赤い幻夢
「デート、参りましょう♪」
着物姿からいつものように着替えたカゴメを引き連れ、俺達はショッピングモールに足を運んだ。水着を買いに行くという目的は建前というか、実際のところはウィンドウショッピングで終わらせるつもりだ。彼女はサプライズの概念を大切にしている。今年はどんな水着を見せれば俺が驚いてくれるのかを今もきっと考えているだろうから……俺もそんな彼女を尊重して、無理強いはしない。この関係性だからこそ得られる楽しみもあるという事で。
それじゃあどうして連れて行くのかと言われたら、拡散された映像の影響を把握しておきたいからだ。SNSが盛り上がっているからと言って身近な現実までもが侵食されている保証はない。いや、学校は相当手遅れだったけど学校だけで判断するのはおかしい。あそこは所詮閉鎖された社会だ。
「……似合ってる、な」
「友人様の好みでしたのなら幸いでございますわっ。これも一つ屋根の下で暮らした賜物でございますのよ?」
カゴメは普段の着物姿から離れ、、シアー素材の黒いトップスにブラウンのコルセットスカートを合わせてお化けとは思えない見た目に早変わりしてしまった。赤い髪を見なかったらいよいよ誰か分からない。制服の時はスカートの丈を短くして活発なイメージを重視しているのにデートと来れば途端に丈を長くしてお淑やかな雰囲気を狙うのが何ともカゴメらしい。真の淑女は恐らく透けた素材の服なんて着ない。多分。
「”好き”になられましたか?」
「全然! 俺に好きになってほしいならもっと研究する事だな!」
「あら…………それでは此度のデートでたっぷりと調べさせていただきますわね」
ショッピングモールは少し遠い場所にあるから、効率を考えるならバスを使った方が早い。だがカゴメの影響を調べる事ととっくに彼女の魔性に陥落している者として一秒でも長く二人きりで歩く時間が欲しかった。それ以上の深い理由なんてないが、後からもし誰かにこの行動の理由を尋ねられたらもっともらしい理由を用意する準備は出来ている。
勝利条件を知る為にもカゴメについて知りたかったとか。”正体を聞く”行動に含まれない範囲で探る為にはデートの建前が必要だったとか。勿論そういう事にしてもいいが、行動の発端は純粋に欲望塗れだった事実から目を背けてはならない。ルールとか置いといてこんな関係―――俺が好きじゃないととっくに破綻しているのだから。
「デートの最中に聞くような話でもないんだが」
「はい♪」
「自分の真似をされるってどんな気分なんだ? ウィッグでも髪を染めるでもいいけど、みんなお前の真似をするようになっただろ。お化けの目線であれは嬉しいのか? 俺は驚いたけど……あの光景が日常になったら驚けないぞ」
「どのような気持ちかと問われましても、人間様の所業に一々関心など向けておりませんわよ。お化けにとって大切なのは驚かすべき存在だけであり、今の私にとってそれは友人様だけでございますわ。尤もそのような猿真似が友人様の心を掴んで離さないと仰るのでしたら話は別ですが」
「それはない。けど……普通の学校生活を送れなくなるのは困るなとは思ってる。全員お前みたいな髪型で男女無関係に同じ格好をされたら気が散っちゃって勉強どころじゃなくなるかもしれない」
「それは困りましたわね。でしたら少し改善させていただきますわ」
「というと?」
「お化け仲間を呼ばせていただく、という意味ですわ」
目的地に向かって歩いていた足が止まり、繋いでいた手はまるで鎖のようにカゴメの足も止めさせた。そこまで勢いはついていなかったが彼女は大袈裟に揺り戻しを受けるような素振りを見せ、見せかけの反動に引っ張られて身体に抱き着いてくる。
「へ? へ? へ! ど、どういう意味だ!? お前以外にお化けが……居るのか!?」
「勿論でございますわ! 友人様を横取りされたくなかったものですから、必要がなければお教えする必要はないと思い黙っておりました! 私の悪戯は済みましたがそれが友人様の人生に関わるという事であれば、やり方を変えるまでです。お化けの残した痕跡はお化けにしか上書きできないのでございますよっ」
「どういう奴なんだ?」
「趣味の悪いお化けですわね。私とは反りが合わなくてよ。けれど友人様の迷惑になるような真似だけはせぬよう伝えておきますのでご安心下さいませ。友人様には私だけが居れば良いのですから!」
「ねえあの二人……」
「よくこんな所でするよな……」
赤髪の女子と道端でハグしていると(たとえ結果的にそうなっただけだとしても)ここまで目立つ物なのか。周囲から揶揄するような声が聞こえてきて、恥ずかしくなった俺は素早くカゴメを突き放してまた目的地まで歩き出す―――いや、心なしか走っている気もした。
「友人様! お待ちください!」
「うるさい! こんなつもりじゃなかった、とっとと行くぞ!」
「デートで手を離すだなんて、意地悪でしてよ!」
到着する頃にはもう日が沈み始めている頃だった。ここが大都市ならまだまだ盛況に陰りは見えないと思うがここは田舎と都市の中間の賑わいを見せる町だ。人が大勢いる時は紛れもなく都市に見える反面、一度でも人が引けば一気に居なくなる。まるで潮の満ち引きみたいに。
俺達が入店した時間帯はその切り替わる境目にある。ウィンドウショッピングにしろ本当にショッピングをするにしろ、この時間帯が一番動きやすい。
「それにしても夏と呼ぶにはまだ少し時期が早いように思えますが、水着は売ってらっしゃるのですか?」
「俺と知り合ってからプールに遊びに行く時毎回水着を着てた気がするけど……そうか、こんな早い時期には行ってないのか。ここは気が早いからもう売ってるぞ。浴衣なんかも売り出してるからよっぽど予定を作るのが下手じゃない限り誰でも用意は間に合うさ。さて……買いに行く前に他の物も見るだけ見ていかないか? 俺の要望を叶えてくれよ」
「それは勿論、ご随意に♪ 私は友人様の三歩後ろをついていきますわっ」
「隣に居てくれよ」
このデートの意味があるとすればそれは俺の下心だけだったが、それはついさっきまでの話だ。他のお化けを呼ぶなんて言われたら幾らその場では話が終わっていても気にならない訳がない。
―――そのお化けを調べるのは、ルールに抵触しないよな。
部長も言っていたが、俺達はお化けに詳しくない。そもそも彼女の言う”お化け”の概念が知っている筈の”お化け”と違う気さえしている。それなら認識を正し、間接的にカゴメを知るまたとないチャンスだ。
「おい」
「…………いやすまん。ちょっと何処から巡ろうかなって考えてて」
「おい、小僧! 誰に話しかけてんだ!」
え、と野太く低い声に驚いて振り返る。そこに立っていたのは海東が呼んだ山伏の恰好をした男、そいつは俺の手にお札を貼り、カゴメと繋がっていた手を棒で塞いでいた。
いや、最早そのような状況は些末だ。考えてもみればおかしな話、仮にも服装はまともなカゴメよりも遥かに目立った格好をした壮年の男性が誰の視線も集めていないなんて。
周囲に目を配った時、その理由は明らかになった。
「儂にいわせりゃ生きながらの自殺だ。てめえは一体何がしたい、凪白悠。こいつが何か分かってて女みてえに扱ってんのか!?」
「…………」
「何とか言え」
「いや、その…………え、ええ?」
カゴメでさえ、今は動かない。というか時計が動いていない。
時間が、止まっていた。




