水族館
16才の少女を自分の車の助手席に乗せて僕は、目的地である市内の港の一画に併設されている水族館を目指して車を走らせる。
本当の正体は陰キャで人と話す事が苦手だと言う事が知られてしまっては、チャットの中の僕とのギャップの違いに嫌われてしまうかも?と考え、チャットの中で陽気に振舞っている僕を演じる事にした。
僕はその当時はブルーワーカーだったが、その前は夜の仕事をしていた。ホストであった事もある「僕じゃない僕」を演じる事はさほど難しい事では無かった。
道中の車内でも色んな話をしたのだが、僕の記憶の中ではもうすっかりと、その日車の中で話した会話の細かな内容までは今は覚えていない。ただ、少女も楽しそうに笑顔でいてくれた事だけは覚えている。
それが僕の都合の良い様に勝手に自然に脳が書き換えた間違った記憶だとしても、僕にはそれが真実であると今でも信じている。
水族館の近くのコインパーキングに車を駐車し、少女と並んで歩く。目的地までは徒歩5分と言った所だ。
現在は大きく有名な遊園地に生まれ変わっているが、その当時はまだ小さな観覧車と子供向けの遊具が設置してある入場料も取らないような小さな施設であった場所を二人で通り抜け水族館に向かった。
「帰りにあの観覧車に乗ろうよ、そこでメールで前から約束してた事をしようね」
少女はそう言って屈託なく笑った。
程なく水族館に到着した僕たちは、僕が自分の分と少女の分の入館料を支払い、水族館の中へと進んで行った。
僕たちの住む市内にある水族館は、現在でも施設延床面積日本一と呼ばれる広さを誇る施設である。
入ると先ず最初に当時の日本ではココでしか飼育されていないシャチが泳ぐ巨大なプールの水中の様子を映す水槽がお出迎えをしてくれる。
その日も二人で優雅に泳ぐシャチの姿を眺め、その次に北極海に生息している白イルカのベルーガの水槽、そしてバンドウイルカの水槽と順に見ていく。
少女の顔や声、ちょっとした仕草、言動、二人で交わした細かな会話の数々……どんどんと僕は忘れていくのに、この初めてのデートで交わした会話の全てではないが少しだけ。何を何処でどうした。これだけは今でもハッキリと覚えている。だから、水族館に入った後にどの順番でどの水槽を見たかを鮮明に思い出す事が出来る。
ただ……覚えている記憶の中の少女はボンヤリと霞んで見え、顔や声等を忘れてしまっている僕自身が悔しくもあった……。
当時ココでしか飼育されていない皇帝ペンギンを初めとした数種類のペンギンが泳ぐ水槽を眺めた後に、色々な魚が泳ぐ水槽を見て回り、最後にイルカとシャチのショーを二人で楽しんだ後に、食事を取る為に僕たちは水族館を後にした。




