二色化かしの謀
「中々興味深い記事を持ってきたな。タイトルはこうか?『寝取られ彼氏の復讐! 寝取った男の性癖を歪めた彼女のルールとは!』我ながらいい案だな。うむ、まだまだ部長は続けられそうで何よりだ」
「そのタイトルだと俺が情報提供者ってバレるから変えて下さい。ま、逃げ道自体はありますけどね……真っ先に疑われるのは避けられないし」
二人きりの部室、放課後にこんな時間を作れる日は滅多にない。それもこれも全てはカゴメがしてくれやがった悪戯のせいだ。海東はあの一件で完全に心を壊してしまい、今も自認がカゴメの悪戯好きな異常者になってしまっている。男の尊厳とか、これまで築き上げた関係とか、親族からの目線などは全て崩れ去ったのは想像に難くない。警察に保護されてから家に軟禁状態だったそうだがここ暫くは家を抜け出し勝手に学校までやってきては暴れ回っている。
彼の両親が退学の手続きを進めてるとの噂もあったり……
「ルールとはなんだ? 凪白、お前は知ってるんじゃないのか?」
「さあ、俺は聞いただけですからね。ルール違反とやらが……カゴメには独自のルールがあって本人もそれを守ってるだけっぽいってくらいですかね。これ、告白じゃなくて考察ですけど」
ルールについては秘密にしておけばいざという時にアウト判定を取られないだろうという目論見から引き続きシラを切っているが、仮にルールを知っていても海東についてはどうにかなるモノじゃない。それに、他の皆も。
「この記事は今日出すんですか?」
「さて、どうなるかな……お前も知っての通り今はカゴメちゃんブームが来ている。海東がコスプレをしたせいかな、男女問わずカゴメちゃんの服装を真似しだして気味が悪いったらない。あのインパクトに比べればどんな記事も面白みに欠けるだろう。安心しろ、約束は守る。お前の事は表に出さん」
「ブームは校内だけじゃないっすよ部長。SNSでタグ付き拡散されたせいで結構な速度で広がってます。アイスバケツチャレンジみたいなノリで」
「……カゴメちゃんが悪戯好きなのは周知の事実だが、少しやり過ぎだな。何故これまで甚大な被害が出なかったのか不思議でならないくらいだ」
「そりゃ、普段は俺にばっかり悪戯を仕掛けてきてそれで満足してきたからでしょうね。海東はそういう気遣いが出来なかった……周知の事実? もしかして部長のクラスメイトにまで知れ渡ってます?」
部長の方は百歩譲って理解出来た。幽霊部員とはいえ俺が過去に口を滑らせた可能性もあるし、他の部員を動かして元々カゴメについて探らせていたかもしれないし。ただそれ以外の人間……同学年でないなら話は変わってくる。部長は悲鳴を上げる椅子から気怠そうに立ち上がると、机の中にまとめられていた書類を俺に渡してきた。
中身は、カゴメマコトについて。
「…………カゴメマコトについて100の質問? いつ送ったんですか?」
「あの騒動の直後……もっと言えばテストの返却期間が終わった直後だ。騒動のお陰でこういう悪だくみも目につきにくくなったのはいい事だな。安心しろ、大した質問じゃない。俺も大して彼女の事は知らないからな、質問をよく見れば分かる通り誰にでも当てはまるような項目まであるだろう?」
「目的は?」
「誰がカゴメちゃんについてどれだけ詳しいのかを知りたかっただけだ。お前以外に詳しい奴が居るならソイツから話を聞いておけば裏取りもしやすいだろ」
それで結果は…………全滅。”はい”か”いいえ”で答えるだけの質問ばかりなのにまるで全員の意思が統一されているように等しく”いいえ”。これは質問に答えた人間が正直者だと示すデータではない、答えた人間の全てがルールを知らないにも拘らずカゴメの情報を明かせないと示している違和感のデータだ。情報の真偽もその重要性も関係ない。誰もがカゴメマコトを大好きなのに、誰もその素性を喋れないなんて。
この学校には、何かが起きている。
きっと、海東がおかしくなる前から。勿論おかしいと思う点を挙げればキリがない。自称お化けの部分を誰も茶化さないところとか、カゴメを見るや他の用事があろうとなかろうと大多数が彼女に視線を奪われるところとか。だがそれらは俺に向けた悪戯だと思って気にしていなかった。お化けならそういう事も出来るだろうと……実際、お化けかどうかはともかくカゴメが人間とは違う存在なのは確実なのだから。
「卒業までにはどうにかカゴメちゃんについて解き明かしたいところだ。彼女は一体何者なのか……クラスのマドンナかはたまた自称お化けは本当にお化けなのか……」
「部長はまだカゴメが人間だと考えてるんですか?」
「幽霊の存在が信じられていないのは、接触出来る人間が限られているからだ。カゴメちゃんは霊感などなくとも誰でも認識出来る、普通の人間みたいに。だから人間でなければおかしいのだが、これは思い込みなんだろう。何せ俺は幽霊に詳しくない……」
言いつつ部長は何か思いついた様子だったが、その答えを聞く時間はなかった。身を翻し、部室のドアに手をかける。
「……あ、そろそろ時間なんで行きますね。体感ですけど、これ以上待たせるとカゴメの機嫌を損ねそうなので」
「何だ、今日は無理やり振り切ったとばかり思っていたが待たせていたのか。怪しまれたりしてないだろうな、お前の方から怪しまれちゃ庇えんぞ」
「まあ……怪しまれはしてないでしょうけど。カゴメとはちょっと、結果の精算をしないといけなくて」
考える時間が欲しい。その一言が使えたから部長との接触がかなった。普段なら一緒に帰路に着いているところだったのだ、この為にテストを頑張った訳ではないがどうか褒めてほしい。いや、これから褒められるところだ。
家でカゴメが待っている。俺の欲望を、全て満たす為に。
「友人様、お待ちしておりましたわ」
家に帰った瞬間から、歓待は既に始まっていた。カゴメは玄関マットの上で正座をしており、俺の顔を見るや恭しくお辞儀をする。しかも普段は開けている着物も今度ばかりはきちんと着付けており、背中に流した赤い髪を見なければ別人と錯覚しそうになった。
「うおっ、こ、今回は随分とちゃんとしてるな。これはこれで驚いた」
「友人様の勤勉さを祝うのもこれで何度目でございましょうか。私の悪戯が成り行き任せだった事もあり多少迷惑をかけてしまいましたので、このような形を取らせていただきますわ。さあ、リビングへまいりましょう。或いは……寝室でございますか?」
私はどちらでもかまいませんわよ、と余裕綽々。思春期の男子には毒過ぎる誘いも、ルールを思い出せば拒絶出来る。今回に限った話ではないのだが、自分の本心を偽るのは純粋にストレスなのだ。驚いてないのに驚いたように見せたり、大好きなのに好きじゃないと明言したり。
本音を言えば青春の蜜にあたる部分はカゴメを相手に全て貪りたいくらいだけど、それは決して認められない。海東があれなら俺は一体どんな目に遭うのか……そうぞうしたくもならないからだ。
「友人様は『現代文』『古典』『地理』『歴史』『数学』『生物』の六教科にて無事五四〇点を超えられました! 私は嬉しゅうございますわ! 今は亡き人間様も友人様の頑張りを見てきっと涙を流されているでしょうね! クク♪」
「超えたら、俺の欲望を全て満たしてくれるって話だったな?」
「ですわ! しかし気を付けて下さいませ? 欲望を満たされた人間は実に脆く、歪みやすいのでございます。友人様も遂に私を『好き』と言ってくれるのではと……期待してしまいましてよ。ああ、ああ! ただその一言さえ言って下さるなら……私は♡」
リビングで頬を紅潮させうわずった声を出すカゴメを見ていると、願いについては概ね検討が付いているようだ。でもそれは仕方ない。毎度記憶を失うせいもあるのだろうが―――いつからか、カゴメ以外の女子を恋愛対象として見られなくなってしまったから。その劣情を引き受ける相手は一人しか居ないのである。主に中学校くらいからずっと、それは変わらない。
「カゴメ、お前はぬかった。以前まではきちんと期限を設けてたのに、今回は無期限だ。永遠に……この関係が続くまで、奉仕してもらうぞ」
「あら~そうでございましたのね♪ これはこれは……しかし、構わなくてよ! 人間様と違ってお化けは強靭でございますの! さあ、さあ! 生なる欲望を! 人間様には到底もったいなき願いを! 私に!」
大袈裟だな、と頭の中でごちる。俺から直接彼女を襲った事はないが、いつか我慢出来なくなって『犭』す日も来るのだろうか。それはそれで……その日が来るなら仕方ないが。
今じゃない。
「夏も近くなってきたし、水着を見に行かないか?。早い話、デートをしろ」




