叶った愛に希う
町を行く、ただ、そこに浮かび上がる影の中を彷徨っている。
「夜の暗闇はやはり落ち着きますわね。お化けとしての本能か或いは友人様が傍におられるからか……どちらでしょう?」
「学生が夜に出歩くのはいけないんだぞ?」
「まだそこまで夜は更けておりませんわよ? さあ、何処へなりとも行きましょう、友人様の望むままに♪ ククク♪」
―――しゃべ、れない。
だが操られているのかと言われたらそうでもない。特定のワードを……具体的には海東の話題を出そうと頭に浮かんだ瞬間、その思考は消えてなくなるのだ。幾ら考えても考え止まりで口に出ない。高い所に上った時、降りるつもりもないのに飛び下りたような感覚を覚えた事はないだろうか。あれは想像力が先行して体験した結果なのだが、この束縛はそれによく似ている。現実が口に出す前に想像が試し……死なない為には口に出すべきではないと判断したのだ。
出していいワードは身体が勝手に判断してくれる。よく分からないが慎重に喋ろう。
「つかぬ事をお聞きしますが、友人様はこのような場所に誰かと来られるのでしょうか」
「来られる訳ないだろ。いつも誰と生活してると思ってるんだ? まあ、仮にそうじゃなくてもこんなところに来る意味はないんだけどさ」
都会ならば深夜でも賑やかだと聞くし実際テレビでもそのように移されているが、ここは無駄に人が多いだけの田舎だ。別に田園風景が広がっているとか、野犬がその辺をうろついてるとか熊と出会うとかそういう話ではないのだが、寝静まるのがとにかく早いのだ。眠らない町と呼ぶにはあまりに健康的で、ゴーストタウンと呼ぶには生者が多すぎるようなそんな町。俺達が歩いている通りはそれこそ大昔は繁華街のような賑わいを見せていたそうだが、俺が生まれた時くらいからシャッター通りになっていた。
「逆にお前は、誰かと来た事があるのか? お化け仲間だとか」
「友人様、私はお化けですが決して仲間などおりませんでしたよ。友人様と出会うまでずっと一人ぼっちで寂しかったのですわ。今は勿論幸せでございますよ、私から少し驚かすだけで友人様は驚いてくださいますから♪」
「…………お前も、一人だったのか」
「はい」
思えば、カゴメの過去なんてこれまで聞いた事もなかった。正体を探ってはいけないルールに抵触すると思っていたのもそうだが、そんなのは今になって思いついた正当な理由に過ぎない。一番はそもそも興味がなかったからだ。カゴメの幼稚な悪戯に驚いたフリを定期的にしているだけで彼女は満足し、それ以上を求めないばかりか世話を焼いてくれる。恥ずかしいという感情が消えた事実はないが、自分が良い思いをしているという自覚は確かに存在していて……今もその優越感に浸っている。
カゴメマコトは何でもしてくれる。俺が望めば、望む姿を俺に見せてくれる。その信用が、その契約が、何よりも心地よかった。だから全てを差し出して尚、不満がない。両親の名前を忘れても、明日になればクラスメイトも部長も全員がはじめまして。記憶を保証してくれるものは生徒手帳しかなくなる。
それでも良いと思っていたから、この関係も続いたのだろう。さっぱり俺の願いを聞いてくれなかった両親が……主に父親が叶えてくれた最後のお願いに不満はない。寂しさも、欲望も、愛情も、カゴメが全て与えてくれる。差し出すのは偽物の恐怖だけ。
「私は、寂しかったのでございますわね。他人事のようですが、今はそのように語っても問題ありません。友人様は確かに傍にいらっしゃいますからね。人は孤独には勝てないという考え方があるように、お化けもまた孤独は耐えがたい苦痛なのでございます。人間様にとって命の種とは食物であるように、お化けは人間様の苦痛や恐怖こそが命の種。孤独な身ではそれらを供給する術がなく、人を脅かせば忽ち隔離されてしまうのが実情でしたわ」
「……立ち入り禁止とかにされるって意味だよな、お前は殺さないんだから。お前を連れてきたのは父親だったけど、あの人は同じように一人ぼっちだったお前を連れてきた……訳じゃないんだろうな。たまたま俺達は一人に飽きてた……」
かつて言った『お化けが欲しい』という願いの裏にどんな気持ちが秘められていたかなんてもう自分でも分からない。勿論、小さい頃はお化けが怖くて理解すれば怖くなくなると思ったからという理由は思い出せる。間違いなくそれは原初の理由だった。ただ他にも……俺には理由があった気がする。
もう、思い出せないけど。
「友人様。どうかこれからも末永く私の傍に居て下さいませ。そしていつまでもこの悪戯を…………なんて、冗談でございますわっ!」
気づけば体の自由は取り戻されていた。お尻を揉むのを止めて代わりに手を繋ぐと、カゴメは驚いたようにピンと指を張り詰めてから怯えた様子で応じてくれる。まさか今のでびっくりしたのだろうか、だとしたら……驚かす側ばかりやりすぎて、お化けにもその耐性がないなんておかしな話が生まれる。
「悪戯は勝敗がついてこそですから。終わりはいずれ訪れるものです。しかし来るべきその日までどうか―――お慕いしておりますわ」
「お前は負けたいのか?」
影はまるで彼女の味方をするようにその顔を隠し―――表情は。見えなくなった。
「……勝ってほしいのでございますわ。友人様だけには」
結局海東に何をしたのかは分からないまま、俺達は家に帰って残る日常を過ごした。今日は満足したそうなのでカゴメについてもお化けではなく最早ただの優しい人、もといJK妻みたいになってしまった。
「お風呂に行ってまいりますわ~」
「ああ」
「いつでも訪ねてきてよろしくてよ? 私、いつまでも待っておりますわっ」
「早く入れって!」
もし俺達の生活に密着している人間が居たなら同じ疑問を抱くだろう。彼女は本当にお化けなのか、と。人間でない事が確かなら俺にとっては些細な話だ、それはこれから何をされても変わらない認識である。生徒手帳に『海東』の名前を記しつつ、改めて自分の中に生まれた目標を書き起こした。
・カゴメマコトに悪戯で勝利する。
これまでルール違反しか教わらなかった関係には、勝敗の概念があると初めて知った。ならば俺は勝ってみたい、彼女さえそれを望んでいるのなら。尤も、それについて本人に聞くのは『正体を探ってはいけない』というルールに抵触しそうだが、『驚かされたら驚かないといけない』ルール同様、裁定者はカゴメだ。要するにバレなければいい。そのアプローチについてはまたこれから考えよう。海東に何をしたかを彼女は知られたくない様子だったが…………もしかしてそれは勝利条件と直結している、とか?
まあ、いい。彼女は人を殺さないらしいから知るチャンスは幾らでも生まれるだろう。暫くはいつも通り生活するだけだ。もし気がかりな点があるとすれば就寝時に記憶を消され、この決意から主体性が失われるかもしれないという恐怖だけ。いつもそうだ、記憶を消されて後から手帳で情報を補完すると相手に対する興味が消えている。決まって俺が興味を持つのはいつもカゴメの事ばかり。
今、一緒に入浴しないのは最後の理性だと思ってもらっても構わない。続ければ昼も夜も無関係にその身体を貪り続け、人間として腐り果てる未来が何となく見えている。
そしてそれは、彼女の望む未来ではない。
何となく思うのだ。最後の理性が続く理由でもあるがカゴメは俺に負けてほしくないとずっと前から思っているような…………勝手な思い込みならそれでもいいが、とにかく俺は人間として堕落を認めない。お化けには、最後まで抗う所存だ。
「友人様~! 私の身体を洗ってもらってもよろしいですかぁ~?」
「分かった! 待ってろ!」
言行不一致、意思に反した強制行動執行。さっきも同じ事をされたから、今度は確信できる。カゴメには本能に従わせる能力があるらしい。笑いたければ笑え、今の俺は良識とは無関係に下心しかない。そういう風に操られている。
「でも好きじゃないからな! 勘違いするなよ!」
「本当に、そうでございますかぁ?」
「当たり前だ!」




