚空に吸い取らせているではないか。
「か、身体は幾つあるんだ?」
「現状は三つですわ。こちらの身体は友人様の好みに合わせて製作しただけですから……ああ、ご自身の手で作られたいという事でしたらそれも構いませんわよ? 試着室で行いましょう!」
彼女はご機嫌そうに笑い、今にも顔の周辺からハートマークでも出しそうな勢いで声を上ずらせた。
「行いましょう! 行いましょう! 行いましょう!」
「お、落ち着けって」
「行いましょう! 行いましょう! 行いましょう! 行いましょう! 行いましょう! 行いましょう! 行いましょう!」
「分かったから! や、やればいいんだろ! お、俺好みにもっと改造……すればいいんだろ!」
強制発情の能力は使われていない。
俺の意思が弱いだけだ。




