2杯目9口 第二回茶話会ゲストのその後〜1ヶ月後の舞踏会にて〜(前編)
〜登場人物紹介〜
◇マリア……セントルローズ公爵夫人。お茶会主催者。
◇ヴィエラ……先々代セントルローズ公爵夫人。
─本日の招待客─
◆モイラ・ゾルテナ…… リレイア子爵夫人 。51才。夫のリレイア子爵は15才年下。
◆ ジュリナ・アーバンセーン……大富豪の妻で、本人も化粧品の企業を経営している。元侯爵夫人。
◆ケイティ・カトマンド…… ダレス男爵夫人。結婚4年目で24歳。眼鏡をかけている。
ジュリナのモイラへの"見捨てない"宣言は 本当に本気で大真面目であり、化粧品会社女社長は燃えていた──
セントルローズ公爵邸の茶話会終わりに、なんとジュリナは自分の馬車にモイラを乗せて、そのまま"美容合宿"へと連れ去ったのだ。
モイラ自身は勿論抵抗した。
宿泊の準備等何もないし、旅費のようなものも持ち合わせてもいなかった。屋敷にも、夫にも断っていない。
だが爵位持ちではなくても王国トップクラスの富豪のセレブ妻は、こともなげに言った。
「着替えは全て新品をこちらで用意するわ。あなたと"エンジェルヴェール"に合うドレスもね。食事と泊まるところは提供するし、レッスン料は勿論いらない」
ジュリナの明るい茶色の瞳はかげり、赤みを帯びて光りを放っていた。
「返させてちょうだい────これまでの15年間の化粧品代を。うちの長年の顧客が泣かされっぱなしだなんて、絶対に許さないわ」
「だけど主人に何も言ってないし──」
「女だってたまに突然居なくなるくらいでいいのよ。少しはあなたの方の気持ちにも気づくんじゃなくて?
それともリレイア子爵は、よその女のところに泊まるとき わざわざあなたに伝えていた?」
この言葉で、モイラは自ら 美容の魔女の馬車のタラップを上がって行った。
ケイティはジャンプしながら声援を送って手を振り、マリアはハンカチを振って見送った。
ヴィエラは静かになった応接室にいた。
ベルを鳴らしてカモミールフレーバーのアールグレイティーを執事に入れ直してもらい、その香りをようやく ゆっくりと楽しんだ。
1ヶ月後────
リレイア子爵邸舞踏会
「ねぇ、ちょっとあなたも見た?」
「信じられないわね。痩せて別人みたい」
「なんだか若返ってるのよ。一体どうやったのかしら?」
あちこちで、その人は話題だった。
「なんて言うか……振る舞いもエレガントになったよ、彼女は」
「本人には失礼になってしまうかもしれないが、今が1番良いんじゃないか、リレイア子爵夫人は──」
リレイア子爵夫人モイラ・ゾルテナはその日の女主人であり、そして明らかに注目の的だった。
ずば抜けて目を見張る美女なのではない──だがその変わりように、彼女を知る人達は十人中十人が振り返った。
モイラは体重が減って全体的な体型が変わっていた。バストやヒップは 計算され尽くした食事と運動と、矯正下着のおかげで全く損なわれず、代わりにできた明確な くびれが女性的な曲線をしっかりと描いている。
ドレスはそのラインと大人の淑女の魅力を際立たせるマーメイドライン。落ち着いた紫系の色合いで彼女の漆黒の髪にも合っている。
胸元と頭には白と黄色の花飾りが明るくあしらわれた。
そしてメイクだ。かつては首の色との違いが分かるほどゴテゴテに塗られていた白粉は、今は自然に肌に馴染んだ色合いで、口紅は優しいオレンジを含む赤系だ。
頬紅や眉墨も控えめになった。
肌の色は確かに流行りの白ではないが、健康的なブラウンの艶やかさはセクシーでさえある。
それでいて体型がスッキリしたおかげか所作の速やかさと優雅さが増した。
彼女に声をかける人がとても増えたので、表情が明るくなってよく笑い、それがまた人目を惹いた。
その夜──モイラは初めて“モテ期”を体験した。
ダンスカードが予約でいっぱいになったのは、齢51にして人生で初めてだったのだ。
新生リレイア子爵夫人の舞踏会は大成功だった。
宴もたけなわを経て深夜過ぎにもなろう頃、モイラが最も待ちわびていたその人は現れた。
その姿を認めて、彼女は思わず抱きついていた。かつてはそのようなことはとても考えられない相手──その人もそうだったのだろう。
だが今は 抱擁を返してくれた。
2人はしっかりと抱き合い、やがて夜の闇のバルコニーへと消えた。




