2杯目4口 ミセス・アーバンセーンの公爵令嬢時代と侯爵夫人時代
〜登場人物紹介〜
◇マリア……セントルローズ公爵夫人。お茶会主催者。
◇ヴィエラ……先々代セントルローズ公爵夫人。
─本日の招待客─
◆モイラ・ゾルテナ…… リレイア子爵夫人 。51才。夫のリレイア子爵は15才年下。
◆ ジュリナ・アーバンセーン……大富豪の妻で、本人も化粧品の企業を経営している。元侯爵夫人。
◆ケイティ・カトマンド…… ダレス男爵夫人。結婚4年目で24歳。眼鏡をかけている。
「兄弟達は優しかったわ。……きっと、彼らもあまりよく事情を知らなかったのでしょう。
成長するにつれてよ。私が外見が映えるようになってくると、公爵夫人は私にだけ生地の悪いドレスやサイズの合わないドレスをあてがい、着ることを強要しだした。やがて行事の参加や 席の位置、日常での厳しい叱責──果ては食事の内容まで私は差別を受けるようになった」
何か声をかけてあげたくて、マリアは振り絞った。
「辛かったでしょうね……」
ジュリナはただ微笑んでティーカップを置いた。
「何故自分がこんな目に遭わされているのか知ったのは16歳の時よ。
私は……私はその年婚約が決まったけれど、相手は50歳以上も年上で"公爵になるまでは死ねない"と公言している我欲の強い侯爵で──老人だった。
婚礼の前の晩、母が寝室に来て使用人を全て下がらせたわ」
彼女はその時初めて"母"と呼んだ。
「姉達から聞いてはいたの。初夜の心得を婚礼の前夜に母は教えてくれると。私は、母が最後に私にも来てくれたのだと喜んだ。それに、男女の夜の勤めのことなんか何も知らなかったから誰かに教えを乞いたかった。母にすがりつく想いで話を聞いた」
ケイティは既に続きを聞くのを恐れているかのようだ。ジュリナの口調には明らかな絶望が宿っている。
「母の……母様の説明は……それはそれは……恐ろしくておぞましかった。私は自分の運命がこれから先地獄なのだと知ったわ。身体が冷たくなって……ベッドの中だったのに震えさえ起こった。
そんな私を見て母様は最後に言ったわ」
モイラも完全に泣き止んでいた。ただ耳を澄ます──
「"あなたなら大丈夫でしょう。あなたは私の娘ではなく、あばずれ娼婦の娘だから"──と。
それがあの人からの私への最後の言葉だった」
ケイティは眼鏡をずらしてハンカチで瞼を押さえた。
モイラはその衝撃にか 胸を押さえている。
マリアは瞳を瞬かせて唇を噛んだ。話を進めたいが、出来ない。尋ねることが……出来なかった。
しかしジュリナは自ら話を進めた。地獄の淵へ──
「大聖堂で挙式をして、侯爵別邸で披露宴をしたわ。私は何も喉を通らなかった。……夫となった人は上機嫌で沢山お酒を飲んでいた。
その日姉達は泣いていたけれど…………あの人は笑っていたわ。──私のこの先を」
"あの人"がデュアクレア公爵夫人だとは誰もが分かっていた。
「あの夜、侯爵夫人の寝室で私は怯えて……毛布を被って震えていた。涙はもう……枯れていたかもしれない。緊張で一睡も出来ないうちに……来たの、朝が」
"──朝が?"
今度こそマリアは聞いた。
「夫になった……ドルツィア侯爵は?」
かつてのドルツィア侯爵夫人──ジュリナ・アーバンセーンはゆっくりと答えた。
「彼は来なかった」
そして 続けた。
「死んでいたの。隣りの侯爵の寝室で。脳卒中で」
ジュリナは高位貴族淑女を思わせる上品な所作でティーカップを手に取り 顔を近づけ、再びカモミールの香りを嗅いだ。
マリアは今日は まだティーカップを持ち上げることも出来ないでいた。
それでもヴィエラは気付き始めていた。孫の嫁が何故この女性達を招待したのか──
こんな話は、セントルローズ公爵夫人の茶話会でなければ誰も話せない。
誰しもが 誰にも 話せないでいるのだろう
その隠された痛みを
そして、次回明かされます! ジュリナ・アーバンセーンの真実の姿…………!?
それもまた一つの爆弾!




