2杯目7口 ダレス男爵夫人ケイティの決意
〜登場人物紹介〜
◇マリア……セントルローズ公爵夫人。お茶会主催者。
◇ヴィエラ……先々代セントルローズ公爵夫人。
─本日の招待客─
◆モイラ・ゾルテナ…… リレイア子爵夫人 。51才。夫のリレイア子爵は15才年下。
◆ ジュリナ・アーバンセーン……大富豪の妻で、本人も化粧品の企業を経営している。元侯爵夫人。
◆ケイティ・カトマンド…… ダレス男爵夫人。結婚4年目で24歳。眼鏡をかけている。
「私、明日から愛人を探そうと思っておりました」
かしこまったケイティがそんな発言をしたので、マリアは咄嗟にどう相槌を打ったものかと思案した。すると横から
「何か理由はあるんでしょう?」
とモイラが尋ねてくれた。
"はい"と小さく答えてからケイティは続けた。
「カトマンド家は男爵位で、ダレス領はさほどの広さではありません。大陸の端で王都からも遠くいわゆる田舎です。それでも私と夫のオリバーはなんの問題もなく、つつがなく暮らしていました。結婚4年目で息子も2人おります。
──ですが、ある日夫が私に言ったのです」
ケイティはそこで少し目を伏せた。
「"君との結婚生活はつまらない"────と」
みんなの表情が瞬時に変わった。
「私も言いました──"私もなんだかつまらないと感じていました"って」
流石だ。やはりケイティは言う時に言える女性だとみんなが思った。
「それで私達、今年は社交シーズン中にお互いに愛人を作ることを許しました」
ジュリナはその美しい額に皺を寄せながらも、これについて意見を述べた。
「まぁ……貴族の夫婦の間では珍しいことでもないもの。お互いに良いなら……第三者が口出ししても仕方ないでしょうね」
黒髪のモイラはややヤケッパチ気味だった。バタフライケーキを頬張っている。
「あなた、すぐ見つかるわよ相手が。綺麗なブロンドだし、細いし若いもの」
「はい。────でも やめることにしました」
ケイティの答えにジュリナとモイラは動きが止まる。
"今 はい って言ったわよね?"だけではなくて。
「どうして やめることにしたの?」
マリアが聞いたが、ケイティは なかなか答えない。──やがてチラチラとジュリナとモイラに視線を送る。それに気づいた彼女達は口々に言った。
「何? 気にしないでいいわよ、泣きわめく うるさい中年女は。」
「ここは無礼講なんですって。偉そうな平民もいるくらいだから、もう何でも吐き出してしまいなさい」
ジュリナとモイラの戦火は消えることは無さそうだ。
「──では、あの……お2人には失礼かもしれないのですが……」
ケイティは眼鏡をかけ直し、背筋をピンと伸ばして話し出した。
「私の両親も典型的な貴族の夫婦でした。私は両親が愛を語り合ったりベタベタしているのを見たことがありませんし、喧嘩すらも……記憶にありません。
いつも形式ばった やり取りで父は母に必要なことだけ言い、母はそれに従っていました。
私、夫婦ってそれで良いのだと思っていました。実際夫にもこの4年そう接してきました」
そこでケイティは ジュリナとモイラをしっかりと見た。
「私、今日この茶話会でお二人の男性を愛する気持ちをきいて、初めて考えました。──私は夫を愛せていたのかな…………と。
正直言って……自信が無いんです。それに私、彼に愛される努力も全く してきませんでした。
ただ妻としての勤めを果たそうとばかり。そして、それや子育てや女主人としての役割が出来ていれば、女としていいだろうと……甘えていました」
ジュリナとモイラはうなずきながら聞いている。マリアもヴィエラも。
「明日愛人が見つかれば、その人と恋したら、それはそれでそこに束の間の楽しさ喜びもあるのかもしれません。
────だけどお2人の話を聞いて思ったんです。私の結婚は実のところ、かなり恵まれていたのではないかと。オリバーはこれまで他の女性の影もない、娼館も行ったことがない真面目な人間なんです。でも思いやりがあって優しくて時に情熱的で熱心で…………良い夫なのです」
そこでケイティは目線を外して少し照れた。
ジュリナとモイラは もう うなずいてはいない。
マリアとヴィエラは機械的に首を上下した。
「それに私達はまだ結婚4年目で年も若い! まだまだ夫と努力していけば、私達は──これから先、素晴らしい夫婦生活を築いていけるのではないかと気づいたんです」
ケイティの話は熱がこもってきた。
ジュリナとモイラは険しい顔になってきた。
「身も心も愛される!! 女性にとっての悦びってそういうことだったんですね。
私、オリバーともっとちゃんと話し合います! 愛人なんかいらないし、作らせません! ええ、"他の女性はやめて。私があなたのために努力致します"って眼鏡を外してお願いしてみるわ!! きっと彼も思いとどまってくれるはず!」
ケイティは祈りのポーズをして自分の話に入り込み、もはや誰に向かって話しているかは定かではない。
マリアは苦笑しながらも、従うご主人が目に見えるかのようだった。堅物の本妻に眼鏡を外してそう乞われたら、大抵の夫はイチコロだろう。
本当の恐ろしい人物はここにいた。
「お2人の話を聞かせてもらって本当に良かったです。ああ、人生踏み外していくところでした……私まで!!」
そして、ケイティは無邪気な笑顔をジュリナとモイラに向けた。
その先には鬼の形相でフェアリーケーキとバタフライケーキを投げるかまえをする2人がいた。
────無礼講にも程はある




