推し愛圧し合い化かし愛
二人の居場所なんてノーヒントでは皆目見当もつかないが、夜のカゴメには特有のニオイが漂っているから、それを頼りに探せばその内二人を見つけられるだろう。
どんなニオイかと言われても説明が難しいが、一言で言えば天にも昇る心地だ。嗅いでいるだけで不思議と意識が薄れていくような……いや、自ら喜んで意識を手放したくなるような愛情のニオイ。例えるなら眠い時に飛び込んだふかふかのベッド、寒い時に潜るこたつ。殆ど人間が警戒よりも先に安心し、否応なしに受け入れさせてしまう不可思議の魔力がニオイになっていると思ってくれればいい。
「…………おー?」
犬ではないのでニオイ一本で追跡するのは土地勘がないと難しいと思われたが、意外な事に途中からニオイは不要になった。行きつく先が学校になってしまったなら、後は虱潰しに探せばいい。カゴメはお化けかもしれないが追われる海東は普通の人間だ。昇降口から俺が入って姿が見えないなら開いている場所を施錠していけば少なくとも入れ違いになっても何処から出て行ったかは分かる。
―――学校に行った理由は、あれだろうな。
思い出す程の時間は経過していないが、海東がカゴメに告白する時、霊能力者だか陰陽師だかよくわからない人間を連れてきていた。あの男は学校中に盛り塩を設置して何処かへ行ってしまったが、もしあれを当てにしてここに戻ってきたのならタイミングが悪かった。あの塩は俺が回収してしまったしそもそもその塩は黒ずんでいた。原因は不明だがオカルトっぽい話をするならカゴメの影響を受けて黒ずんだと思われる。だからあの塩に効果を求めても時間の無駄でしかない。
尤も、あれは海東が去っていく前後の話だったから彼が知らないのも当然だ。様子がおかしくなってからずっと逃げ回っていただろうから、冷静に盛り塩について確認出来た余裕はない筈。
「うあわわわあああああああああああ! ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!」
時刻は夜の七時を超えた辺りで、部活が終わって生徒は居残り補習でもしていなければ全員帰宅しているだろう。だが教師は残っている筈だ、無人の学校とは言い難い状況で、一人の人間が生涯に一度しか出せないような金切り声。静まり返っていた学校に喧騒が戻る。
昇降口で様子を見ていると、地理の先生が通りがかった。
「……凪白? どうしてここに?」
「カゴメと海東を探しに来たんです。先生が知ってるかは分かりませんけど、ちょっと付き合いがあって……さっきの声って何処から聞こえましたかね?」
「私に聞くな、というより私も探している。たった今キミでない事は確定したな。見逃してあげるから今日は帰りなさい。二人についてはこっちの方で何とかするから」
「いやあそういう訳にもいかないんですよね。俺も追いかけてきたんで……見つけたらすぐに帰るので見逃してくれませんか? カゴメだけでも、ね? 理由を言わなきゃいけないなら……そうだ、知ってますか? 実は―――」
俺は先生に昼休みにあった出来事を話した。霊能力者らしき男を不審者とし、彼が不審な物を学校中にばらまいたから回収しなければいけないのだと。生徒の役目ではないという意見には、不審物と言っても大量の食塩だという説明を付け加えた。
「先生、食塩は危険ですか? だったら家庭科の授業なんて出来ませんよね。爆弾や硫酸を回収するんじゃないんだし、それくらいは任せてもらいたいです」
「……その男は何故塩を?」
「カゴメはは自分をお化けって言ってますから、海東が何か吹き込んだんじゃないんですかね。それで、どうですか先生? 食塩の回収くらい任せてくれても」
「……捨てたらすぐに帰るんだぞ」
「はい! ありがとうございます!」
先生はこれから体育館へ行くようなので、遭遇しないように三階へ向かう事に。あんな言い訳をした手前、次に鉢合わせしたら塩を持っていないと辻褄が合わなくなる。せっかく用意した言い訳なら無駄にしたくない。
―――体育館から聞こえたら流石に分かりそうなもんだけどな。
体育館と校舎は基本的に別の建物だ。向こうから声が聞こえたら分かりそうな物だが、職員室との位置関係から察するに遠くの方で音が聞こえたからこちらに来た程度なのだろう。余程耳のいい人間でないと音の奥行きまでは聞き取れない、俺もまたやってきた方向のお陰で音の位置関係を把握出来ただけだ。さっきの声は少なくとも上の階から聞こえた。
階段を上ると、海東が正に階段を降りようとしている所だった。しかし俺の姿を見るやまるでネズミのようにそそくさと向きを変えて逃げ出してしまう。
「あ、おい!」
「くりゅなりゃあああああああああああああああああああああああ!」
何処にもカゴメの姿はないが、彼は一体何から逃げ惑っているのだろう。もう反対側の階段まで逃げられてしまった、追いつける道理はないが向こうは職員室の直上にあるから今度こそ先生達も位置を掴める筈だ。
「……」
さて、別に海東を保護する為に来た訳じゃない。彼が何をされたかを知る為に来たのだ。カゴメ本人の口から語られない以上察する以外に道はない。本当は犯行の瞬間を目撃したかったがどうも彼女は入れ違いで帰ってしまったようだし、痕跡を見て考察するしかあるまい。
三階の教室という教室が開放されているのは流石に海東の仕業だろう、一つずつ入って確認すると黒板に異変は残されていた。中には大量の落書き、それも特徴のある絵が描き殴られている。曲線を被った簡易的な人の姿、もしくは藁人形がチョークをありったけ使い黒板の余白を埋め尽くしていた。他のどの教室も同じだ、どれもいくつかの机が押し倒されているところから、海東の仕業に違いない。
「あらあら、友人様。こんなところまで来てしまうなんていけない人でございますわね」
「カゴメ?」
振り返っても、そこに姿はない。ただ安心を無条件に作用させるニオイと生気を感じない吐息だけが近くにある。
「私への協力は十分だと申し上げた筈でございますわ」
「何をしたのかを知りたかったんだ。お前は殺さないと言ったけど、誰かがルール違反したのを見るのは初めてだったからな。何をされるか気にするのは当然だろ?」
「それでしたら、既に手遅れでしてよ。人間様に植えた恐怖の種は今度こそ芽吹き、尽きぬ恐怖を私に捧げて下さるのです! 伝わってきますわぁ……怯え、恐れ、苦しみ悶えるその心が! 現実が! 歪んでいくのを!」
姿は見えないが恍惚とした表情で語っているのは言うに及ぼない。長い付き合いだ、顔を見なくてもその表情くらい浮かんでくる。お化けかどうかわからないと俺は言ったが、まともな存在でないのは元々分かっていた。むしろ……悪意的に干渉する彼女とどうして平和的に共存出来ていたのか不思議なくらいだ。
ルールを守っているからと言って、ここまで極端に印象が変わるものなのだろうか。
「……癖になったんなら、俺にもやるのか?」
「友人様が私との契りを破られるならそれも吝かではございませんわね。しかし友人様は人間様と違い聡明でいらっしゃいますからそのような真似はいたしませんよね? ご心配なさらずとも私から契りを逸脱することはございません。そのような真似をせずとも友人様は本気で私の悪戯に驚いてくださるのですから♪」
トン、と背中の中心を突かれる。振り返ると、今度こそカゴメを見つけた。いつもの制服姿ではなく―――町中で着るような白いドレスを着て。
「うわあああ! な、何だその……服装」
「友人様はいつどのような瞬間でも驚いてくださいますわね♪ 貴方様の目の前でしたら私、まるでヒトのように振舞えますわ! 友人様、どうか私を夜の町へ連れ出して下さらない? お化けの務めを果たしても、この気持ちは絶えませんの」
「いや、俺は海東に何をしたのかを」
「私だけを覚えていれば良いのです、友人様。何も、疑問に思う必要はありませんわよね?」
カゴメが指先を口に当ててこちらに投げキッスをした次の瞬間、俺の身体に渦巻いていた疑問やら信念やら決意やらは瞬く間に解きほぐされ、ただカゴメが求めるままに手を伸ばし、スカートの中に手を入れ、お尻を鷲掴みにしていた。
「まいりましょう? ただ、この夜に」
「ああ」




